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air of sweet




 午前の授業が一つ、映画鑑賞と言う名の自習になった。担当の教師が急な出張で学校を出ているかららしい。
 画面が見やすいようにカーテンが引かれた薄暗い視聴覚室に、誰もが銘々に好きな場所に座った。中には教室を抜け出して堂々とサボる人間もいるが、怒る先生もいないので誰も止めはしない。
 陽介は当たり前のように日向の隣りに座る。いつもは彼の後ろの席な陽介は、満足そうににっこり笑っている。
 しまらない笑顔に、少し呆れつつも千枝はそれについて何も言わず日向の前の席――雪子の隣りに座った。この場合、千枝も陽介と似た者同士になる。どちらも滅多に座れない隣りに、憧れていた。
 おしゃべりに興じている千枝たちの後ろで日向が机に突っ伏している。腕に顔を埋めて、微動だにしない。
「橿宮?」
 陽介が、日向のほうに身を乗り出した。橿宮、ともう一度名前を呼ぶ。そして少しの間の後に、日向が僅かに顔を上げ、まどろんだ眼で陽介を見る。
 それだけで日向の状態を察知した陽介は、決まり悪そうに乗り出していた身を引いた。
「あっ、悪い。もしかしなくても眠ってた?」
 さっきと同じぐらいの間があいてから「んーん」と日向がふるふると小さく頭を振る。
「でもすごく眠そうだぜお前。何、もしかしてバイトか? それとも内職か」
「んー……」
「言わなくていいよ。昨日は月曜日だから、内職だ。ったく、根詰めんのも身体に悪いんだから注意しろよ」
「うん。…………ふぁ」
 頷く声は最後に欠伸へととってかわる。身体を起こし眠気で閉じかける瞼を拳で軽く擦った。
 それを見て陽介は優しく微笑むと、「寝ちまえよ」と日向の肩をぽんぽんと叩いた。
「どうせ先生もこねーし。終わったら起こしてやるから」
「…………」
 眠たい目のまま日向は陽介を見つめ、うんと頷いた。挨拶代わりにひらりと軽く手を振り、再び腕を枕にして眠りにつく。
 呼吸に合わせて上下する肩に、陽介は眼を細め、背凭れに身を預ける。視線は、日向に向けられたまま、微動だにしない。


「…………ねえ」
 雪子と楽しく話していた千枝は、不意に反対側に座っていた女子生徒に話しかけられた。振り向くと、彼女はとても神妙な顔をしている。
「どしたの?」
 千枝は首を傾げた。
 女子生徒はしきりに後ろを気にしながら、手を口の横に当て、声を潜める。
「あのさ……。あの二人、なんなわけ? やたら雰囲気が甘いんだけど」
「え?」
 千枝は肩越しに後ろを見て、彼女が言いたいことに気付いた。ああ、と肩を竦め「いつものことだから気にしないでいいよ」と首を振る。
「そうだね」と雪子も平然と頷くのに女子生徒は眼を白黒させた。
「……いつもの、こと?」
「そう、いつものこと。気にしてたらキリないよ」
 千枝が当然のように言われ、「そ、そう……?」と女子生徒はそれ以上口を出せず、席に戻っていく。釈然としない表情をしている彼女に「あーあ」と千枝は陽介に対して呆れた。
「ありゃ絶対誤解されちゃってるよ……。花村の奴もあれで無意識なんだから怖いよねえ」
「でも、幸せそうだよね花村くん。何だかこっちまで幸せになれそうなぐらい」
「ま、周りはいたたまれないだろうけどねえ」
 千枝の言葉を裏付けるように、教室にいる殆どの人間が、砂糖をまぶしたような甘い雰囲気に動揺している。気付かないのは本人たちばかりだ。日向は気持ち良く眠っているし、陽介は幸せそうにその姿を見守っている。
「ほっときゃいいって。どうせこれから先もありそうなことだし、みんなにも慣れといてもらった方がいいよ」
 ひらひらと手を振って、千枝は言う。慣れなければ、いつまでも二人の無意識に醸し出す雰囲気に当てられるだけだ。こっちも慣れるまでは大変だったのだから、これぐらい我慢してもらいたい。
「それよりもまずはビデオビデオ! なんかさ、カンフーものみたいだからわくわくするなぁ」
 ビデオが再生され、映し出された画面に、千枝は瞳を輝かせる。さっそく始まった映画を見入る姿に、「千枝も幸せそう」と雪子はおかしそうに小さく笑った。

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