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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

過去が横たわる部屋

長いので折り畳み




 雪子を助け出すまでに幾度となくシャドウと戦い、また雪子の影を倒して彼女を助け出したことで知らない間に力がついていたらしい。空いた時間を利用してやってきたテレビの中、二人での探索もそれほど苦にならなかった。
 真っ向から襲ってきたシャドウをあっさり斬り伏せ、日向は息をつく。出てきた数は多かったが、強くなったこちらからすれば倒すのも造作もなかった。これなら千枝には悪いが、多少の無茶もきくだろう。そんなことを言ったら、怒られそうだけど。頬を膨らませて怒る千枝を、つい思い浮かべてしまう。
 千枝は今日、クマと一緒に城の入り口で待機してもらっている。雪子が助かったことで、ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたんだろう。平気平気、と元気に振る舞っていたが、顔に滲んでいた疲労の色は隠しようがなかった。
 雪子が無事になったら次は千枝が疲労で倒れる、なんて笑えない冗談だろう。そうなったら雪子が元気になった時、心配する。
 あたしも行く、と駄々をこねる千枝をそう言ってなんとか宥め、こうして陽介と二人城の探索をしている。
 今日テレビに来たのだって、大した用事ではない。頼まれたものを見つけたら、すぐに戻るつもりだ。
 そしてそれは、すぐ傍にある。
 日向は、先ほど切り捨てたシャドウが居た場所へと歩いた。そこに転がっていた像を屈んで拾い上げる。
 それは羽を広げた天使の像だった。趣向を凝らした緻密な細工が施されて、何だかふとしたきっかけで飛び立ちそうなぐらい精巧に作られている。
 しげしげと回転させながら像を見た日向は、探索用に持ってきていたメッセンジャーバックからハンカチを取り出し、それを壊れないようそっと包む。安心出来そうな天使の像が欲しい、と怖がりのクラスメイトに頼まれてついうっかり引き受けてしまったが、この像ならきっと彼女のお眼鏡に叶うだろう。
 日向は左腕にはめた腕時計を見た。テレビに潜ってから、大分時間が経っている。退屈しながら待っている千枝のことも考えれば、戻るべきだろう。
「花村、もうそろそろ」
 帰ろう。
 そう言って振り向きかけた時、不意に後ろから伸びてきた手が、日向の右腕を掴んだ。そのまま後ろに引かれ、強制的に身体を向き直される。
 ここにいるのは自分か陽介か、シャドウだけ。シャドウがわざわざ腕を掴んでくるとは思えない。
 なら、残っているのは。
「……花村?」
「……」
 呼び掛けても、陽介は日向の腕を掴んだまま黙ってじっとこちらを見つめてくる。
 様子がおかしい。
 花村、と不審に眉を潜め、日向はもう一度陽介を呼ぶ。
『……いいや、俺はさっきまでいた花村陽介とは違うぜ』
 陽介が口元をくっと上げて笑い、無造作に掛けていた眼鏡を外した。人の世にはあり得ない、黄色の虹彩が日向を真直ぐ見据える。
 陽介の変化に日向は一瞬目を丸くしたが、しかしすぐ落ち着きを取り戻す。ゆっくりと瞬きしながら陽介の顔を見つめ、現状を確認するように尋ねた。
「……影?」
『ああ、そうさ』
 日向の問いに、陽介の影は嬉しそうに頷く。
『二度目まして、だよな? 会いたかったぜ――日向』
 まるでずっと会えなかった恋人を見つけたような焦れた声音に、日向は怪訝に目の前の顔を見つめる。



