嬉しい要素 ペルソナ34Q小話 2013年04月29日 雪千要素あります 雪子が教室に戻ると、そこに親友の姿はなかった。周りを見渡しても、やってきた放課後をどう時間潰しをするか賑やかに話している同級生たちしかいない。横を通り抜けた男子らが、雨降ってるしジュネス行こうぜ、と言うのが聞こえた。 きょろきょろしながら自分の席に向かう。ぼんやりした様子に、二つ後ろの席から「天城どうしたん?」と陽介が話し掛けてきた。「千枝がいないみたいなんだけど……」「ああ」と陽介が意を得たように頷いた。「里中だったらもう橿宮と帰ったぜ」「えっ?」 千枝が日向と帰ったことに、雪子は衝撃を受けた。それに気づかず「二人揃って急いで行くことねーのにな」と頬杖を突き、雨が降る外を見て苦笑する。 雪子は混乱した。日向を相棒と言って憚らず、他の誰かといるのを見る度にちょっと拗ねる陽介が平然と笑ってるなんて。確かに千枝は二人にとっても大切な仲間だけど。 もしかして二人の行き先を知ってるのかな。雪子は落ち着かないままで陽介の席に近づいた。「ねえ、花村くんは千枝たちがどこに行ったか知ってるの? 一緒に帰ろうと思ってたんだけど」 雪子には旅館の手伝いがある。テレビでシャドウと戦ったりもする。他にもタイミングが悪いせいか、最近千枝と一緒に下校できない日が続いていた。 すると、陽介は物憂い表情になり、ため息をついた。「いや……、教えてもいいけどさ。ちょっと天城には刺激が強すぎるかも」「刺激? 刺激ってなんのこと?」 しまったと陽介が口を押さえた。怪しい素振りに雪子の目が険しくなる。稲羽でも有名な美少女に睨まれるのは、普通の男ならそれでも嬉しいかもしれない。だが彼女がひた隠しにしていた一面を知る一人である陽介からすると、恐怖以外の何物でもない。この目は、本気の天城越えをしそうな目だ。「言って」 有無を言わさぬ口調で、雪子が聞いた。「言わないと……」「わかりました。言います。言いますから睨まないで」 凄みのある声に、陽介はあっさり落ちた。 商店街の中ほどにある中華料理店――愛家。その出入り口にへばり付くように、雪子と陽介は店内を窺った。 カウンターに並び、楽しそうに食事をしている千枝と日向の姿を確認する。そしてその周りにいる客たちは誰もが呆然として、二人を見ている。「いやー、相変わらず肉に関しては、目を疑う食いっぷりだな」 流石は肉研究会メンバー、と呆れ半分に陽介は呟く。雨が降った日、差し迫った状況でなければあの二人はよくここへ直行している。「……」 無言の雪子に陽介はそっと自分の傘を半分差し出す。雪子も傘をさしてはいるが、千枝らに見つからないよう意識しすぎて、前のほうに雨がかかってしまっている。「天城、肉苦手だろ。前も肉丼の匂いに胸やけしそうだっつってたし。だから刺激強すぎんじゃねーのって止めたつもりなんだけど……聞いてないね、俺の話」 陽介の言葉には耳を貸さず、雪子はじっと店内を見ている。 そして呟いた。「どうして私の胃袋って丈夫じゃないんだろう……」「アイツらみたいに丈夫すぎんのも問題ありだと思うけどな」 とりあえず愛家の店主は雨の日に二人が来る度、スペシャル肉丼を完食させられてる分、懐が痛んでいるだろう。ジュネスでウルトラヤングセットを軽々と食す様子を見た陽介も目眩を覚えたほどだ。「……花村くん」 肩をわなわな震わせ、雪子が突然振り向いた。気迫の篭った目に「はぃい!?」と陽介は上擦った声を上げる。 がっしりと陽介の手を掴み雪子は言った。「お願い! お肉食べられるように特訓に付き合って!」 あ、俺、面倒ごとに巻き込まれてね? 陽介は確信するが、もう遅い。 