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6/22 午後





 PM13:11


「行きたい場所があれば言ってほしい。遠慮はするなよ」
 映画館近くで昼食を済ませ、上映時間までまだ間がある。雑踏の中を歩きながら、日向は陽介に言った。
「いや、特にはないな」
 辺りを見回し、陽介が答える。
「あ、でも。欲しいものが見つかるかもしれないし、そこらをぶらつくってのはどうよ?」
「陽介がいいのなら構わない」
 否定もなく頷く日向に、陽介が「じゃあ、あそこから行ってみるか」とその手を取った。急に引っ張られ「危ない」と日向が陽介の頭に向かって軽く諌める。もっと強く引かれてたら、転んでいたかも。
「あっ、悪い」
 振り返り謝っても、繋いだ手は離れず、ぐいぐい引っ張られる。全く、と呆れつつ、日向もそれ以上咎めたりはしなかった。
 いい年した男二人で手を繋いで。見る人によっては奇異な光景に思えるだろう。だけど、陽介が幸せそうならいいか、と日向は許容している。通りすがりの視線など、一々気にしててもしょうがない。もし知り合いに会っても、開き直ってやろう。
 ショッピングモールへ進み、並ぶ店舗を順繰りに見て回る。CDショップで、陽介がずっと前から探していたCDアルバムを見つけ、それを日向が誕生日プレゼントとして買ったり。逆に、何故か日向が探していた映画のDVDを陽介が買ってくれたりした。
「自分の金で買ったのに」
 手に提げたビニル袋を見つめ、腑に落ちない気分で日向はCDショップを出る。対する陽介はご機嫌な表情で「いーのいーの。俺がしたかったんだから」と笑った。
「もう俺はお釣りが来るぐらい嬉しいんだし。そのお釣りを返してるようなもんだと思ってよ」
「でも陽介」
「今日一日俺のわがままは大低聞いてくれるんだろう?」
 持ち出された言葉の内容に、日向は言葉を詰まらせた。確かに口にしたが、まさかそんな風に使われるとは思いもしなかった。
「だから俺のわがまま聞いてくれるよな?」
 念を押す陽介に、日向は折れる。わがままは聞くと約束したのだから。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 礼を言われ、にっこり笑った陽介は、日向の空いていた左手を取る。自分の目の高さまで持ち上げて、その手首に嵌めていた時計の盤面をを覗き込んだ。
「今から映画館行ったら丁度いい時間だよな。行くか」
「うん。そうだな」
 日向は頷き、持ち上げられていた手を下ろす。
 来た道を戻り、映画館でチケットを買うまで、繋がれた手はずっと離れなかった。



 PM17:15


「陽介」
 肩を揺さぶられ、映画から戻った後アパートの居間で寝ていた陽介は、目を覚ました。腰を屈めて陽介を見下ろす日向が「携帯鳴ってる」と着信音を鳴らす携帯を差し出した。
「クマから」
「クマァ?」
 床に肘を突き身体を起こした陽介は、携帯を受け取る。用事を済ませ台所に戻る日向を目で追いながら、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あっ、ヨースケ!』
 明るい声が弾むように応える。
『たんじょーびおめでとうクマ!』
「お前まさか、そんだけの為に電話掛けてきたのか?」
 なんとなく嬉しい。陽介はきちんと身体を起こして座り直し、胡座をかいた。去年はホームランバーをクール便で送ったり、クマもまめに祝ってくれている。
『そうクマよー』とクマは答える。
「今年も何か送ってくれちゃったりしてんの?」
 期待を込めて尋ねると『んーん』とクマが否定する。
『今年の夏は暑いから、自分のホームランバーでお金がなくなっちゃった。でもねお金がない電話でおめでと言っとけばプレゼント用意しなくていいよ、ってユキチャンが』
「……天城」
 稲羽の実家で、女将修業に明け暮れている仲間の顔を思い出す。クマに何吹き込んでんだ、と陽介はがっくり肩を落とした。一気に盛り上がった感動が、薄れに薄れまくってしまう。
「そっか、ありがとなー」
 だから返した礼が棒読みになるのは仕方ないだろう。祝おうとしてくれたのは事実だし、悪気がある訳でもない。
 対応に迷う陽介の耳元で、携帯電話から、ちっちっち、と舌を鳴らす音がする。
『心配しないでいいクマ。クマはきっちり、ヨースケにすんばらしいもの、プレゼントフォーユー、クマよ』
「は?」
『はいではここでサプライズゲストー』
ジャッジャジャーン、と自分で効果音をつけるクマの声が遠ざかる。そして代わりに聞こえてくるのは、陽介にとっても大切な子の声。
『――陽介お兄ちゃん?』
「菜々子ちゃんか!」
『うん。こんにちは陽介お兄ちゃん。それから誕生日おめでとう』
 何時まで経っても変わらない、優しい声音。薄れた感動が再び高まり、陽介の胸を震わせる。これはまたクマにきちんと礼を言っておかなければ。
「ありがとうな」
 菜々子にも感謝の気持ちを伝えると、菜々子のはにかむ声が聞こえる。日向にも菜々子の声を聞かせてやろうと立ち上がり「今度遊びにおいで。日向や皆で遊園地にでも行こうか」と誘う。あと一ヶ月もすれば夏休み。楽しい思い出を作るにも持ってこいだ。
『うん! ありがとう!』
 電話の向こうではしゃぐ声がする。クマも菜々子から聞いたのか、さらに声は大きくなった。
 夏休みは菜々子やクマがこっちに遊びに来て。それから、皆で稲羽に帰るのも一興だろう。そんな考えが浮かんで、口許に笑みが上る。
 電話が終ったら、日向に相談してみようかな。半ば本気で思い、陽介は夕食の準備をしている日向を呼んだ。