 眼が眩む程にネオンが焚かれた天井へ、完二が吹っ飛んでいく。悲鳴をあげる暇もなく落ちた身体は、地面に叩き付けられ床を転がった。
「完二くん!」
「天城、完二の治療を最優先に!」
 倒れたまま動かない完二に悲痛な声を上げる雪子へ、冷静に日向が指示を出す。
「花村は俺と二人で天城の援護。シャドウを近付けさせるな!」
 すかさず続けて出された日向の指示に、陽介はわかった、と頷いた。
 シャドウの数は五体。数では押し負けている。少しでもこちらを有利にするには、数を減らすか、もしくは動きを制限させるか。
 ならば、と陽介は意識を集中させた。宙から現れたカードを砕き、自らの内に宿るペルソナを召喚させる。
「――行け、ジライヤ!」
 虚空から現れた陽介のペルソナ――ジライヤは、まるで忍者のように指を組んだ。すると纏わりつくような光が、シャドウたちをぐるぐると取り囲んで混乱状態へと誘っていく。
 最近覚えたそれを思いつきで使ってみたが、効果は抜群だった。殆どのシャドウが術中に嵌り、同士打ちしている。
 そして生まれた動揺を、日向は見逃さなかった。
「――ラクシャーサ!」
 日向のペルソナが発動した。現れた赤き鬼神が、二本の太刀を振う。混乱していたシャドウたちは、訳も分からぬまま切り刻まれ、空気に溶けるように消えていった。
『勝利クマー!』
 高らかに勝利を宣言するクマの声が響く。
 だが陽介と日向は、武器を仕舞う暇も惜しむように、完二を介抱する雪子の元へ急いだ。
「完二!」
 仰向けに寝かされた完二は、まだぴくりとも動かず眼も閉じたままだ。その横に膝をつき、雪子が必死な表情で横たわった身体に重ねた両手を掲げ、ペルソナでの治癒にあたっている。
「天城、どう?」
 心配そうに日向が雪子に状況を尋ねた。
 雪子は掲げた手はそのままに、横目で日向を見る。
「私が見た時、完二くん咄嗟に頭庇ってたみたいだから、大丈夫だとは思うけど……」
「まともに攻撃食らってたからな。バカの一つ覚えに攻撃ばっかりするし」
 陽介は気絶している完二を見下ろし、呆れたようにやれやれと肩を竦める。
 完二は、今度はこっちが助ける番だ、と今回失踪してしまった久慈川りせの救出に張り切っていた。喧嘩慣れしている完二の加入は戦力的に心強い。だが、時たま後先考えない行動を取ってしまうのが玉に傷だった。さっき吹き飛ばされたのも、倒せないとわかっていながら突撃したのが原因だろう。
「橿宮。もう少し完二の戦いかた考えた方が良くね?」
「そうする。……天城」
 日向は雪子を見て、もういい、と手で制する。いきなり治癒を止められ、雪子は驚き、え、と目を丸くした。
「ペルソナ使わなくていいの?」
「うん」
 日向に頷く。
 その意図が読めず、雪子は躊躇いながらも言われるままコノハナサクヤを自分の内に戻した。しかし完二はまだ、眼を覚まさないままだ。
 本当にいいの? と言いたそうに日向を見る。
「天城の力はなるべく温存しておきたい。まだどれだけあるか分からないし。行けるところまで行きたいから」
 言葉を切り、少し焦ったように呟く。
「今回のマヨナカテレビは内容がきわどすぎる。天気とか霧とか関係なく、なるべく短期間で決着をつけたい」
「あ……。そうだね……」
 はっと雪子が口元を押さえた。そして露骨な性的描写を示唆するマヨナカテレビの内容を思い出したのか、眉根がぎゅっと寄せる。
「影でもう一人のりせちゃんだとしても、ストリップなんてさせちゃ駄目だよね」
 苦々しく言う雪子に、日向も難しい顔で頷いた。
「そう言うこと。だから花村」
「俺?」
 いきなり名指しで呼ばれ驚いた陽介は、自分を指差し、聞き返した。
「俺は今、回復出来るペルソナもってない。だから頼む」
 確かにジライヤも回復出来る技を持っている。雪子のコノハナサクヤの力には及ばないけれど、重ねて掛けていけばどうにかなるだろう。
「……わかった」
 時間が掛かるけどな、と前置きし陽介は立ち上がって席を譲った雪子の場所にしゃがみ込む。ったく面倒掛けさせやがって、と気絶したままの完二にぼやきつつ、再び意識を集中させた。
 背後に、ジライヤが現れる。そして先程と同じように指を組み――。
「……花村? なんで俺を回復させるんだ」
 疑わしい声を掛けられてしまった。
「え?」
 見れば、完二に掛けたはずの治癒の光が、何故か日向に振りまかれていた。降り注ぐ光の中で、困ったように日向はジライヤを見上げる。
「確かに俺も必要だけど。今は完二を優先してやってくれ」
「わ、悪ぃ!」
 陽介は謝りながら、今度こそちゃんと完二の治療を始める。
 おかしい。ちゃんと完二に掛かるようにしたはずなのに。首を傾げながら、その後何度か技を使い続け、なんとか完二は意識を取り戻した。
「あ、……オレ……は?」
 ゆっくりと瞼を開け何が起こったのか理解できない、ぼんやりとした表情で辺りを見回しながら身体を起こす。
「あ、あれ? 一体何が……ってぇ!」
 シャドウの攻撃で強打したらしい腹部を押え、完二は苦痛で顔を歪め、身体を折り曲げる。
「バカ、じっとしとけ。まだ治りきってねーんだから」
 陽介は完二の額を叩いて叱る。そのままさらに治癒を続けていくと苦痛に歪んでいた完二の表情が、だんだん穏やかなものへと変わっていった。
「大丈夫? 痛くない?」
 不安そうに尋ねる雪子に「もう平気っス」と完二は頷き、立ち上がった。ふらつきもなく、しっかりと自分の足で立っている。完二の言葉通り、この様子ならもう大丈夫だろう。
 集中し通しでこっちは疲れたけどな。
 疲れて座り込んだ陽介に「お疲れさま」と日向がソウルドロップを投げて寄越す。それを受け取りながら「橿宮は大丈夫か?」と尋ねた。さっき間違えて掛けた時、自分も必要なことを言っていた。
「うん。俺はさっき掛けてくれたので十分間に合う」
「でも分からなかったな。橿宮くんも回復必要だなんて。平然とした顔してるから」
 痛がる様子もなく立っている日向を見て、雪子が感心したように言う。
「ねえ、花村くんもそう思うよね」
「橿宮の場合、ちったあ痛がれとも思うけどな……」
 げんなりとした顔で陽介は応えた。
「傍目からだと見て、怪我してっかどうか分からんねえし」
 不思議なことにシャドウに攻撃されても、それを受けた陽介たちが血を流すことはなかった。炎や雷に晒されても服が破れたり焦げたりすることもなく、ただ直にその衝撃を感じ取るだけ――。
「シャドウの攻撃は、肉体よりも精神に直接危害が及ぶものじゃないかって思う」
 日向がさっきシャドウが現れていた方を見て言った。
「今まで被害にあって亡くなった人たちには、外傷がなかった。死因だってまだ分かってない」
「それってその人たちが、もう一人の自分――シャドウに殺されたから?」
「一概にはそうだと言い切れないけれど」
 しかし確信を持っているような日向に雪子も「私もそう思う」と頷いた。
 心が死んでしまえば、身体も動かなくなってしまう。自分に否定され暴走した影は、宿主の存在を押しつぶそうとして手を掛ける。
 陽介は自分の影を否定した時のことを思い出した。