軽はずみに言うんじゃなかったと後悔する陽介を余所に、雪子は一人闘志を燃やしていた。「――と言う訳で愛家に来たが」 あれから数日。陽介に拝み倒され共にやって来た日向は、備え付けの塗り箸を筒から取った。目の前には運ばれてきた肉丼がある。今日は晴れているので、普通の大きさだ。同じ物が、それぞれテーブルに着いた雪子と陽介の前にも置かれている。 食べる前からツユでよく煮込まれた肉の匂いが鼻を刺激する。陽介や日向はともかく、雪子は挑む前から顔色が悪かった。箸を持つ手が、微かに震えている。「天城、大丈夫?」 心配そうに日向は雪子を案じた。その隣で陽介が「無理しないほうがいいんじゃね?」と思い止まってほしいように言うが、雪子は気丈に首を振る。「ううん。まだ一口も食べてないのに諦めるなんて出来ないよ」「いやー……、無理されて何かあったら、俺の身に危険が及ぶんだけど」 雪子に無茶をさせたと千枝に知れたら。考えるだけで陽介は身震いする。やべえ。シャドウみたいに吹っ飛ばされる。「陽介は、墓穴を掘るのが得意だから。たった一回うっかり発言するだけで、ここまで悪いほうに転がれるのはすごい」 他人事のように言い、日向が「いただきます」と手を合わせた。それを恨みがましく陽介が横目で見遣った。迂闊な発言をしたこちらにも非はあるが、日向にも同じことが言える。自分からすると苦手な物だけど、親友からすれば大好きな物。それを同じように楽しんでいる日向を、雪子は羨ましがっているせいでこんなことになったようなものだ。「食べないのか? 肉丼は熱いうちに食べるのが一番美味しいのに」「食うよ!」 半ばやけくそに言って、陽介は肉丼に手をつけた。一口に運ぶと、タレの染み込んだ、しかししつこい味が広がる。大量に食べたら、胃もたれしそうだ。「……」 大量に盛りつけられた肉を少しずつ食べていた雪子の表情が、だんだん悪くなっていく。それに伴って箸の動きも鈍くなり、遂にはとうとう止まってしまった。 やっぱりいきなり肉丼はきついよなあ、と陽介は思った。そもそもこれで苦手な物が食べられるようになれれば、誰だって苦労はしない。「天城、無理すんなって。腹壊すぞ」「もうちょっとだけ……」 あまり中身の減っていない肉丼を見る雪子の目は恨めしそうだ。そびえ立つ壁は、余りにも高い。 とん、と日向がいつの間にか平らげていた肉丼の器をテーブルに置いた。「天城。それは俺が食べよう」 いきなり告げると同時に日向の腕が伸び、雪子の肉丼を掠め取った。突然の行動に、陽介と雪子が絶句する。 先に我に返ったのは、陽介だった。「お、ま……っ。何やってんだよ!」「ひくふぉんふぁべふぇる」「んなの見りゃわかるわ! つか、食いながら喋んな!」 陽介に叱られても、日向の箸は止まらない。一気に掻き込んで山ほど盛られていた肉丼は、日向の胃袋へ消えていった。 日向の前に二杯目の器をテーブルに置く。空っぽになったそれを覗き込んだ陽介は「あああ~、マジ食ってっし!」と声を上げた。「橿宮! お前人の物は勝手に食べるんじゃありません!」「お金は俺が出す」 それに、と日向がまだ呆気に取られている雪子を見る。「そんな顔で食べたって美味しくないし、楽しくない」 ぴくりと雪子の肩が震えた。「俺が里中と食べに行くとき、いつも里中はおいしそうに食べてる。だから俺もそれにつられるんだ。だけど、今の天城と一緒だったら里中は楽しいと思えるか?」「……楽しむより、心配すると思う」 苦々しく雪子は首を振った。持っていた箸を置き、静かにため息を吐く。「陽介から事情を聞いたときから思ってたけど、どうしても肉を好きになる必要はない。要はお互いに自分の好きな物を食べればいい」 そう言って日向は陽介をちらりと見た。