交換 特捜隊メンバー ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 真面目に学校へ通い始めてから一週間が経とうとしていたある日。日向ら特捜メンバーに誘われて、完二は一緒に昼食を取っていた。天気がいいから、と連れてこられた屋上で円を描くように座り、それぞれが持ってきた弁当を広げる。 育ち盛りなんだし、たくさん食べて成長しないとね。そう言う完二の母親が作った弁当はとても量が多い。二段重ねの弁当箱にはおかずもご飯もぎっしり詰められている。今でさえ十分でかくなってるのに、これ以上成長させてどうするんだ、と弁当の蓋を開けて完二はいつもそう思う。「うわー。完二くんとこのお弁当すっごく美味しそうだね!」 完二の向かいに座っていた千枝が、見えた弁当の中身に声を上げて感心した。「そっすか? オレはあまりそう思いませんけど」「そりゃあ完二くんは毎日食べてるからじゃない。いいなぁ」 そう言いながら、千枝はじっと完二の弁当を見つめる。余りにも物欲しそうな視線を注がれ、完二は思わず「良かったら好きなモンお一つどーぞ」と千枝におかずの詰まった弁当を差し出した。 えっ、と千枝が驚いて、差し出された弁当と完二の顔を交互に見た。「いいの? もらっちゃって」「いっすよ。あんな物欲しそうな顔されちゃ、あげねー訳にもいけねえし」「え? え?」 千枝は箸を持ったままの右手で頬を押さえた。「あたしそんな顔してた?」「うん。してた」 千枝の隣に座っていた雪子が、完二の代わりに答える。「じーっと完二くんのお弁当見て、すごく欲しそうな顔してたよ」「ちょ、ちょっと雪子……」 そこまではっきり言わなくても、と言いたそうな顔をした千枝の頬に朱がさす。しかし雪子は「私も一つ貰っていいかな? そのコロッケ美味しそう」と自分のペースを崩さずに言った。「卵焼きと交換しよう?」「あ、じゃああたしはウィンナーあげる!」 頬の赤みが引かないままの千枝にも言われ、完二は肩を竦める。いらないと遠慮しても押し付けられそうだ。「はいはい。何でもいいっすから早く取ってくださいよ」 差し出したままの弁当を軽く揺らすと、さっそく二人の箸が完二の弁当に伸びる。「……なあ、天城」 三人の会話を聞いていた日向が、ふと真剣な顔で口を挟んだ。「その弁当は誰が作ったんだ?」「板長さんだよ。たまにお客さんの朝食作りのついでに余ったものを詰め込んでくれるの」「じゃあ俺にも卵焼きくれないか?」 明らかにさっきより安堵した声で日向が言った。どうしてそこまで慎重なんだろう、と日向の横で完二は不思議がる。「代わりに好きなおかず取っていいから」「わ、本当? 嬉しい」 見せられた日向の弁当から何を貰おうか選別しつつ、雪子は「橿宮くんのお弁当はどれもおいしいから困っちゃうな」と贅沢な悩みを言う。迷った揚句、ポテトサラダを貰い「ありがとう」と嬉しそうに笑う。「……橿宮先輩って料理上手いんすか?」 雪子の喜びようを見て、完二が思ったことをそのまま口に出した。確か日向は叔父と従姉妹が住んでいる家に居候している。刑事である叔父の忙しさと、小学校に入ったばかりの年齢である従姉妹のことを考えれば、そこまで見事な出来栄えの弁当を作れるのは、日向しかいないだろう。「すっごい上手いよ」「うん。見事としか言いようがないくらいにね」 完二の疑問に、千枝と雪子が自信を持って答えた。女子二人から太鼓判を押される腕前に、完二も興味が沸いてきた。ちらりと視線を日向に向けると、「良かったら完二も何か食べる?」と尋ねられる。「お、オレは……」「その代わり俺にも何かくれたら嬉しい。その筑前煮とかちょっと食べてみたい」 気兼ねさせない為か、交換を持ち掛けてくる日向。 完二は小さく笑うと「仕方ねーな」とわざとらしく面倒そうに言いながら、弁当を日向に差し出した。「……お前ら、楽しそうだな」 購買で買ったパンを片手に、ずっと黙っていた陽介が恨めしそうに言った。「弁当忘れた花村が悪いんでしょ」 呆れながら言って、千枝は完二から貰ったおかずを食べて「うっまー!」と感嘆した。美味しさに頬を緩ませながら、完二に笑顔を向けた。「完二くんとこのお母さん料理上手いね! すごく美味しい!」「それを言うなら里中先輩ん家のも美味いっすよ。天城先輩のも」「ありがとう。板長さんに言っておくね」 和やかに友好が深まる雰囲気が漂う。そこから取り残された陽介は、食べかけのパンを持った右手を腿の上に落としてうなだれた。「陽介」と慰めるように日向が肩を叩いた。振り向いたその口先に、箸でつまんだハンバーグを突き付ける。「これやるから泣かない」「泣いてねー!」 がなりながらも、陽介は仏頂面で口を開け、ハンバーグを一口で食べた。 [0回]PR