 ――ああ、そうさ。俺は俺だ。もう、お前なんかじゃない。

 そう言って、見下すような笑みを浮かべた影は、周りのシャドウを引き寄せていった。あの時感じた、自分の中から何かが抜けていくような虚脱感。そして代わりに襲ってくる自分が自分でなくなるような畏怖。閉じていく意識に抗えず、そのまま糸がきれるように倒れて。
 改めて思うと、本当によく今ここに立っていられたもんだよな。下手をすれば、第三の被害者になっていたのかもしれない。
 陽介は全身から寒気がして、腕を擦る。
 その横では、日向と雪子がこ難しい会話を続けていた。
「――だから、炎に当てられて熱いのも、冷気に当って寒いのも、脳が直接そう感じているからじゃないのかな。ダメージを負ったとしても、それは精神に限った話で、身体は怪我一つないし」
「それが逆に厄介なんだろうな。目に見える傷だったら、すぐに分かる。けど、見えなかったらそれが出来ない」
「うん。だから、注意して進まないとね」
 頷きあう日向と雪子に、横で黙って話を聞いていた完二が、眉を寄せ首を捻った。
「……花村先輩。何言ってんスか、あの人たち」
「お前な……」
 自分にも関わりがあることだろうに。はぁ、と溜め息をつきながら、シャドウのことについて話してんの、と簡潔に言った。
「聞いてたのかよ」
「あ、え、聞いてますって!」
 絶対嘘だ。目が泳いでいる完二を放っておき、陽介はふと浮かんだことを口に出した。
「けどさ、そう考えると複雑だよな。俺や天城たちはそのもう一人の自分に殺されかけたのに、今はそれに守られるなんてよ」
 拒絶され襲ってきたシャドウ。
 そのシャドウから身を守る為の鎧であるペルソナ。
 両極端なのに、表裏一体でもともとは同じものだとは、実際自分達と同じような目にあわなければ分からないだろう、と陽介は思う。
「それは天城たちが影を受け入れたからだろ。シャドウは抑圧された人間の精神が暴走したもので、ペルソナはそれを制御することで使えるんだってクマが言ってなかったか?」
「そういうもんなんかな……」
 確かに現れた影は、見たくもなかった醜い自分の一部を嫌が応にも晒してきた。拒絶してきた一部を認め、影を受け入れることでペルソナは宿ってきた。
 ならば、これはもともとあった力なんだろうか。
「今まで影と対峙して思ったんだけど」
 日向がこれまでを思い起こすように言った。
「出てきた影って、案外拗ねているのかもな」
「拗ねてる……?」
 おうむ返しに聞き返す陽介に、日向が頷いた。
「シャドウだって、人間の精神の一部なんだろう? 誰かの心の一部なのに、その誰かは見ないふり気づかないふりをして、切り離されて……」
 日向の口元が、自嘲的にあがる。
「認めてもらえないのは、辛いから」
「……橿宮?」
 一瞬、眼鏡の奥の瞳が哀しみに揺らいでいるように見えた。まるで、身に覚えがあるような言い方。
 思わず陽介はどうしたのか尋ねようとしたが、タイミング悪くそれは『階段見つけたクマよー!』と聞こえてきた無邪気なクマの声に阻まれた。
 分かった、と宙を見上げて応える日向の表情は、もういつもの無表情に近いものに戻っていた。
「行こう。今日は進められるところまで頑張りたい」
「うん。がんばろ」
「うっス!」
 特捜本部のリーダーとしての言葉に、雪子と完二が力強く頷く。
 日向は下げていた刀をいつシャドウが襲ってきても構わないように持ち直して、走り出した。
 陽介は喉元にまで出かかっていた言葉を飲み込み、日向の後ろをついていく。その言葉が喉が詰まったように少し呼吸が苦しくなって、大きく口から息を吸った。

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