髪 ペルソナ34Q小話 2013年04月29日 今日の日付から、教師に名指しで当てられやすいと陽介が気づいたのは、朝礼が終わり柏木が教室から出ていった時だった。そして、運の悪いことに、この後すぐ始まる授業で、宿題が出ている。 教科は祖父江が担当している歴史だ。もし、忘れたなどと正直に言ったら、歯には歯を眼には眼を、と凄みが滲んだ笑みを見せてくれるだろう。心底遠慮したい。 陽介は、日向に拝み倒して、ノートを写させてもらう。学年トップらしく綺麗に纏まっていて、非常にわかりやすかった。「少しカレンダーとか見て考えればわかるだろう」 椅子はそのまま身体を陽介のほうに向け、日向は机に頬杖をつきながら呆れて言った。深い溜め息が、俯いてノートを取るのに必死になっている陽介の耳に届く。「バイトとかで疲れてるのはわかるけど、俺だっていつでも助けられる訳じゃないからな」「わ、わかってるよ!」 減らず口を叩きながらも、陽介は手を止めない。文句を言われ続けられるより、祖父江のほうが怖かった。 無言でノートを取っていると、不意に髪の毛を触られた気配がする。少し頭を起こし目線を上げた。伸ばされた日向の手が陽介の横髪を梳き、毛先を指でつまんでいる。「陽介は髪を切ったりしないのか?」 日向が、つまんだ毛先をよじるように弄りながら言った。「前よりも、大分伸びてる」「そうか?」 陽介はシャープペンを置き、自分の髪をつまむ。「俺はたまに自分で切ってるからそんな感じはしないけど」「それもバイク資金のためか?」 陽介の言葉に、日向がよくやるな、と言いたそうな眼をした。「努力を怠らないと言ってくれたまえよ」 陽介は肩を竦め、勿体振ったように首を振る。実際クマのことで結構お金を消費しているので、貯金が目標金額に追いつきそうになるのはまだ遠い。「そうなのか」と感心したように日向が頷く。「でもたまには行ったら?男前なのに、もったいない」 残念そうに言う日向に、陽介は、ははっと笑った。日向に男前と言ってもらえるのは悪くない。せっかくだから、要望に応えたくなってしまう。「お前がそう言うなら考えてみるかな。でも」 今度は陽介が日向に手を伸ばし、眉の辺りで揃えられている前髪を掻き上げた。隠れた額が露わになって、日向はきょとんとする。「お前こそ髪を切らない?」「俺?」 自分を指差す日向に、陽介は頷いた。「俺とかは知ってるけど、橿宮ってこんなにやさしい顔をしてるのに」「……」「なんかもったいなくね?」 視線が鋭くても、こうして前髪を掻き上げたり分けたりすれば、優しそうな印象を与えられるだろう。陽介は唸りながら、日向の前髪を梳いたり払ったりして弄り、考える。「そうだ俺がお前の髪を切ろうか? 男前にしてやるぜ~」 にっと笑って、陽介は手をはさみの形に作り、切るような仕種をする。弄られた前髪を整えていた日向は、陽介を凝視して、驚いた表情を笑みで緩めた。「遠慮しとく。俺はこれぐらいでちょうどいいから」「そっか?」「うん。ほら、早くノート写す。あと三分」「うおっ、ちょっと待ってくれ……!」 日向に急かされ、陽介は手を止めたままだったノートを写す作業を慌てて再開する。「……別に俺は陽介がわかってくれているだけでいいけどな」 ぽつりと零した日向の呟きは、必死にシャープペンをノートに走らせる陽介にまで届かなかった。 [0回]PR