向上心 ペルソナ34Q小話 2013年04月29日 「――いっくよー!」 現われた大量のシャドウに憶さず、千枝が軽く腰を落した。眼鏡の奥で眼光鋭くシャドウを睨みつける。「トモエ!」 宙から現われた、淡く光るカードを回し蹴りで砕いた。同時に千枝の背後から雄々しく薙刀を持つ女神が、呼び声に呼応するように浮かび上がる。 トモエは両手で薙刀を構え直した。群れるシャドウに向かって飛び込み、縦横無尽に暴れる。無慈悲な一閃に巻き込まれたシャドウの幾つかは、悲鳴も残さず消えていく。「まだまだ行くぜっ!」 千枝に続いて、完二が大きな盾を軽々と振り、一番近くのシャドウを殴り倒す。それでも残っている敵に、完二は不敵な笑みを口許に浮かべた。「――来い! タケミカヅチ!!」 武骨な雷神が、完二の前に降り立つ。拳を振りかざし、勢いよく下ろした。 雷が、降り注ぐ。 トモエの薙刀から命からがら逃れたシャドウたちは、雷にのまれ、あっという間に殲滅した。 戦闘の高揚感が漂う中、よっしゃあ!と完二と千枝が同時に勝利の声を上げる。「アイツら、すっげー生き生きしてるよな……」 戦っている様子を見ていた陽介は、感心して呟いた。こっちが手を出すまでもなかった。「そうだな」 日向は頷きながら、ペルソナを呼びだした。現われたキクリヒメが、消耗している完二と千枝の力を回復させ、消える。 やったよー、と手を振る千枝に手を振り返して「多分、俺たちの中でこういうのに一番慣れてるのもあるし」と日向は言った。「確かにな」 千枝は功夫映画をこよなく愛するがゆえに、自らも鍛えて、映画からコピーした功夫の足技を実践レベルにまで高めている。完二もまた、暴走族を潰した伝説を裏付けるように喧嘩慣れしているのは、周知の事実だ。「いや、でもこれは伸び伸び暴れすぎじゃね? いいのか、今日こんなんで」「うん」 心配する陽介に、日向は頷いた。 今は失踪している人間もいないし、差し迫ったこともない。フォローはこっちでするから、と日向は完二と千枝にシャドウと好きに戦ってくれと言っている。 陽介としても、リーダーである日向に異論はない。だが、言葉通り好きに戦いすぎている二人を見ていると、どうもはらはらしてしまう。「大丈夫。二人のフォローする為に俺たちがいるんだから。不安そうな顔するな」 日向がちらりと陽介を見て、小さく笑った。「……さっきも言ったけど、俺たちの中でこういうのに一番慣れているのは里中たちだろう?」「まぁな」「見てたら学ぶべきところがあると思うんだ」「お前まさかそれであんなこと」 日向の意図に陽介は気付いた。日向は、シャドウと戦っている二人の動きを、じっと観察していた。どうして手を出さないんだろう、と不思議に思っていたが。「俺は殴り合いの喧嘩なんてしたことないしなぁ」 妙にのんびりとした口調で、日向が言った。暗に肯定する口振りに「俺だってねーよ」と呆れて陽介が返す。「つか、喧嘩慣れしてるほうがどうかと思うけどな」「そうだけど」 日向は切っ先を床につけている剣を握り締めた。「今はもうちょっと、力をつけておきたい」 まだ何があるか、分からないから。 小声で日向が呟いた。「まだ終わるとは思えないし。力はつけれる時につけておきたい」 ゆっくり持っていた剣を上げ、日向は刀身に自分の姿を映す。伏せた眼は、ずっと先のことを考えているように見えた。 これから先、何が起こっても構わないように。「――バカ」 ぶっきらぼうに陽介が言って、軽く日向の頭を小突いた。驚いた日向は、丸くした眼を瞬かせ、陽介を見る。「強くなろうと思うのはいいけど。少しは俺も頼ってくれよ相棒。お前にばっかり背負わせる気なんて、俺にはないからな」 そう言って陽介は片目を瞑って笑った。「……」 日向は小突かれた頭に手をやりながら陽介を見ていたが、不意に笑い出し陽介を驚かせる。「……なんだよ」「いや。お前にはかなわないなって思ったんだよ相棒」 頼りにしてる、と陽介の肩を叩き、日向は完二と千枝の元へ駆け寄っていく。「……」 日向に叩かれた肩に手を置き、陽介はその時の感触を思い出す。「……それはこっちの台詞だよ」 まだまだ日向には色々と勝てそうな気がしない。 もっと強くならないとな、俺も。 一人その場に突っ立っている陽介を、千枝が大きな声で呼ぶ。今行く、と返した陽介は、両手の苦無を握り直し、歩き出した。 [0回]PR