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壇主小話




「――京都に行きたいです」
 放課後。屋上で何をするわけでもなくぼんやりしている燈治の耳に、千馗の呟きが耳に入った。欄干に頬杖をついて夕焼けの空を見上げる横顔に「京都?」と燈治は尋ね返す。
 七代は「はい」と空に視線を投げたままぼおっとして頷いた。
「秋の京都ってすごいんですよ。何て言うか……、紅葉がうわーって広がってて」
 欄干から手を離し、七代は大きく両腕を広げて「こんな風に一面にあっかいのが広がってるんです」と自分の見たものを燈治に伝えようとしてくれる。だが抽象的すぎてさっぱり伝わらなかった。
「全然わかんねぇよ。もうちょっと具体的なもんはねぇのか? ほら、場所とかよ」
「いやー、生憎忘れちゃったんですよねえ。京都って紅葉も綺麗ですけど、食べるものもおいしいですし。駄菓子とかさりげなーく地域限定的なものもありますし」
「お前な……」
 紅葉より食い気か。わかっていたが燈治は呆れてしまった。いや、それでも今紅葉の方に思いを馳せてた分、まだマシか。
「前お世話になった人にくっついて行って……ずっと後ろをちょろちょろしてたから、場所とかよくわからなかったんですよね」
 当時を思い出したのか、七代が小さく笑う。眼に昔を懐かしむ郷愁の色がふと浮かんでいた。
「ただ……山を登ったときの紅葉とそこから見える景色は今でもすごく覚えています。こんなに綺麗な景色まだまだあるんだなって。本当は絵にしたかったけど、おれその時は絵が下手くそだったし、時間もなかったから」
「……」
「あ、でも絵がまだまだなのは今も変わらないですけどね」
「……また、行けばいいだろ」
 七代から視線を反らし、燈治はぶっきらぼうに言った。頬に血が集まって、熱くなる。
「俺が、連れてってやっから」
「……え?」
 ぽかんとして七代は燈治を見上げた。燈治はまっすぐ前を見たまま、半分自棄になって言葉を続ける。
「約束、しただろ。お前をいろんな場所に連れてってやるって。それはここ--新宿だけじゃねえ。それ以外でもお前が望むなら、俺が……どこへだって連れてってやる」
「壇……」
 紡がれる言葉から伝わる率直な燈治の感情に、七代の顔もつられて赤くなった。そして素早く周囲を見回し、そっと燈治との距離を詰める。
 ゆっくり伸ばされた手が燈治の袖を引き、肩口に額を押しつけた。
「それが実現する前に、ちゃんと思い出しますから。だからちゃんと連れてってくださいね」
「……ったりまえだろ」
 当然のことを言うな、と返す照れ隠しのせいで不機嫌そうに聞こえる声に、そうですね、と七代は笑った。

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