 PM20:55


 日向は買ってもらったDVDを、陽介の部屋で一緒に見た。前に一人で見たものだったが、その時よりも二人で観賞した今の方が数倍面白く感じる。面白かったと陽介が言ってくれたことも強かった。
「今日見たやつも面白かったし、DVDが出たら買うかレンタルすっか。で、また一緒に見ようぜ」
 ワインが入ったせいか、頬をほんのり赤くして陽介が言った。うん、と頷き、日向はナイフで取り分けたケーキを、フォークで口に運ぶ。あっさりとしたクリームに苺の甘酸っぱさがよく合う。菜々子が来た時にも買ってこようかな。夕食前、陽介から代わってもらった携帯から聞こえた声を思い出す。
「にしても食べたな」
 一杯になった腹を摩り、陽介はごちゃごちゃしている卓を見る。卓の上には殆ど空になったワインに、ケーキや作っておいたオードブルが置かれている。
「……ちょっと作りすぎたか」
 十分な量が残っているオードブルを見つめ、日向は反省する。夕食も昨日から思いつくまま下拵えしていたので、しばらくは残り物の食事になりそうだ。
「いいんじゃね? だって俺、日向の料理好きだし。大歓迎」
 あっけらかんに言い、陽介はオードブルを一つ摘んだ。大きく口を開けて食べ「うん、うまい」と日向に笑いかける。
「良かった」と日向は胸を撫で下ろし、ケーキの皿を卓に置く。そして陽介に近づく。元々短かった距離がなくなり、肩と肩がくっつきあった。
 日向の手が、陽介のそれに重なり、指が絡まる。
 陽介の肩に頭を凭れさせ、日向は目を閉じる。酒のせいか――それとも緊張しているのか、陽介の身体が僅かに強張った。
「……もしかして、誘ってる?」
「ある意味恋人達の間では定番だと思うが」
「プレゼントは自分自身――ってヤツっすか、センセー」
 からかうような物言いに、しかし日向は笑い返す。
「がっつくんじゃなかったのか? せっかく少しでも家でゆっくり出来るようにやったのに」
 目を開けた日向は、わざとらしく陽介から凭れていた身体を離す。
「まあ、俺はいいけど」
「待った」
 陽介が、距離が開きかけた肩を掴んで引き寄せた。酒精漂う息を吐き、「いらないとは、言ってない」と睨む。
「つか、俺の気持ちわかってて言ってるだろ。意地が悪い」
「どうせ、これから好き勝手するんだし、これぐらいは許してほしい」
「……」
 平然と言う日向に、陽介は複雑な目を向けた。しかしすぐに腕を伸ばして日向を抱きしめると「……許す」と耳元で呟く。
「うん」と日向もまた陽介に腕を回した。
「時間はたっぷりある。今日はいつまでだって付き合おう」
「言ったな。後でやめろって言っても止められねーから覚悟しろよ」
 挑発じみた言葉を受け取り、陽介はそう宣言すると身体を前に倒した。ラグの敷かれた床に押し倒され、日向は陽介を見上げる。
 ゆっくりと顔が近づき、目を閉じる。
 腕を伸ばし、彼の首根に巻き付けた日向は「大好きだよ。陽介」と囁き、そして思う。
 ――誕生日おめでとう。俺はお前に会えてとても幸せだよ、と。

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