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6/22 午前




 AM00:00


「一緒に寝るだけでいいのか?」
 明かりの消えた陽介の部屋。上げられた布団の隙間に潜り込み、日向が念を押すように聞いた。
 自分のベッドに招き入れた陽介は、満面の笑顔で頷く。
 シングルベッドに男二人は狭い。先に入っている陽介が壁側に寄って空間を作るが、それも日向が来ればあっという間に埋まる。そのせいか自然と身を寄せ合い、半ばくっついてしまう状態になった。胸元に顔を寄せると、シャツ越しに陽介の心臓の鼓動を感じる。
「たまにはいいんじゃね? ただ一緒に眠るってのもさ。それとも少し……期待した?」
 にやにやして言う陽介に、日向は「馬鹿か」としまらない顔を軽く叩いた。それでも後ろに回された腕を拒まず、大人しく陽介の抱き枕になる。
 梅雨真っ只中で蒸し暑さを感じる夜。掛け布団が薄くとも、触れ合う肌は熱く、日向は陽介の腕の中で小さく息を吐いた。
 ついさっき深夜零時を越えて迎えた陽介の誕生日。二人とも休みということもありで、その一日は全て陽介の希望通り動くようスケジュールを組んである。度を過ぎなければ大低のわがままも聞く。そしてさっそく陽介の口から出てきたのは「一緒に寝たい」と言うささやかなお願いだった。
 実は、本当にベッドに横になっている状態は、日向からすれば拍子抜けだった。陽介のことだ。てっきり性交的なことをするんじゃないかと考えていたから。
「だって今日は朝から出かけて、昼は外で食べたり映画見たりやること一杯よ? 今からがっついたら、その予定が全部おじゃんになっちゃうし」
「自重すればいいんじゃないか?」
「それだと、今からヤっていいって聞こえるんですけど」
「いいの?」と尋ねられ、背に回った手が下に移動する。尻の近くを撫でられ、鳥肌が立った日向は「いや、それは」と口ごもる。でも確かに期待していた部分もあり、はっきり否定できない。困った末、陽介から日向は逃げようと身体をよじった。
 もがいて抱きしめる腕から逃げようとする日向に「冗談だって」と、陽介はあっさり手の動きを止めた。背中の辺りまで手を上げて、優しく日向を落ち着かせるように撫でた。
「今日の最後にがっつくから、今は我慢する。だから今は一緒に寝よ?」
 耳元で囁かれる言葉に、ぞくぞくする。暗くとも分かってしまいそうな顔の赤みを隠すように、日向は陽介の胸元に顔を押し付けた。
「もうこれだけでずっげ幸せな一日なんですけど」
 くすくす笑いながら陽介が言う。そして、顔をふせたまま見せない日向のこめかみに、おやすみと唇を落とした。



