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かわいい りせ+直斗



 一瞬、直斗は何が起こったのかわからなかった。
 終礼が終わって、担任が教室を出ていった時のことだ。まるでタイミングを見計らったように、勢いよく後ろの扉が音を立てて開いた。
「なーおーと!」
 鞄片手に現れたりせが、ツーテールを揺らして教室に入ってきた。休業しているとは言え、彼女の存在は人の目を引き付ける。まっすぐ直斗の席へ向かうりせを、直斗だけじゃなく、教室中の誰もがあっけにとられて見つめていた。
「一緒に帰ろう?」
 にっこり笑って、りせは誘う。声はかわいらしいが、どうにも抗えない力が含まれていて、直斗は考えるよりもさきに「はい」と頷いてしまった。
 それから先のことはよく覚えていない。と言うよりも流れに追いつくのに失敗してしまった。やった、と喜ぶ彼女に手を引かれ、学校を出て――。
 そして何故かりせの自室にいた。鏡台の前に正座させられ、直斗は固まってしまっている。
 後ろから、楽しそうなりせの声がした。
「一度ね、直斗ととことんきれいにしたいなって思ってたの」
 櫛を持つ手が直斗の髪を梳き、整えられていく。顔にはうっすらだがメイクが施されていた。普段はあまりしないせいで、学生服の自分が少し違ったふうに見える。
「元がかわいいし、そのままにしとくのはもったいないってずうっと思ってたんだから」
「そ、そんなっ……。かわいいだなんて」
 直斗の中でかわいいと思えるのは、菜々子やりせみたいな子だ。雪子はかわいいよりも綺麗の方が似合うし、千枝も健康的で活発な所が好ましく見える。
 とてもじゃないが、僕がかわいいだなんて――。
「えー、直斗はかわいいよ?」
 しかしりせは物おじ一つせず、さらりと言い切った。かわいいと思ってる子にかわいいと言われ、直斗は思わず肩を竦めて強張った。
 鏡の中、赤くなって固まる直斗の後ろで、りせは「直斗は自分のことわかってないなあ」と悪戯っぽく笑う。持っていた櫛を鏡台の棚に置き、直斗の両肩に手を乗せた。コロンでもつけてるのか、柔らかく甘い匂いがする。
「女のコは誰だってかわいくなれるんだから」
「そういう……ものですか?」
「うん。変わりたいと思ったり、誰かを好きになったりとかきっかけは色々だけど。そういうのを見つけたらもっとどんどんかわいくなれると思うの。直斗は今、そういうのたくさん持ってるだろうから、そのままにしとくの勿体ないと思っちゃって」
 だから無理矢理連れて来ちゃいました、とりせは舌を小さく出した。
「それにね、ずっと同い年の友達とこんな風に遊んでみたかったのもあるかな?」
「……そうですか」
「もしかして、やだった?」
 窺うように尋ねるりせの言葉に「いいえ」とはっきり直斗は首を振った。
「僕も最近久慈川さんと同じようなことを思うときがありましたから」
 探偵として、大人の中毅然と振る舞おうとしてばかりいたけど。こうして友達と他愛ない時間を過ごせる心の余白が持てるようになってきた。
 ちょっと遅いけど、こうして遠ざけてきた『女のコ』としての楽しみ方を知りたいと思えるようになったのも、成長した証かもしれない。
「久慈川さん。よかったらもっと色んな話を聞かせてもらえませんか?」
「え?」
「かわいい服がどんなものか……とか。僕は慣れてないので教えていただければ」
 直斗からの申し出に、りせはびっくりした目を瞬かせていた。だが直ぐに笑み崩れると「まっかせて!」と大きく頷いた。

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