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「なんだこれ」
 河川敷の土手。建てられた東屋で寝そべっている存在に、陽介はつけていたヘッドフォンを首に掛け直し、そこへ近付いた。
 日向がベンチに横になっていた。足元には釣竿にバケツ。空っぽの中身から、今日は成果が上らず不貞寝してしまったんだろう。
「しかし、こんなところで寝るってどうなんだか」
 稲羽が元々平和なところだとしても、外で無防備に寝てしまうのは、危機感がない。それとも肝が座っているからか。
 ――多分、後者だな。
 陽介はくすりと笑みを零して近寄り、日向の寝顔を真上から見下ろした。陽介がいるのにも気付かず、眠り続けている日向は器用に椅子から落ちないよう寝返りを打つ。このまま放っておいたら、ずっと寝ていてそうだ。
 見つけてしまった以上放っておけないし、もし風邪でもひいたら菜々子が悲しむだろう。
 気持ち良く寝ている日向の姿に、起こそうかどうか迷ったが、陽介は結局彼の身体を揺する。
「橿宮」
「……」
「おい、橿宮」
「…………」
 揺する手を日向は不機嫌に払いのけた。起こされるのが気に食わないらしい。こっちはお前を心配してるんだけど。頭を掻きつつ陽介は日向を見下ろすが、一向に起きる様子はない。
 困って助けを求めるように辺りを見回していると、不意に携帯の着信が聞こえてきた。陽介の設定しているものとは違うそれは、日向がはいているジーパンのポケットから流れている。
 流れる着信音に、陽介は首を捻った。何度か日向の携帯に着信が入ったところを見たが、その時と今では音が違っている。誰からかすぐに分かるように設定を変えてるんだろう。
 すると、さっきまで熟睡していた日向が瞼を開け、勢いよく起き上がった。うおっ、と驚き後退る陽介には目もくれず素早く携帯を取り出し、耳に当てる。
「――菜々子?」
 あー、なるほどな。
 通話に出た相手の名前に、陽介は日向の反応の速さに納得した。可愛い妹からの着信は、睡魔をも陵駕するらしい。
「うん。……うん。分かった、今から帰るから」
 短いやり取りをした後、日向は通話を切った。携帯をしまって、釣具片手に立ち上がったところで、ようやく陽介に気付く。
「あ、陽介」
 びっくりした、と眼を丸くする日向に、陽介はがっかりと肩を落した。
「いや、結構前から居たんだけど俺」
「そうなのか? ごめん、全然気付かなかった」
「……まぁ、いいけどさ」
 やってきたのは日向が眠っていた時だったし、仕方ないだろう。
「何か、あったのか?」眉を顰めて尋ねる日向に、いいや、と陽介は曖昧に笑って首を振った。
「菜々子ちゃんお前を待ってるだろ? 俺のことはいいから早く行けって」
「……ごめん」
 すまなそうに瞼を伏せ、軽く頭を下げた日向は、じゃあと陽介に手を振って堂島家へ帰っていく。
「相変わらず兄馬鹿だよな、アイツは」
 それでも初めて会った時に比べれば、大分良い表情をするようになっている。後はそれをもう少しこちらに向けてくれればいいけどな。そう思いながら陽介は、外していたヘッドフォンを耳につけ、自分の家に向かって歩き出した。

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