ある暑い日のこと 花村+クマ ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 暑い暑いと言いながら、陽介は家に戻るなり、自室の冷房を入れた。低く静かな起動音を立て、涼しい風を送り込むエアコンの下を占領して、掴んだ襟元をばたばたと扇ぐ。喉元を伝う汗をうっとうしく拭い、ようやく暑さから開放された安堵から、はー、と肺から息を吐き出した。 今年の夏も暑い。都会の熱を吸い込んだアスファルトからの蒸し暑さとは違って、稲羽市のは真上から太陽の熱が暴力的に降り注いでくる感じがする。長時間直射日光に晒されたら、倒れてしまいそうな力があった。「暑っクマー……」 着ぐるみを来たままのクマが、緩慢な動きで部屋に入ってくる。おぼつかない足取りでよたよた歩いて床に座り込み「ヨースケ、クマにも風、風」と催促する。エアコンの前に陽介が立たれていては、クマの方にまで涼しい風が届かない。「お前はまず、それを脱げって」 陽介はうんざりしながら、クマを指差した。「見てるだけで暑苦しいっつうの。きっと脱ぐだけで大分違うぜ」 もこもことしたフォルムの着ぐるみは愛らしいが、今は見ているだけで暑苦しさが先に立つ。「そうクマね……」 クマは頷いて、頭と胴体を繋げるチャックに手を伸ばす。よっほっ、と声を上げながらチャックを一回りし、着ぐるみから出てきたクマは「うっひょー、全然違うクマねー」と涼しさに両手を広げて、喜んだ。 汗だらけのクマを見て、陽介は顔をしかめた。前髪も、汗のせいでぺっとりと額に張り付いてしまっている。暑いと分かっていても、クマは着ぐるみを着たがるが、その気持ちを陽介はよく理解できなかった。「お前さ、暑いんだからそれ脱いで出かけりゃいいだろ」「でも着てないと落ち着かないクマよ」 それは元々、その着ぐるみ自体が本体だった頃からの名残からだろうか。しかし、中身――と言っていいのか分からないが――が生えてきた今は、どうしても着る必要だってないだろう。「熱中症になってもいいのかよ。倒れてからじゃおせーんだぞ」「うむむむむ……」 頭を抱えて悩みながらクマは「こっちの世界でもペルソナが使えればいいクマ」と言った。「ああ、そっか。お前氷結属性得意だもんな……」 一瞬、名案だと陽介は思ったが、使えたら使えたで問題が出てきそうだと考え直す。ペルソナを使う場面を見られたりしたら、それこそ大騒ぎになるだろう。「……ダメクマかね……?」「部屋氷漬けにされても困るしな……」「難しいクマね……」 二人は揃って哀愁漂う溜め息を吐く。そして流れる汗を拭うクマに、陽介は扉を指差した。「とりあえずお前は風呂。汗流してこい」「暑い時に熱いお湯は嫌っクマ」「上がったらホームランバー出してやるから」「行ってくるクマ!」 ホームランバーと聞いて直ぐに部屋を出ていったクマに、扱いやすい奴だな、と陽介は軽く肩を竦めた。 [0回]PR