コロッケ 尚紀 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 晴れた日にはいつもここで食べるんだ、と日向に連れてこられたのは屋上だった。「尚紀、こっち」 入り口で立ち止まったままの尚紀を余所に、日向は真っ直ぐいつも座っているらしい場所に進んでいく。そして戸惑う尚紀を見て、早く来い、と言うように手招きする。 ゆっくり歩いて近付くと、日向は持っていた弁当の包みを解いていた。明らかに一人分にしては多い。最初から誰かと食べるために作られたのだと分かる。 それが自分だと思うと、尚紀は何とも言えない気分になった。嫌ではないけれど。「……座らないのか?」 立ったままぼんやり見下ろす尚紀を見上げ、日向が首を傾げた。はっと我に返り「す、すいません」と尚紀は日向の隣りに腰をおろす。昼休みを一緒に過ごすのは初めてなせいか、少し緊張した。「はい」 弁当が差し出される。受け取ると、自分の母親が作るものよりも美味しそうだった。「……これ、橿宮さんが作ったんすか?」 うん、と日向が頷く。「口に合うか分からないけど、どうぞ」 そう言って日向は自分の弁当を食べ始める。 手渡されて返すのも失礼だろう。尚紀は恐縮しながら、箸をつけることにした。 とりあえず、目に付いたコロッケを口に運ぶ。「……あ」「どう?」「その、すげーうまい、です」 ぼそぼそ呟くように言ってしまったが、それを聞いた日向は、そうか、と僅かに目許を緩めて笑う。「昔完二が作ったのと、どっちがおいしい?」「……え?」 それは夏休みに会った時、出くわした完二との会話で話していた内容を言っているんだろうか。尚紀は弁当を見つめる。十年前、完二が作ったコロッケの味を思い出しつつ、もう一口目の前のコロッケを食べた。「アイツが作ったのもうまかったすけど、橿宮さんのも美味しいですよ」 出たのは曖昧な答えだったが、日向は気を悪くした様子もなく、完二も料理がうまいみたいだしな、と箸に挟んだ卵焼きを一口で食べた。かみ締めながら何か考え込み、不意に顔を上げる。「今度は完二にも作ってもらおうか、コロッケ。で、食べくらべてみるとか」「えっ?」 突然の思い付きに箸が止まり、尚紀は日向を見た。良い考えだと思ったらしい日向は既にやる気を見せていた。「俺も完二の料理、一度食べてみたかったし」 断られる展開は日向にはないらしい。尚紀が唖然としている間に、着々と話が進んでいく。「あの、橿宮さん……。断られるって可能性は考えないんすか?」「なんで?」 恐る恐る口を挟んだ尚紀を、心底不思議そうに日向は見た。「なんでって……。アイツですよ?」 昔ならいざ知らず。今の完二は、稲羽では族の頭とも呼ばれている不良だと恐れられている。いくら日向の頼みでも、大人しく聞いてくれるだろうか。 だが日向は、大丈夫、と心配のかけらもなく言い切った。「大丈夫。完二ならきっと俺のお願い聞いてくれるから」「……」 その自信はどこから来ているんだろう。聞いてみたかったが、どんな答えが返ってくるかと思うと、なんだか恐ろしくなる。「よし、じゃあ後で頼んでみる」 意気込む日向に、尚紀はそうっすね、と力なく答えるのが精一杯だった。 [0回]PR