忍者ブログ
二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

やくそく




 事件も解決し、霧も晴れた。冬の冷えた空気は身体を震わせても、久々の太陽から降り注いで出来た日だまりに留まると、じわりと暖かい。
 そんな冬休み間近のある日曜、俺は橿宮の家へ遊びに行った。ちゃんと前もって連絡を取ったら、ついでに醤油とみりんと砂糖を買ってきてくれ、と頼まれた。俺はパシリか。さりげに重たいものばっかりだし。
 それでも嫌だ、と言えない辺り、俺はほとほと橿宮の『お願い』に弱い。ジュネスで頼まれた物を買い、ずっしり重たいビニル袋を両手に目的地へ到着した。冬なのに、額にはじんわりと汗が滲む。
 一旦、右手に持っていた袋を道路に置いて、インターホンを押す。すると、中から玄関に向かって足音が近づいてきた。
「いらっしゃい」
「うっす。てか、これ」
 玄関を開けた橿宮に、俺は早々に頼まれた物を渡す。重たいものが入っていたせいで、ビニル袋の取っ手が食い込んでいた部分が赤くなっていた。これって、地味に痛いんだよな。
「ありがとう。あがって」
 礼を言った橿宮に招かれ、俺はさっそく家に上がる。通された居間では家事の途中らしい洗濯物が山となっている。菜々子ちゃんも堂島さんも入院している今、橿宮一人分にしては妙に量が多い。
 その山をしゃがみこんで見ていると、「最近洗濯してなかったんだ」と決まり悪く橿宮が言葉を濁した。買った醤油やらを取り出して、ビニル袋を折り畳みながら「天気もあんな感じだったし」と続ける。
 陽介は半分納得した。ほんの数日前まで、稲羽は霧に包まれていた。数メートル先が見えない外で洗濯物を干そう、など思う酔狂な人はいない。
 でも、あそこまで洗濯物を貯めるほど、橿宮は物ぐさな人間じゃないことを俺は知っている。菜々子ちゃんの為にいつも清潔に、とシスコン上等のコイツはいつも気を遣ってた。
 だけど、菜々子ちゃんが連れ去られた日から、アイツは。
 感傷に浸りかけ、俺は暗い気持ちを払うように首を振った。もう全て終わってる。だからいつまでも引きずってちゃ駄目だ。
「陽介」と橿宮が台所から戻ってきた。洗濯物のすぐ脇に正座して「これ畳んでしまうから。陽介はコタツにでもあたっててくれ」と俺に言う。
 俺は言われた通り、スイッチが入っていたコタツに足を突っ込んだ。重い荷物を運んできたお陰で、コタツは熱いぐらいだ。手探りでコタツを弱くし、洗濯物を畳む橿宮を見つめる。
 慣れたように橿宮の手は動き、堂島さんのシャツやら菜々子ちゃんのワンピースが、あっという間に綺麗に畳まれていく。ここに来る前から家事をしてたと言っているだけのことは十分にあった。
 手際のよさに感心して見ていると、ふと橿宮の視線がこっちを向く。僅かに目を細められ「お前もやってみるか」と話をふられた。
「えっ、オレ?」
「やりたそうな顔してた」
 ほら、と適当に引っ張り出したシャツを、橿宮が俺に向かって投げた。反射条件で手を伸ばし受け取ると、それは橿宮のカッターシャツだった。
 受け取ってから言うのもなんだけど、俺は決してやりたいとは思ってない。ただ、見つめる俺の視線を都合よく解釈しただけだ。だけど、橿宮の中じゃもう俺がやるもんだと思ってるんだろう。拒否権などない。
 コタツから出た俺は、橿宮に倣い、投げ渡されたシャツを畳の上に広げた。ちらちらと畳む様子を盗み見して、同じようにやってみるけど、なかなか上手くいかない。な、なんでだ?
 それでも畳み終えたそれを「こんなんでどうよ」と橿宮に見せた。俺としちゃ、良いほうだと思うけど。
 橿宮は俺が畳んだシャツを一瞥し、一言。
「五点」
 ……点数低くね? 低いだろ、おい。
 唖然とする俺に、橿宮はご丁寧にも「百点中の五点だから」と言い直してくださりやがりました。しかも左手をぱっと広げて見せて。
 どうせ下手だよ俺は。わかりやすく機嫌が急降下した俺に、橿宮は「もうちょっとお母さんの手伝いすべきだったな」とため息を吐く。
 言外にガッカリだと言われたような気がして、俺はますますむくれた。
「えーえー、すいませんでしたねー! どーせ俺は橿宮みたいにうまく出来ねーよ!」
 ふん、とそっぽを向く俺に「そこまで怒るか」と橿宮が呆れた声で言った。怒るわ、そりゃ。
 しかし俺の怒りは次に橿宮が言った言葉で、たやすく吹き飛んだ。
「これからのことを考えると、俺としては少しでも陽介にこういうこと覚えてほしいんだけどな」
「……へ?」
 これから? これからのことを考えるって?
 俺は疑問詞を頭に浮かべながら、改めて橿宮を見た。
 洗濯物を滑らかに畳む手はそのまま、橿宮は遠くに思いを馳せるような目をする。口から出る言葉はとても弾んでいた。
「料理はまあ俺が受け持つとしても、たまには陽介の焼いた目玉焼きとか食べてみたいし。洗濯とか掃除とか、覚えて損はないだろう? だから分担可能なところはどんどん分けて助け合うべきだと思うんだけど」
 語っているのは橿宮の言うこれからって――つまり俺とコイツが一緒に住んでいる時のことか? え、もしかして将来俺とお前が一緒に暮らすの、橿宮の中でもう決定事項なの?
 実はずっと大学入ったら、一緒に暮らそう宣言のタイミングを測ってただけにすっごい驚きなんですけど。もしかして悩むだけ無駄だったとか、そんなオチかよ。
 俺は身体の力が抜け、へなへなと上体を前に倒した。まずい。顔が熱い。今起き上がってこの顔見られんのは、すっげ恥ずかしい。
 額が落ちた場所には、五点と言われたひどい畳みようのカッターシャツ。俺はそれを握りしめ、悶えた。この瞬間、俺の幸せは確定されたも同然だ。悪かった機嫌は一変、どんどん急上昇していく。
「陽介?」
 突然半分俯せになった俺を、思い描いてたんだろう未来予想図を語っていた橿宮が訝しげに呼んだ。髪の毛を、伸ばされた指先が柔らかく梳く。くすぐったくて、気持ちいい。
 俺は頭を撫でる橿宮の手を掴み、身体を起こした。胼胝やら傷とか、ちょっとざらついてる手の平を指の腹で摩り、へへ、と口を緩ませた。
 もちろん、一緒に暮らすには色々問題をクリアしていかなきゃならない。そもそも同じ大学に受かろうとするには、俺は猛勉強する必要がある。
 でも橿宮にはそんな心配をする素振りはない。俺ならどうにかなるって信じてる。
 相棒なら――その信頼に応えてナンボだろってもんだ。
「じゃあ、色々頑張ってみる」
 まだ一年とちょっとある。やれないことはないことは駆け抜けた月日が教えてくれた。
「だからさ」
 答えは分かっていても、俺はそろりと言葉を押し出すように言う。やっぱり、俺の口から言っておきたいのもあるから。
「大学同じとこ行って、一緒に住もう?」
 橿宮はその言葉を待ち望んでいたように笑うと、すぐに頷いた。
「もちろんだ」
 触れている手の平が閉じられる。そこから伝わる温もりは、コイツの名前通り、まるで日向みたいに温かかった。

拍手[0回]

PR