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ロードレース



 今日の体育はロードレースだった。八十神高校から坂を降り、鮫川河川敷をぐるりと回る距離は長い。走り始めてからものの数分で音を上げる同級生が多い中、日向は一定の速さで黙々と走っていた。
「っつーかさぁ、近藤の奴、無駄にはしゃぎすぎなんだよな」
 日向の少し後ろを追い掛ける形で走る陽介が、先頭で自転車を漕ぐ体育教師に呆れて言った。熱血漢を地で行く近藤は「後ろの奴らはきりきり走れーっ!」と激を飛ばしている。昔の青春ドラマか何かから抜け出たようだ。付き合うつもりは陽介にはさらさらないが。
「次の授業まともに受けさせるつもりねーだろな」
「元々まともに受けるつもりはあまりないんじゃないか」
 ちらりと日向が肩越しに陽介を見た。
「それより、どうして俺の後ろを走る? 陽介は普通に足が速いんだから、隣に来ればいいだろう」
「あー、だよなあ。俺も今気づいたわ」
 走る速度を上げた陽介は日向と並び「何かテレビん時とごっちゃになってるみてえ」と歯を見せて笑う。テレビの探索で、陽介は先頭を走る日向の背中を見ながら追いかけた。それに慣れているから、こうして並んで走るほうに違和感を覚えてしまう。
「切り替え大事。今はテレビの中じゃなくて、体育の授業中」
 そう言って日向は肘で並走する陽介を突く。陽介は身体を反らしてそれを避け「わあってるって」と言った。
 でも日向に指摘されなかったら、ずっと彼の少し後ろを走ったままだと陽介は思う。クセになったのもある。だがそれ以上に日向の背中を見るのが好きだから、きっとなかなか直らないだろう。
「しかし、どんだけ走らす気なんだかあの熱血教師」
「今鮫川の反対側に回ったところだから」
 日向が走る方向に架けられている橋を指差した。
「あれを渡って、そのまま学校まで戻るつもりだろう。多分」
 すっと坂の上にある八十神高校へ動く指先を目で追い、「まだまだ長いな」と陽介がうんざりした。後ろからもまだ遠い道程に、喘ぎ苦しむ同級生達が怨嗟の声を上げている。息が切れかかっているのが、同情を誘うようだった。
「女子は今頃呑気にバレーかな」
 高校のほうを見ながら呟く陽介に「そうかもな」と日向が答える。女子に甘い近藤は、体育館で自由にチームを組み試合をするよういいつけてある。
「里中がはしゃいでいそうだ」
 息は全く乱れていない調子で言った日向に「まーな」と陽介は納得した。
「バレーなのに、ボール蹴りそうだよなー。な、どうせなら賭けっか?」
 突然勝負を持ち掛けてきた陽介を、日向が見遣る。
「賭けって何を」
「里中がボールを蹴ってるかどうか」
「それは答えが俺もお前も同じだから、賭けにならない」
「あ、やっぱり?」
「でも終わったらジュース飲むか。流石に喉が渇く」
「そうだな。さっさと済ますか」
 互いに頷きあい、二人はさらに速度をあげていく。見るまに小さくなっていく日向らの背中に、後ろを走っていた男子達が「あいつらバケモンかよ……」とうんざりした声をあげていた。

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