「俺と陽介だってけっこう好きな物は違うけど」「……まあ、全然気にならねーわな」 陽介は頬を掻きながら、最初から自分と日向のことを例にあげれば良かった、と思った。たまに目玉焼きには何をかけるかなどと、どうでもいい論争をしてしまうが、至って仲が壊れるような深刻さはない。それぐらいで壊れてしまう絆でもない。 日向がテーブル横の調味料と共に備え付けられているメニューを取り、考え込んでいる雪子に差し出す。「……橿宮くん?」「さっきも言ったが肉丼代は俺が奢る。だから今度は天城が好きな物を選ぶといい。もうすぐ里中も来る」「里中来んの?」 陽介は驚いて、頷く日向を見た。「ちょっと時間は遅らせてるけど。天城も俺達より里中と一緒のほうがいいと思って。陽介、肉丼食べた?」「ちょ、席立つフラグ?」 途中食べる手が止まったせいで、陽介の器にはまだ半分中身が残っている。濃い味の肉丼を一気に食べるには躊躇う量。 だが無情にも日向は腕時計を見て言った。「あと一分で出るから。ファイト」 ファイトじゃねえ。陽介は呑気な相棒にツッコミたくなるが、その時間も惜しい。丼を持って、一気にかきこんだ。 陽介が食べ終わったのを確認し、席を立った日向は伝票を手に取った。口をもごつかせながら胸を押さえる陽介も、それに続く。「あの、橿宮くん」「里中によろしく」 メニューを手に見上げる雪子へにっこり笑い、日向は陽介を引っ張って店を出た。 何だか最初から彼には見透かされていた気がする。呆然と二人を見送りながら、雪子は思った。 深呼吸して、メニューを開く。今度は日向の言う通りにして、きちんと自分の好きなものを選ぶつもりだ。 もうすぐ千枝が来る。その時間を楽しくするために。「陽介はいつも通りだったな」 日向はジュネスのフードコートで買ったソフトクリームを食べながら言った。肉丼の後でよく食べれる、と思いながら見ていた陽介は「何が?」と首を捻る。「天城みたいに、ちょっとは妬いてくれるかと思ったんだけど」「妬くって……お前と里中だろ?」 少し考え、ないな、と陽介は結論を出した。ちゃんと根拠だってある。 テレビでシャドウとの戦闘をしていた時だ。刀で切り付けた後、追撃でシャドウを蹴り飛ばした日向を見ていた千枝の目は、かっこいいと見惚れるものではなく、成長した弟子を見守る師匠のようなそれに近い。「なんだ」 つまらなそうに日向が呟く。ソフトクリームをきっちり食べ切り、唇の端に着いたコーンのかすを指で拭った。 不満そうな様子に「もしかして、妬いてほしかった……とか?」と僅かに身を乗り出す。あからさまに感情を表さない日向にしては珍しいことだ。「まあちょっとは」 素直に日向は認めた。「陽介の気持ちを試すようで悪かったとは思うけど」「いやいや。俺はこれぐらいだったら平気だし」 それどころか、妬いてほしかった、なんてかわいいと思う。恋人冥利に尽きると言うものだ。自然と顔が綻ぶ。「どうした?」 にやにやする陽介を日向が覗き込む。「いや、愛されてんなーって」 さらに陽介は身を乗り出す。顔はさっきよりも緩んでいた。「なあなあじゃあさ、今度は俺とどっか食べに行かね? フードコートとかじゃなくて、どっか別の場所でさ」「愛家で肉丼?」「いやいやいや。愛家とかでもなくて。もっとどっか別の場所!」 里中じゃあるまいし、せめて肉からは離れてほしい。陽介は日向の両肩をがっしり掴む。「沖奈にすっか! 今度いつ空いてんの?」「んん、と。ちょっと待ってくれ」 陽介に掴まれた肩を離してもらい、日向は取り出した携帯のフリップを開く。 陽介はスケジュールの空きを探す日向をじっと見る。やっぱりかわいいな、とさっきの日向を思い返した陽介は、つい彼の頬を突きたくなってしまった。 [0回]PR