深夜一時三十三分 壇主 東京鬼祓師 2013年04月29日 ※エンディング後同棲設定です 深夜。 台所に立っていた燈治は、戸棚からインスタントコーヒーを取り出した。流し台に置いていたマグカップにスプーンでそれを掬い入れる。砂糖とミルクは後で七代が自分の好みに合わせて加えるだろう。 燈治は視線を風呂場に向けた。聞こえる水音は、七代が使っているシャワーの音。どうやらまだ後始末をしているらしい。絶えず聞こえてくる音にのぼせなきゃいいけどな、と燈治は心配する。 セックスの後、燈治は一度だけ風呂を共にしたことがあった。身体がだるいと頻りに嘆く七代が少しでも楽になれば、と後始末を手伝ったが、それきり事後の入浴に誘われなくなった。 ――燈治さんの場合、後始末って言うよりもっと散らかしているようなもんですよ。 その時七代に言われたことを思いだし、燈治は渋い顔をする。 最初から、しようとは思ってなかった。ただ身体の内側に残る性交の残滓を取り除いてやりたい。出してしまったのは自分なのだと、思っていたが。 掻き出すときの指の動きや、中に進入する湯の感触に反応する七代は艶めいていて。白く濁った水と共に、なけなしだった燈治の理性もあっけなく流された。 七代からすれば、セックスの後の風呂を拒否するのは当然の結果なんだろう。だが、長く風呂にこもっていられると、それはそれで逆上せたんじゃないかと心配になる。 ポットの湯が沸いたら、様子を見に行くか。湯を沸かすポットを見つめる燈治の横で不意に「燈治さん?」と声がする。 タオル一枚の七代が、燈治の横に立っていた。もう一枚のタオルを、濡れた頭に被せ「どうしたんですか、ぼおっとして」と言った。「…………お前な」 首筋や胸、腹部につけられた鬱血の痕を惜しげもなく晒す七代に、燈治はがっくりと肩を落とした。 燈治は首を傾げる七代の額を力の加減もせずに弾く。頭が仰け反り、七代は「いきなりなにするんですか」と弾かれた部分が赤くなった額を押さえて抗議する。「いいからとっとと着替えてこい!」「燈治さんのイジメっこー」 クローゼットがある隣の寝室をびっと指さす燈治に、七代は文句を垂れながら扉を開けて引っ込んでいった。 アイツの基準がわからない。溜め息を吐いて燈治は思う。情事やその後の風呂ではとにかく恥ずかしがっていたのに、今みたいな風呂上がりでは平気で人に裸を晒す。 一度、腹を据えて話し合ってみる必要があるかもしれない。そう考えながら、燈治は仕事を終えたポットを傾け、マグカップに湯を注いだ。 インスタントコーヒーの香りが台所に漂う。「あ、コーヒー」 Tシャツに短パンの出で立ちで戻ってきた七代は、鼻をひくひくさせて燈治の隣に立った。「今日は?」「風呂上がりはやっぱりコーヒー牛乳ですよね」 笑顔で答えた七代に「へーへー」と燈治は冷蔵庫から牛乳を出した。牛乳で割るには注いだ湯の量が多く、燈治は仕方なしにもう一つマグカップを出して、こぼさないよう半分に分ける。 できあがったコーヒー牛乳を差しだそうとして、ようやく燈治は七代の着ているTシャツの柄に目がいった。「……おい」「はい?」「俺の記憶が確かなら、それは俺のTシャツじゃないか?」「燈治さんのTシャツですよ?」 あっさり七代は認める。「だって、探すの面倒だから、すぐそこにあった燈治さんのTシャツをお借りしました!」「汗くせえぞ、それ」 七代が拝借したのは、燈治が今日一日着ていて性交の時脱ぎ捨てたシャツだ。当然綺麗ではない。しかし七代は首を振って「燈治さんならいいんです!」となぜか自慢たっぷりに胸を反らす。「変態くさいな、それ。……ま、お前がいいならいいけどな」 ほらよ、と燈治は二つあるマグカップの片割れを七代に渡した。もう片方を自分の右手に持って、電気ポットのコンセントを抜く。「で、どこで飲むんだ?」「ご飯食べる部屋でまったりしてればいいんじゃないですか。どうせベッドは使えないんですし」「……後で布団敷くか」 明日は洗濯が大変だな、と燈治は思いながら寝室とはまた別の部屋に続く扉を開けた。 中身をこぼさないようマグカップを両手で持っていた七代が燈治を振り返って言った。「この時間、映画やってるんですけど、見ます?」「その前に天気予報を見てからな」と燈治が答え、部屋の扉を閉めた。 [0回]PR