上達の裏 二年生組 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 昼休みに日向たちは、移動した机を合わせ、座りあう。それぞれが弁当や購買で買ったものを取り出す中、雪子が緊張気味に「あ、あのっ……」と日向たちを見回す。 一点に視線が集中して、雪子は恥ずかしそうに頬を赤くしながら、出した重箱を合わせた机の中心に置いた。「き、今日これ作ってきたんだけど……。みんなに食べてほしくて」「え? 雪子の手作り!?」 千枝の言葉に敏感な反応を示したのは陽介だ。林間学校の物体Xを思い出して、露骨に嫌そうな顔をしている。再び蘇ろうとしている惨劇に、ねーわ、と無意識に首を振り皺の寄った眉間に指を当てた。「まだ手伝ってもらったりもしてるけど、大分自分一人でも出来るようになってきたから」 そう言いながら、雪子は重箱を広げていく。出し巻き卵や焼き魚、きんぴらごぼうなど、和風のおかずが綺麗に詰め込まれていた。「わ、雪子前よりすっごく上手になってない? すごいうまそう!」「そうかな……?」 褒める千枝に雪子は嬉しそうに頬を赤らめる。しかし陽介は見た目が綺麗でも、楽観視できなかった。林間学校のカレーに久保を捕まえた後の打ち上げに出されたオムライス。そのどちらも旨いものではなかったので、どうしても身体が身構えてしまう。 陽介は隣りに座っている日向の様子を窺った。同じ酷い目にあっている筈の彼は、何故か落ち着いているように見える。 日向がふと、陽介を見返した。大丈夫だと、声に出さず唇を動かした。「食べてみていい?」 用意された箸を手にした千枝に、雪子が「うん、いいよ」と頷いた。「橿宮くんと花村くんも食べてみて?」 重箱を差し出されて、勧められてしまっては断れない。花村は意を決して、出し巻き卵に箸を伸ばした。日向の作ってきたものを摘む時より、数倍の勇気を要した気がする。そもそも、弁当を食べるのに勇気は必要ないだろう。 日向はきんぴらごぼうを口に運びかけている。それを見て陽介は、ぎゅっと眼を瞑ると、口の中に出し巻き卵を押し込んだ。「どうした陽介」 下校時間になっても、ぼんやり席に着いたままの陽介に、帰る準備を済ませ立ち上がった日向が振り向いて言った。「いや……」 腕組みをして深く考え込む陽介に、「天城の弁当のことか?」と尋ねた。 そう、と陽介は頷く。必死の思いで口に運んだ出し巻き卵の味を思い出して、不安なまなざしを日向に向ける。「確かにあのカレーよりは、全然マシだったんだけどよ……。何か、夢見てる気分みたいでだって思ってな……」 不味いのを期待してた訳ではないが、美味しいと思っても、それが現実か疑ってしまう。「大丈夫だって。俺も今まで天城に付き合って味見してきたけど、最初と違って食べられるようになってるから」 ふーん、と頷きかけ、陽介ははっとして日向を見た。「今まで? 今までってことは、俺の知らない時に何度も味見してきたってことか!?」「うん。まあ」 苦笑いをして日向は頷く。林間学校のことがあるのに、雪子の味見に付き合っていた日向に、陽介は感服した。そして同時に理解する。日向の犠牲があってこそ、雪子の料理は少しずつ上達しているのだと。 陽介は席を立つと、日向の肩を叩き、引き寄せた。「お前の健闘を称えて、今日何か奢るわ。何でも言え。何でも奢るから」「大袈裟だな」 日向は肩を竦め、それでも「じゃあジュネスで何食べるか考える」と苦笑混じりに返した。 [0回]PR