忍者ブログ
二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

12/3

長いので折り畳み。
ゲーム(無印)にそった花主長編です。







 日付変更線を超えるか否かのところで、やっと帰った家は、まだ暗かった。十二月に入ってから両親は、ジュネスの閉店時刻を過ぎても帰ってこない日が増えている。
 遅く帰ってきた理由を咎められないことに安堵しつつ、陽介は制服のポケットから鍵を取り出した。吐く息の白さに寒さを感じながら、玄関を開け、中に入る。
 誰もいない家は、静かだ。出迎える灯りもなく、寒々しい寂しさが這いよる。それは、夏のある日からクマが花村家に居候してから、縁のないものだった。
 そのクマも、どこかに姿を消してしまったまま、見つからない。もしかしたら先に帰っているかも、と抱いていた淡い期待も、真っ暗な家の姿を見た時に溶けて消えた。
 おかえりヨースケー。
 仕事がない時、学校から帰ってきた陽介を、クマは明るく騒がしく出迎えていた。あまりのうるささに、辟易していた頃もあったが、突然それがなくなってしまうと、胸に穴が開いたような寂しさが通り過ぎていく。
 ったくどこいったんだよ。あのクマきちは。寂しさを誤魔化すように悪態をつきながら、陽介は靴を脱いで玄関を上がる。自分の部屋に行くのも億劫で、すぐそばの居間に足を向けた。暗い室内、手探りで見つけたスイッチを入れ、灯りをつける。
 眩しさに、外の暗闇に慣れた眼を一瞬細める。そして居間を見回し、ようやく家に戻ってきた実感がわいたが、やはり胸を占める空虚さは消えない。
 橿宮も、こんな風だったのかな。
 陽介はふとそんなことを思った。菜々子が誘拐され、生田目を追った堂島が事故で入院した日から、日向はあの家に一人きり。大切な人が二人もいなくなったあの家は、火が消えたように陽介には見えた。そして誰もいない部屋で、膝を抱えて座っていた日向は、痛々しくて見ていられなかった。
 そこまで考え、ああ違うな、と首を振る。きっと橿宮は、今の俺よりもっとずっと、辛かった。あの二人を、日向がどれだけ大切に想っていたか、陽介は知っている。
 肩に掛けたメッセンジャーバックを下ろし、そのまま床に置く。のろのろとした足取りでエアコンのリモコンを取り、電源を入れた。まだクマを探さなければならないが、陽介もまた疲れていた。雪が降るほど冷え込んでいる今日。疲弊している身体を少しでも休めたい。
 電源の入ったエアコンから出てくる温風が、少しずつ居間を暖かくしていく。ほっと息をつき、リモコンを近くのテーブルに置きかけ、眼に入ったものにぎょっとした。
 シャツの袖。左手の手首の辺りに、赤い染みが付着していた。思わず袖を捲り上げてみるが、そこに怪我をした様子はない。なら、どこでついたんだろう、と記憶を探り――思い出した。
 これはきっと、橿宮の血だ。
 同時にきつく手首を掴まれた感触も思い出す。陽介は袖をじっと見ていたが、緩く首を振った。リモコンをテーブルに置き、感触の残る手首を擦りながら、ソファに座る。後ろに背を深く凭れさせた途端に、身体が重たくなった。思っていたより、疲れが溜っていたらしい。
 溜め息をつく。今日は色んなことが一度に起り過ぎて、脳の許容範囲を超えてしまいそうだった。

『――俺や、あの子を理由にしないでくれ!』

 突然、数時間前の日向の姿が、脳裏に浮かんだ。春に出会って今まで、陽介は彼のあんな悲痛な声を聞いたことはなかった。
 日向をそうさせたのは、間違いなく自分がしたことが原因だった、と陽介は自覚している。あと一歩道を過っていたら、日向からの信頼をすべて失っていただろう。もしそうなったら、と考えると今更なことだったが、とても恐ろしかった。

 結局俺は自分のことばかりだ。
 いつも後になってから、それに気づく。
 そして傷付いた大切な存在を前にして、どうすればいいか分からなくなって、怖じ気付くんだ。
 全然成長していない。あの、もう一人の自分と向き合った日から。
 もし今、ここにもう一人の自分が出てきたら、情けない陽介を愚弄し嘲笑するだろう。ありありとその光景を思い浮かべられ、思わず笑ってしまった。
 少しはマシになれた、と感じていた。彼と肩を並べても可笑しくないと。
 だが、それは独り善がりの思い込みだったようだ。
 陽介は瞼を伏せ、袖に付いた血の染みに触れる。指先でぎゅっと押さえると、まだ乾き切ってないそれが付いた。
 菜々子が一度息を引き取った辺りからずっと、日向はきつく手を握りしめていた。恐らくその時に爪が掌の皮膚を破って、出血したんだろう。そしてその手で陽介の手首を掴み、血が付いた。
 そこまでして日向は冷静を保とうとしていたのに。俺は、いつだって足を引っ張って。 
 陽介はそのままソファに倒れこみ、手の甲を額に当てた。情けなくなって、肩を落とした。肝心な時に支えてやれない無力さが、さらに打ちのめしていく。
 このまま、消えてしまいたい。こんな、何も出来ない俺なんて。

『理由なんてないよ』

 ぼんやりと思い出すのは、いつかした、なぜ俺を助けてくれたのか? と尋ねた時に返ってきた日向の言葉。

『俺は、お前を助けたいと思った。――それだけ』

 あいつは、俺を助けたい、と言ってくれたけど。

 なぁ、橿宮。俺、分かんねえよ。
 お前にそこまでさせる何かが、俺にあるのか?
 俺は、いつもお前に、色んなものを与えてもらったけど。俺は、お前に何も返せてない。
 そんな俺に、あの時助けてもらう価値なんてあったのか?

 頭の中に浮かぶ日向に、陽介は問いかけるが、答えは返ってこない。もう、何かを考えるのも、面倒だった。
 陽介は、ゆっくり瞼を閉じる。疲れた身体は休息を求め、あっさりと眠りについてしまった。
 ゆっくり、深い暗闇に沈んでいく感覚。まるで、影に飲み込まれていくようだ、と思いながら陽介は意識を手放した。

拍手[1回]

PR