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過去が横たわる部屋 3

長いので折り畳み




「え、橿宮くんのこと?」
 いきなり尋ねられ眼を丸くした雪子に、ああ、と陽介は頷く。思いがけず雪子と二人きりになってしまった状況、誰にも邪魔をされず話を聞ける。
 今日こそりせを救出するつもりで乗り込んだテレビの中。治癒能力を所有しているペルソナを持つ陽介と雪子は、先に劇場へ入った日向たちの後を追う形で、りせの元へと進んでいる。力を温存し、きっとまた襲ってくるだろうりせの影に備えるべきだと、日向が判断したからだ。
 今ごろ日向を始めとする他のメンバーは、シャドウを蹴散らしながら道を切り開いているだろう。お陰で、陽介たちはここまで大した戦闘もせずに済んでいた。
 きらびやかな紫のカーテンを開けた先に小部屋を見つけ、そこへ歩を進める。そして、雪子が休憩しよっか、と言い出すタイミングを見計らったようにそう質問を切り出した陽介は、やや緊張した面持ちで答えを待った。
 先日冷たい声音と共に垣間見えた、日向の一面。もしかしたら、誰か自分の知らない日向を見てるんじゃないかと思ったけれど。
 しかし雪子は、少し戸惑ったように真剣な表情をする陽介を見て、首を傾げた。
「何か知ってるかって……。一番橿宮くんのことを知ってるのは、花村くんじゃないの?」
「そ、そっか?」
「うん。だっていつも一緒にいるじゃない」
 それ以外答えはない、と言わんばかりの雪子の答えに、つい力が抜けてしまう。
 陽介としては、そこまで一緒にいるつもりではなかったが、他から見ればそうじゃなかったらしい。確かに気づけば日向と一緒にいるけども。
「傍から見てても、二人すごく仲良さそうだし。男の子の友情が、何だか羨ましくなっちゃうぐらい」
 微笑ましく雪子に見られていて、何だか陽介はくすぐったくなってしまった。
「天城と里中だってそうだろ。天城がいなくなった時の里中、そりゃあ凄かったんだからな」
 照れて頬を掻きつつ早口に言いながら、陽介はふと雪子がいなくなってしまった日のことを思い出した。
 あの時最初はまだ、千枝はペルソナを宿していなかった。それなのに、危険を承知してテレビの中へ陽介たちと一緒に着いていき、雪子の居場所が分かるや否や、戦う術もないのに、シャドウがはびこる城へ一人で突撃してしまっている。ペルソナを手に入れ、戦えるようになってからも、口をついて出る言葉は雪子のことばかり。心のどこかでは雪子を妬み、その雪子が卑屈な眼で見てくることが嬉しかったと、千枝の影が言っていたことを差っ引いても、いかに雪子を大切に想っていたか、あの城の中で陽介はよく身に染みた。
 親友を救おうと奮闘する千枝に、陽介も頑張らなければ、と背中を押されたようなものだから。
「……そうかな?」
 雪子は控え目に答えるが、口元は嬉しそうに綻んでいた。その表情だけで、雪子もまた千枝を大事にしていると見て取れる。
 そして、でもね、と雪子は視線を陽介に移し、眼を細める。
「千枝は勿論だけど。あの時のこと、花村くんたちにも凄く感謝してる。私、あんなに酷いことを言ってしまって。嫌われても仕方ないって思ったのに……」
「仕方ないって」
 自分の影が言っていた数々の言葉を思い出したのか、眉を潜める雪子に、陽介は励ますように努めて明るく言った。
「ああいうのは、誰にだってあんだろ。天城だけじゃねえし」
「でも、痛い目にもあわせちゃったし……」
 肩を落とす雪子の言葉に、陽介はふと引っ掛かりを覚えた。自分の持つ認識とは違う何かに違和感を感じ、思わずぐらついた頭を押さえる。
「待てよ。痛い目にあわせたのは、天城の影だろ。天城自体が襲ってきたんじゃないし」
 自分から出てきた影を否定した時、影は周りのシャドウを集めて暴走する。その瞬間、影の宿主は気絶して、戦っている間の意識はなかった筈。
 陽介は自分の場合は、そうだった。
 突然現れた自分の影を拒絶した瞬間、感じたのは自分の中から何かが抜けていくような虚脱感。そして代わりに襲ってくる自分が自分でなくなるような、畏怖。閉じていく意識に抗えず、そのまま糸がきれるように倒れて、そのまま――。
「ううん」
 雪子がきっぱり首を振った。
「私、覚えてるよ。私の影がみんなと戦っているところも。影の記憶も、全部」
「……は?」
 血の気が下がっていくような感覚に、陽介は身震いする。今、とんでもないことを聞かされたような。
「……それ、どういうことだよ」
 尋ねる声が、震えた。
 俺は知らない。
 自分の影がどんな風に日向と戦ったか。全然、知らない。
「私の影がペルソナになって戻って来た時、同時に影が見ていたもの、戦ってきた時の記憶も一緒に入り込んできたの」
 呟いて、当たり前だよね、と雪子は合わせた両手で、心臓の辺りを押さえて、思いを馳せるように瞼を臥せる。
「あの影も、私だから。今まで見なかった部分が戻ってきた。それだけのことなんだよね」
「……それ、里中も同じ?」
 自分の身体を抱き締めるように腕を組み、陽介はさらに尋ねた。腕に爪が食い込み痛みを訴える。しかしこうでもしなければ、狼狽する自分を抑えられそうにない。
「うん。千枝も私と同じようなこと言ってた」
 あっさり雪子は頷く。そして、怪訝そうに陽介をじっと見た。
「……花村くんもそうじゃないの?」
「俺は――」
 答えられず、唇を噛む。

