桜 菜々子+クマ ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 淡く桃色の蕾が綻び、春の空に桜が咲いている。青空に映える柔らかな花は、見ている人間の表情を和ませそうだ。しかし桜の下で花を見上げる菜々子のそれは、今の天気とは裏腹にどんよりと曇ってしまっている。 寂しそうな目をする菜々子を「どーしたの、ナナチャン?」と連れ立って散歩に来ていたクマが心配そうに覗き込んだ。青い瞳に見つめられ、菜々子は、はっと我に返り慌てて首を振る。「ううん。なんでもないよ」 そう言った菜々子に、クマは不満そうな顔をした。「ウソはダメよ、ナナチャン」「えっ?」「だってすっごく悲しそーな顔してる。ナナチャンにはそういうの似合わないクマよ」 クマに指摘され菜々子は両手で頬を押さえた。自分の考えていることが顔に出ているなんて、思わなかったから。「やっぱり何か考え事してたクマね」 菜々子の反応に確信を持ってクマが言った。頬を押さえた両手を下ろし、菜々子は頷く。「……菜々子ね、お兄ちゃんとさくら見たかった」 時期的に無理だと、菜々子はわかっている。しかし、どうしても一緒に見たい気持ちもあった。菜々子は母親を亡くしてからずっと、わがままを言わないできた。忙しい父親を気遣ってのことだったが、それも日向と過ごした一年で随分気持ちに変化が表れている。 もっと一緒にいたかった。 あの別れの日、兄のような存在に抱き着いて零した言葉も――涙も、偽りない菜々子の気持ちだった。困らせてしまっているのに、涙が止まらなくて離れたくなくて。そんなわがままを日向は優しく笑って聞き、そして頭を撫でてくれた。 菜々子は俯き、下ろした手を握りしめる。「お兄ちゃんに、あいたいな……」 ぽつりと叶わないわがままを呟く。こんなに綺麗に桜が咲いているのに、日向がいないと色褪せて見えた。「……ナナチャン」 俯く菜々子をクマが見下ろす。 クマには寂しがる菜々子の心情がとても理解出来た。自分もまた同じような気持ちを抱えているから。日向や陽介がテレビの中にやってきたことがきっかけで、クマはこうして外の世界に存在している。じゃなきゃ、きっと霧に埋もれた世界にいたままだろう。 クマはそっと菜々子の手を包み込むように握りしめた。寂しさを共有するように。でも菜々子は一人じゃないと教えるように。「……クマもセンセイと離れ離れで寂しいクマ」 桜を見上げ、クマは菜々子に言った。鼻の奥がつんとする。わざとらしく鼻を啜ったふりをして涙を堪えた。「クマさん……」 菜々子はクマを見上げ、繋いだ手にぎゅっと力を込める。「あのねクマさん。菜々子お兄ちゃんいなくてさみしいよ。でもね、今クマさんがいてくれて、すごくうれしい」「ナナチャン」「ありがとう、クマさん。菜々子と一緒にいてくれて」 ほわりと菜々子が笑う。「ことしはムリだけど、らいねんはお兄ちゃんともいっしょに見ようね。やくそく」「……うん。見よう。また皆で」 約束を交わし、クマは菜々子と上を仰いだ。見上げたそこは桜で満開になっている。だけどクマは既に来年の春が待ち遠しくなっていた。 [0回]PR