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こわい



 原色に近いドットに目がちかちかとするボイドクエストの通路を、陽介は一人走っていた。荒い呼吸の繰り返しで喉が渇いて痛む。
 徐々に速度を落し立ち止まった陽介は「……俺って情けねー」と声を搾り出して呟き、その場にしゃがみ込んだ。膝に埋める顔は、耳まで赤くなっている。どの面下げて戻ればいいんだよ。
 ついさっき陽介はシャドウの攻撃を受けてしまった。その瞬間、目に見えるもの全てが、自分を脅かす存在のように見えた。シャドウだけでなく、日向たちさえも――。
 恐怖した陽介は、くるりと背を向けてそこから逃げてしまった。ペルソナを通じて聞こえるりせの声が、必死に呼び止めていたが、それさえも振り払って。
 恐らく効果の持続性はあまりなかったのだろう。走っていくうちに、陽介を支配していた恐怖心は消え去った。だが今度は強い羞恥心に駆られていく。シャドウのせいとは言え、一人仲間を置いて逃げるなんて。穴があったら入ってしまいたい。
「夢だったらな……」
 宙を仰ぎ、陽介はまたうなだれた。

 しばらく落ち込んだ後、陽介はのろのろと立ち上がった。一人で留まるのは危ないし、日向たちも心配してるだろう。
 まだ微妙に顔が合わせづらいけど。そう苦々しく思う陽介の耳が遠くからの音を拾った。澄ませてみると、今度ははっきり「――陽介!」と日向の呼ぶ声がする。
 声はだんだん近くなり、響く足音と一緒になって聞こえる。そして側の角から顔を出した日向が、壁に手をついている陽介を見つけた。一人なのか、ほかに誰かが出てくる様子はない。
 心の準備が整わず、陽介はつい後ろを向いてしまう。手をついていた壁に爪を立てた。
「――陽介」
 いつもの調子で日向は陽介を呼ぶ。それが陽介の中で逆にいたたまれなさが増した。ぶらつかせていた手を軽く上げ「悪い」と陽介は日向を振り向かないまま謝る。
「うん。みんな心配してる。いきなり走ってったから」
「……」
「戻ろう」
 日向は下ろした陽介の手首を掴んだ。しかし腕を引かれても、陽介はその場を動かない。足が床に縫い付けられたように、じっとしている。
「陽介?」
「……」
 気遣うように抑えられた声がかかった。それでもばつの悪さから陽介は顔を向けられない。
 日向が黙ったままでいる陽介の腕を離した。代わりに頭を無造作になでてくる。せっかく整えている髪型を崩され、陽介は「ちょ、何すんの!?」と腕で頭を庇い、日向から逃げた。思わず振り向いてみた表情が、優しく笑んでいる。
「やっと喋った」
「……う」
 わざとやったのだと気づいた陽介は「性格悪いぞお前」と口をもごつかせた。しかし日向は気を悪くせず相好を崩したままだ。逃げた陽介との僅かな距離を数歩で埋め「陽介」と呼んだ。
「帰ろう。みんな待ってる」
 眼鏡の奥の双眸がすっと細まった。
「大丈夫。ちゃんとシャドウのせいでああなってわかってるから」
 帰ろう、と繰り返し促され、陽介はついに折れる。始めから勝てるつもりもなかったけど。
 渋々と頷き、陽介は日向の後をついていく。
「本当に誰も気にしてないんだな?」
 念を押す陽介に、日向が肩越しに見て「大丈夫だって」と口元を上げる。
「ただクマが、『ものっそい逃げっぷりだったクマ!』って笑ってたけど。で、それを見て連鎖的に天城が爆笑してた」
「……あのクマ」
 陽介は険しい顔をした。戻ったらまずクマに鉄拳を与えようと心に決める。
 さっきまでの気まずさがなくなり、普段の表情に戻っていく陽介に、日向がほっとしたように口元を緩めた。

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