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首筋



「花村先輩!」
 学校の廊下を歩いていると、突然呼び止められた。声のした方を振り向けば、一人の女子生徒が近付いてくる。名前は知らないが、よく色んな恋愛事情を調べて回っている子だったので顔は知っていた陽介は、怪訝に眼を眇めた。
「何? 俺に何か用?」
 素っ気なく尋ねる陽介に怯まず、女子生徒は詰め寄ってきた。その眼は大発見を見つけたように、煌めいている。
「あの、橿宮先輩にいいヒトが出来たんですか!?」
「はあっ!?」
「おおっ、その反応から察するに、花村先輩も知らないと見えますねー」
 両手を叩き合わせて一人で盛り上がる女子生徒に、陽介は「ちょっ、ちょっと待った!」と慌てた。日向とそう言う意味で付き合っているのは、他ならぬ陽介自身だ。まさか日向との関係が、どこからか漏れたんじゃないか、と陽介は気が気じゃない。
 彼女は恋愛に関する噂を集めている。どうにか出所を聞き出さなければ。
「それ、何処で聞いたの? つか、相手とか知ってるとか?」
 矢継ぎ早に陽介は尋ねる。すると女子生徒は「聞いたとかじゃないんですけど」と前置きし、詳細を熱っぽく語り出した。
「さっき、橿宮先輩に話しかけたんですよ。そうしたらここに」
 女子生徒は、首筋の辺りを指で示す。
「あったんですよ、アレが!」
「アレ……アレな」
 こめかみを押さえながら、陽介は女子生徒の指差す辺りを見つめる。
 心当たりはあった。ありすぎて、全身の血が引いていくような寒気がする。確かにつけたよ、この前の時に。
 青ざめ口許を引きつらせる陽介に「どうしたんですか?」と女子生徒が不思議そうに首を捻った。
「い、いいや。何でもないよ、うん」
 陽介は、勢いよく首を振って否定する。ここで相手が陽介だと知れたら、今度はこちらが奇異の眼で見られ、大騒ぎになってしまうだろう。それだけは避けたい。
「……花村先輩?」
 狼狽し様子のおかしい陽介を、女子生徒は不審そうに見つめた。これ以上ここにいたらボロが出そうだ、と陽介は適当に話を切り上げ、逃げるようにその場を後にした。




「――陽介?」
 教室に入るなり、襟元を閉めようとする陽介に、日向はきょとんとした。
「そうされたら苦しいから止めてくれ」
「いやお前。少しぐらいは、隠そうとする努力もしてくれ」
「なんで」
「なんでもだ」
 危機感が全くない日向を叱りながらも、陽介は気まずく眼を伏せる。
「まぁ、がっついた俺が全面的に悪いんだけどさ……」
 でも、我慢できねーし。したらしたらで、こっちが辛いし。
 ぶつぶつ呟きながら陽介は、カッターシャツのボタンを丁寧に止めていく。締め付けられる喉元の苦しさに、小さく咳をしながら日向は、不可解そうに真剣な陽介を見た。

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