 ――何も、知らない。



「――あれ、雪子!?」
 静まりかけた部屋に、明るい声が割って入る。驚き、雪子と揃って入ってきた方を振り向くと、先に進んでいたはずの先発隊の姿があった。進んだ先に後発の二人がいたことに、誰もが驚きを隠せないでいる。
「びっくりしたー。後から来るはずの雪子たちがいきなりいるんだもん」
 走り続けて弾む息を胸を擦って静めながら、千枝は雪子に近づき、シャドウとか大丈夫だった? と顔を覗き込み心配そうに聞いた。
「うん、大丈夫」
 雪子はにこりと笑って千枝に答える。
「いつの間にか追いこしちゃったみたいだね。千枝たちの方は大丈夫?」
「うん、何とかね! シャドウたちも大分倒してきたから力もついてきてるし。もうどんなのが来ても、どーんってぶっ飛ばしちゃうんだから!」
 頼もしく胸を叩く千枝の後ろで、天城、と日向が雪子を呼んだ。
「悪いけど、回復頼めないか?」
「あ、うん、分かった」
「あたしも頼んでいい?」
 日向に便乗して頼む千枝に、もちろん、と笑って頷きながら、雪子は千枝と日向の元へ駆け寄る。
 合流して気が緩んだのか、コノハナサクヤの治癒を受けながら日向は、持っていた刀を下げ、走って流れた汗を手の甲で拭う。その姿を、陽介はその場から動けず固まったまま凝視した。
 橿宮のことだ、きっと暴走した影が宿主に戻った時、記憶が戻っていることも里中や天城から聞いて知っているだろう。
 だけど、俺は、影が何をしていたのか、知らない
 アイツは、俺の影が何をしていたかなんて、何も言っていない。聞いてもこない。
 だから、何もなかったと。ただ、アイツが暴走した俺の影を倒してくれただけだと思っていたけど。
 本当は、俺が知らないところで“何か”があったのかもしれないのか?
 そう考えた途端、喉の奥がからからに乾くような気がして、唾を飲み込む。鼓動を打つ自分の心臓の音が、やけにうるさく聞こえた。
 片手に刀を持ったまま、治癒が終った日向が雪子たちから離れ、陽介にゆっくりとした足取りで近づいてくる。花村? と微動だにしない陽介を呼び「顔色が悪いぞ」と心配そうに気遣う。
「――橿宮」
 陽介は衝動的に近づいた日向の腕を掴んだ。驚いて眼を瞬いた眼が、陽介に向けられる。
 陽介は自分の影のことを尋ねようと口を開くが、どうしても言葉が出ず、逡巡する。
 尋ねたいことが山とあるのに、乾いた喉に詰まって、言葉にならない。
 ――聞かないと。
「花村?」
 掴まれていない方の手で、日向はそっと陽介の頬に触れた。少し冷たい指先の感触。口を閉ざす陽介に、眼の色が不安で濃くなった。
「どうしたんだ。震えてる。体調でも崩したのか?」
 ――聞かなきゃいけないのに。


『――ずっと、ウザいと思ってた』


 鮮明に蘇る、かつて想いを寄せていた人の声。思い出したその言葉に弾かれるように、陽介は、掴んでいた日向の腕を離した。強く掴んでいたせいで、半袖から覗く肌に赤い手の痕がつく。それを見ていると、何故かとても胸が苦しくなった。
「……悪い。何でもない」
 笑顔を作って、心配そうに見てくる日向をはぐらかす。でも心の底では、不安と恐怖が渦巻いている。
 怖い。
 もし、あの人のように、橿宮にまでそう思われてしまったら――。
 そうなったら、今度こそ立ち直れなくなりそうで、踏み込めない。
「……でも」
「そんな顔すんなって!」
 何か言いたそうな日向の言葉を遮って、陽介は笑顔を作った。
「後もうちょっとで、りせのところに辿り着けんだろ。気ぃ引き締めていかねえとな!」
 明るく笑ってその場を取り繕い、また後で、と陽介は日向たちを送りだした。今は、りせを助け出すことに集中しなければ。
 テレビに放り込まれた人間を助けだせるのは、ペルソナを持つ自分達にしか出来ないこと。ここが正念場なのだから、しっかりしていかなければ。
 でも、沸き上がった不安は、どうしても拭い去れない。
 ペルソナが宿ると同時に、影の記憶も自分に受け継がれるのなら。
 ――俺の中にあるのはなんだ?
 陽介は唇を噛み、爪先に視線を落とす。
 小西先輩が死んだのは何故か、真実を求めてテレビに入ったあの日を思い返すが、どうしても影が暴走してからの記憶はない。
 どうしようもない焦燥にかられる。
 手を振って日向たちを見送る雪子に聞こえないように、陽介はちくしょう、と舌打ちをした。

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