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夕焼け色の教室で




 放課後の予定がないと、そのまま校舎に残る日が前より多くなった。
 誰もいない教室。瞼を下ろして音楽に聞き入っていた陽介は、ふとその眩しさに顔を上げる。
 遮るものがない空から、滲む茜色で教室が染め上がっていた。それだけなのに、いつもと全然違う。都会だと、高い建物が邪魔をして、ここまで綺麗に空だけ見えないだろう。稲羽に越してきて、陽介が知ったことの一つだ。
 ヘッドフォンに流していた音楽を停止し、耳から外す。外から、掛け声やボールの打つ音、金管楽器の奏でる演奏が遠く聞こえた。
 そのうちの一つに橿宮のも混じっているのかな、と思いながら陽介は頬杖をついて、すぐ前にある日向の席を見る。横に掛けてあるカバンの存在が、まだ日向が帰っていないことを教えてくれていた。彼は今、部活に出ている。
 別に一緒に帰ろうと約束している訳ではない。ただ勝手に陽介が日向の帰りを待ってるだけ。もう下校してると思っているだろう日向がどんな反応を示すのか、試してみたかった。ガキみたい、と言われればそれまでだけど、それでも見てみたいと思う。どんな反応でも、日向なら構わない、と思ってしまう。
 ――ああ、重症だ。
 陽介は机に突っ伏し、頭を抱えた。
 いつの間にか、膨れ上がっていた気持ち。
 日向のことを考える回数が増え、その度に困惑していた。アイツは親友で相棒で、仲間だと思っていたのがどんどん変わっていく。隣にいてくれるだけでは物足りない。もっともっと独占してしまいたい。
 かつて好意を抱いていた小西先輩にすら、そう思うことはなかったのに。
「――陽介?」
 突然後ろから聞こえてきた声に驚いて、大袈裟に肩が跳ねる。伏せていた身体を起こして、扉を振り向くと、ずっと帰りを待っていた姿がそこに立っていた。
 部活用のスポーツバックを肩に掛け、「何だまだ帰ってなかったのか」とゆっくりした足取りで近付いてくる。
「補習?」
「んな訳ねーだろ」
 お前を待ってたんだよ、とは言えず「俺にだってこうしてたそがれたい時だってあるの」と仏頂面をした。
「そうか」
 日向はあっさり納得してしまいながら、自分の席に、スポーツバックを置いた。
 窓のほうへと向き直り、「うん。陽介がそうしたいって思うの、少し分かる」と夕焼けの空を眺めた。
「綺麗な空だ。都会じゃ、こういうのはなかなか見れないから」
 そう言って目を細める日向を、陽介は綺麗だ、と思う。同じ歳の男を綺麗だなんて、自分でもどうよと思うが、それしか今の日向を形容する表現が見当たらない。
 赤い夕焼け色に照らされた肌や、すっとした線で作られたような横顔。見ほれて、携帯のカメラで撮って、ずっと大切に持ってたい気持ちになった。ほんの一瞬の姿すら、俺の中に残しておきたい。
 日向が不意に陽介を見た。
「何か食べに行かないか? 腹が減って仕方ないんだ」
 いきなり振り向かれ、陽介は内心驚きながら「お、おお、いいねそれ」と応える。
「たまには愛家にしようか。肉が食べたいから肉丼がいい」
「お前……。里中みたいなこと言うなよ」
 陽介は、食べるものはまず肉!といつもはしゃぐ千枝を思い出してしまう。
「別にいいだろ?」と悪戯っぽく日向が笑った。
「陽介のも奢るから。待っててくれたお礼」
「は?」
 陽介は、ぽかんと口を開け、瞬きをした。
「俺を待っててくれたんだろう?」
 日向はありがとう、と席に座って低い位置にある陽介の頭を撫でた。そして机に掛けていたカバンとスポーツバックを手に取る。
「行こう。早くしないと混む」
 さっさと歩き出す日向を呆然と見て、陽介の顔はたちまち夕焼けにも負けないほどに赤くなった。まだ撫でられた感触の残る頭を押さえ、勢いよく椅子を蹴って立ち上がる。
「お前分かってたんなら聞いてんじゃねーよ!」
 乱暴に引っ掴んだカバンを肩に掛け、陽介は怒鳴りながら日向の後を追っていく。肩が震えているから、きっと笑っているんだろう。
 意地の悪さに腹を立てつつ、それでも悪くない、と思ってしまうのはやっぱり重症だよな。陽介はそんな自分に呆れて苦笑しながら、夕焼け色の教室を出ていった。

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