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二次創作(小説のみ)やオフラインの情報を置いてます。

焼ける夕暮 壇主


※激情を指で描くの続きっぽく。




 燈治の思っていた通り、七代は美術室にいた。やはり、いつもと同じ場所、室内の片隅でスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせている。
 時折七代は、そこで部活の真似事をしている。もし任務とかなかったら、美術部に入ってたんですけどねえ、と話半分に言っていたことがある。だけど、封札師として来ているのだからそんな暇などないと、七代はしたかっただろう美術部への入部を見送っていた。
 だけど、七代の中では多少の後悔が残ってたのだろう。たまに美術室に来ては一人静かに絵を描いている。
 燈治が美術室の後ろから中に足を踏み入れても、七代は気づきもしない。スケッチブックのほうに集中しているようだった。
 何を描いているんだろう。燈治はふと気になった。
 一度スケッチブックを見せてもらったことはある。その時は七代からの目を通したモノがどんな風に映るのか、絵を通じて共有できることがとても嬉しかった。
 だけど、それ以降七代が描いた絵を燈治に見せることはなくなった。見せてくれよ、と燈治から頼んでみても、七代はただ「だめですって」とスケッチブックを抱えて首を振るだけで。
 だから燈治の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。真正面から頼んでも駄目ならば、後ろからそっと覗いてしまえばいい。
 燈治は息を潜め、足音を殺して七代の後ろへと歩いた。七代は携帯の画面に表示したものをスケッチしているらしい。左手で携帯とスケッチブックを同時に持ち、丁寧に線を描いていく。
 あと一歩前に踏み出せば七代にぶつかる距離まで近づき、燈治はそっと彼の肩越しにスケッチブックを覗いた。覗き見は悪いことだとわかっている。だけど、そこまで七代が頑なになるほど見せたくないものを見てみたい、そんな欲求が勝ってしまった。
「……」
 燈治は絶句した。お前、と叫びそうになる口を掌で押さえ、息を大きく飲む。
 スケッチブックに描かれていたのは、燈治の姿だった。いつの間に盗み撮りしていたのか、屋上で寝ているときの格好をそれはもう丁寧に描いている。見ているこっちが、恥ずかしくなるぐらいに。
 七代がスケッチブックを見せたがらない訳が判明し、燈治は不意打ちを食らった気分になる。これは本人に見せたら怒られると思ったんだろう。
 それに、七代の目に自分がこう映っているのだと思うと。
 胸の奥から熱く沸き上がったものが、喉に詰まったような息苦しさ。じっとしていられなくて燈治は一歩まで縮まっていた七代との距離を、腕を伸ばしてなくした。
「わっ」
 後ろからいきなり抱きしめられ、驚いた七代の手からスケッチブックと携帯電話が床に落ちた。かしゃん、と小さな音が、西日の射す美術室に響く。
「だ、壇……?」
 うわずった声で七代は誰何した。突然の出来事で速くなった彼の心臓の鼓動が、シャツ越しで燈治の掌に感じる。
「いきなり何を……」
 とまどう声を発する七代は、床にページを広げて落ちたスケッチブックに目を止め「ちょ、まさか盗み見したんですか!?」と燈治を問いただす。
「悪いけど、見た」
 燈治は、はっきりと正直に告げた。すると見る間に七代は耳の先まで真っ赤になる。
「ちょ……っと止めてくださいよ。黙ってみるなんて、ひどいじゃないですか」
「さっさと見せないお前が悪いんだろ」
「黙って描いているのに、その本人に対してほいほい、はいどうぞ、って見せられるわけないでしょうが。そんなのもわからないの?」
 口が悪くなるのは、七代が素に戻ってしまうほど照れている証拠だ。だいたい、耳を真っ赤にされてまで怒られても、燈治には痛くも痒くもなかった。
「そりゃあ、さっきまではわからなかったさ」
 スケッチブックの中身を、知らなかったのだから。
「だけど今ならわかるぜ」
 燈治は抱きしめる腕に力を込めた。
「お前って、俺が思っている以上に、俺のことが好きなんだってな。そうだろ、千馗」
「――――なっ!!」
 絶句する七代の耳に、燈治は「千馗」と唇を寄せた。
 七代は目に映ったものをそのまま絵に起こす。そうして、自分の見ているものはこんな風に見えている。これが自分にとっての本当だと、伝えたがっていた。もし、今七代が描いている自分の絵にも同じことが言えるのなら。
 すげえ、幸せだ。
 見ているだけでも伝わる。七代が燈治を、どんな風に思っているのか。
「…………!」
 恥ずかしさが頂点に達したらしく、七代は燈治の腕から逃げようともがく。しかし、もともと体格差があるせいで、少し暴れただけではびくともしない。
 燈治は口を開け、赤くなった耳を伸ばした舌で嘗めた。
「ひゃっ」と七代の肩が竦む。薄くなった抵抗に気をよくして、耳の縁を口に含んだ。甘く噛み、時に強く吸う。
「……ひ、ぁ…………っ」
 耳朶に軽く歯を立てる。何度も何度もちゅっと音を立てるように口づけば面白いほどに、七代の身体は震えた。
「ん…………っ」
 七代の声は甘く弱々しくなる。流されまいと床に踏ん張っていた足が、胸を探る手の動きに翻弄され、次第に力が弱くなっていった。
 七代の耳を噛んでいた燈治が「千馗」と直接鼓膜を振るわせるように、声を吹き込む。
 抱きしめていた腕を解くと、七代が上体を捻って燈治を潤んだ目で見た。
 今度は七代から腕が伸ばされる。燈治はそれを受け入れ、もう一度彼を抱きしめた。
 二人分の影が、西日で美術室の床に伸びる。そして影はゆっくりと沈むように短くなり、二人が床に重なる音が、美術室に落ちた。

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