 AM07:32


 左腕の痺れで陽介は目が覚めた。少し動かしただけでも針を刺すような痛みが広がる。
 腕の中で抱きまくらになってたはずの日向は、既に起きているのかもうベッドにはいなかった。その証拠に、ドアの向こうから、包丁で何かを刻む音が聞こえてくる。一足早く起きて朝ご飯を作ってくれてるらしい。
 陽介は痺れる腕を揉みながら起きた。大きく背伸びをした後、ぼんやり重い瞼を擦る。
 数分経って、ベッドから抜け出した。カーテンを開け、携帯で時間を確認し部屋を出る。ドアを開けると、いい匂いがすぐ鼻をついた。途端に鳴り出す腹を押さえ、今日も期待大だと楽しみになる。これまでずっと橿宮マジックは陽介を裏切ったことはない。
「おはよう」
 台所に立っていた日向が、起きてきた陽介に気づいて振り向いた。水道の水を切り、濡れた手を掛けているタオルで拭いて「タイミングいいな。ご飯出来たから食べよう」とギャルソンエプロンを外す。
「今日なに?」
「和食。陽介は先に座ってて。俺はご飯をよそうから」
「おー」
 言われるがまま、テーブルにつく。
 並べられた皿に綺麗に盛りつけられた、だしまき卵に塩鮭。それから小鉢にはほうれん草のお浸し。大根と油揚げの味噌汁は美味しそうに湯気を立て、陽介の食欲を掻き立てる。日向がよそってくれたご飯もつやつやで、正しく橿宮マジックだ、と陽介は思った。自分の母親でもここまで美味しそうに炊けない。
「はい」と熱いお茶まで煎れて、致せり尽くせりだ。
 夜一緒に寝て、朝は美味しい朝ご飯。幸福を噛み締める陽介の顔はとても満たされている。
「美味しい?」
 真向かいに座り、ようやく朝食に手をつけた日向が聞いた。返事はもちろん決まっている。
「ああ、すっげー美味い! 最高!」
「大袈裟だな」と言いながら、日向も満更じゃない表情で笑う。
 つけたテレビから流れる天気予報は快晴とは言えず、少し残念だった。けれどそれも微々たるものだ。
 天気なんて関係ない。今日は何の気兼ねもなく、日向と一日を過ごせる。それだけで陽介には十分だった。
「なあ、いつ頃出るつもり?」
 テレビを見ながら陽介が尋ねた。映画を見に行く時間は決まっているが、始まる前に街をぶらつくのもいいだろう。
 食べていたご飯を飲み込んでから、日向が答える。
「そうだな。夜ゆっくりするんだし、今のうちに洗濯とかしてしまいたいから十時くらいでいいか?」
「いいぜ。俺も手伝うから」
 陽介の言葉に「え」と日向が驚く。
「誕生日ぐらい、今日は家事も俺が全部するつもりなんだけど」
「二人でやった方が早く終わるじゃん。有効に使える時間は多い方がいいしな」
 陽介がウィンクして見せると、日向が「しょうがない奴」と呆れたように笑う。
「じゃあ、これ食べたら洗うの手伝ってくれるか? 少しでもゆっくりできる時間を増やすために」
 茶碗を軽く掲げて言う日向に「勿論」とすぐに陽介は頷いた。


 AM10:23


 手伝うと陽介は言ったが、出かける準備をしてこいと、日向は彼を早々に部屋へ追いやった。せっかく迎えた陽介の誕生日。日向は今日一日いつもは分担している家事を、全部一人でする腹積もりでいる。最低限これぐらいするのは当然だ、と考えていた。
 洗濯も終わり、干しておく。高校生の時から癖になってしまった天気予報のチェックもして、傘は必要なさそうだと安堵する。窓から見える曇り空に、残念な気持ちは隠しきれないが、雨が降らないだけ良しとしよう。
「……っと、もうこんな時間か」
 いつの間にか二人で決めた出かける時間が差し迫っていた。腕時計で時刻を確認した日向は、洗濯カゴを洗面所に置いて、台所に向かう。開けた冷蔵庫の中身を見て、準備は万端、と頷いた。
 今日の夜は、陽介の要望からアパートで食べることになっている。日向は、何処かのレストランでディナーの予約を取るつもりだったが、祝られる主役の意見を無下に出来ない。なので、思いつく限り、陽介の好物を並べようと、昨日から下拵えをしていた。
 豚の生姜焼き。肉じゃが。鳥の竜田揚げ。ビシソワーズにコロッケ。せっかくだからと奮発して高いワインも買ってある。ちなみにケーキは映画を見た帰りで買う予定だ。
 準備は万端。下拵えが済み、出来上がりを待つ材料を指差し確認し、日向は冷蔵庫を閉めた。
 今日はとにかく陽介を甘やかそう。自室で出かける準備をしながら、日向は改めて決心する。陽介と出会ってから、彼の誕生日に必ずそう思う。いつもはさりげなく甘やかしてくれる彼の、その優しさに少しでも報いたい。
 だから日向は努力する。陽介が今日この日を迎えたことを幸せに思ってくれるように。
 ドアがノックされ「準備終った?」と陽介の声がした。
「うん。今出る」
 日向は答え、素早く忘れ物がないかチェックすると、ドアを開ける。
 すっかり準備を終えて、出かけるのを待ち侘びている陽介の姿が、そこにあった。

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