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欲求




 たまに無性に触れたくなる。
 教科書を見るふりをして、陽介は隣りに座る日向を盗み見た。
 雨の日の図書室は、雨音と紙を繰る音が静かに響く。集中して勉強するならここ、と言っていた日向はシャーペン片手に頭を悩ませている。それを見ていた陽介は不謹慎だと思いながら、頬の緩みを止められなかった。
 全然分からないんだけど、ともうすぐ迫るテストに陽介は日向に泣き付いて勉強を見てもらっている最中だ。学年トップの日向は、家庭教師のバイトもしているだけあって、教え方も上手い。それに面倒見もいいから、毎回勉強を見てくれと頼み込む陽介に呆れながらも、こうして付き合ってくれる。
 勉強と言う名前がつくとは言え、今こいつを独占している。陽介は日向が自分の為に頭を悩ませる姿に、愉悦を覚えた。
 ここに誰もいなかったら、こいつに触れられるのに。さらさらと流れるような灰色の髪や、男にしては白い肌に。触りたい欲求にうずうずする指を握りこむ。
「――陽介?」
 教科書から顔を上げた日向は、頬杖をついてこちらを見ている陽介に、形のよい眉を不機嫌に寄せた。
「なにぼんやりしてるんだ?」
「あっ、悪い悪い」
 曖昧に笑うと「やる気、あるのか?」とさっきより低い温度のまなざしを向けられる。
「もちろんあるって! じゃなきゃ、お前に勉強見てくれって頼まねーよ!」
「声が大きい」
 行儀のなってない陽介を日向が注意すると同時に、周りから痛い視線が集中する。すんません、と笑顔を作って謝りながら「だから、……なっ?」と僅かに身を乗り出して日向をじっと見た。
 日向は顔を顰めたままだったが、諦めたように長い溜め息をついた。教科書と参考書の頁をめくり、陽介に向ける。
「じゃあ続ける。ここの数式だけど……」
 淡々と解説する日向の声は、とても心地よく陽介の耳に届く。説明しやすいように近付いた肩が、陽介のに触れた。その度にもっと触れたくなる。シャツ越しじゃなくて、その肌に直に指を這わせて。俺にしか見せない顔がもっと見たい――。
「……陽介?」
 ぼおっと日向の横顔に見入っていた陽介に、彼は心配そうに声を掛けた。
「どうしたんだ、またぼおっとして。もしかして……具合が悪いのか?」
 気遣う日向に陽介は首を振って否定しながら、内心はそれと正反対のことを考える。きっと俺はとっくにどうにかなってるんだろう。こうしているだけでも、お前に触れたくてたまらなくなる。俺の腕の中に閉じ込めて、ずっと離したくなくなるんだ。
「なぁ、橿宮」
 陽介は日向の眼を覗きこみながら言った。
「俺、ここだとまた大声出して周りに迷惑掛けちゃいそうだからさ」

 ――俺の家に行かない?

 陽介の唐突な誘いに、日向は眼を眇め、小さく首を傾げる。




 陽介は固い床から起き上がった。乱れた髪を手櫛で梳きながら、部屋を見る。
 すぐ側のローテーブルにはノートや教科書。辺りには二人分の制服が脱ぎ散らかされていた。
 陽介は我慢のきかなさに自嘲する。その傍らには、抱かれて疲れ切った日向が眠っていた。彼の身体には至る所に陽介がつけた痕がある。
 日向を家に誘ったあと、最初こそ真面目に勉強していたが、やはり一度切れかけた理性は長く保たなかった。ふと絡まった視線を切っ掛けに、日向を押し倒し、思うように触れた。非難の声をキスで喉の奥へと飲み込ませ、身体を押し返す手は、敏感なところに触れることで抵抗を弱らせる。鋭い眼光は、見ないふりをした。
 日向は睨んでいるのだろうが、陽介からしてみれば、それすらも熱を煽る一因になる。ぞくぞくと稲妻のような震えが背中に走り、もっと組み敷いた身体を貪りたくなる。
「起きたら、怒るよな……」
 今更なことを呟きつつ、指の背で日向の頬を輪郭を辿るように撫でた。ん、と日向は唸って陽介の手を払い、背を向ける。
 丸まった背中は、猫を思わせる。眠っているのに、全身で警戒されているような感じがした。
 それでも陽介は手を伸ばした。日向の身体を挟むように手をついて覆いかぶさり、眠る彼をじっと見下ろす。こうしている間だけでも、日向を独占してしまいたい。こんな時にしか、その願いは叶わないと、分かっているから。
 親友で相棒。特別な存在でいれたとしても、たまに不安になる。日向は掴み所がないところがあるから、眼を離したすきに遠くへ行ってしまいそうで、怖い。
 こんな風につなぎ止める俺を、お前はどう思う?
 そう思いながら、自分の浅はかさに唇を歪めて笑った。直に聞く勇気なんてないくせに。
「――日向」
 いつもは口にしない名前を呟く。名前すら、こんな時にしか言えない。
 バカなことばっかり考える俺を、いっそ嘲笑ってくれりゃいいのにな、と思いながら陽介は日向の首筋に唇を落とす。赤い痕を小さな痛みと共につけると、日向の身体がびくりと震えた。


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