壇主小話 東京鬼祓師 2013年04月29日 ※エンディング後 同棲設定 妙に自信たっぷりだったから、つい申し出に頷いたのがそもそもの間違いだった。 焦げくさい臭いに、燈治は嫌な予感しかせず、台所に駆け込む。 一歩キッチンに踏み込み、思い切り顔をしかめる。火災報知器が作動するほどの煙が、そこに充満していた。加えてうるさい警告音に、これはただ事じゃないと一目でわかる。「馬鹿、お前何やってんだ!」「だ、だ、壇……!!」 もうもうと黒い煙を上げるフライパンの前で、涙目になった七代が振り向いた。青ざめた表情。起こった事態に頭が回らないらしく、ガスはついたままだ。「ちょっとそこ退け!」 燈治はガスコンロの前で慌てる七代を横に押し退け、火を止めた。続けて窓という窓を開け、煙を外へ逃がす。うるさく鳴り続ける火災報知器を止め、十分な煙を逃がしたところで、これで大丈夫だろうと確認した。「……壇」 ばたばたと燈治が動き回っている間、台所の隅でじっとしていた七代が、恐る恐る近づいた。一歩間違えれば火事になる状況に、さすがの七代も肩を落としてうなだれ「ごめんなさい」と燈治に謝る。「……もういいって。わざとじゃねえんだしよ」 あまりの落ち込みように、燈治も毒気が抜けた。俯いた七代の頭にぽんと手を置いて、慰めるように撫でる。「だけど、今度はこうなる前に言えよ? それだったら駄目にならなくなるかもしんねえし」 そういいながら、燈治は煙の元になったフライパンを見やった。真っ黒に焦げたフレンチトースト--だったものに、どこまで焼こうとしてたんだろう、と内心思う。「うう。最近壇のフレンチトーストがだいぶ美味しいから、おれも作れるかと思ったのに……」 頭を撫でられ落ち込んだ気持ちが浮上したのか、幾分覇気が戻った声で七代が悔しがった。「そりゃ俺は、練習してるしマスターにいろいろ教わってるからな。全く料理しないお前と比べられても困る」「でも、壇ですよ?」と七代は顔を上げて、ぎゅっと握り拳を作った。「今まで料理のりの字も知らなかった壇が……、まさかフレンチトーストとか、ナポリタンとか作れるようになっただなんて……、おれでも作れると思ったっていいじゃないですか」「そこで開きなおんな」 さっきまでのしおらしさが嘘のようだ。燈治は呆れて頭に置いていた手を離し、そのまま七代の額を指で弾いた。「あいたっ」と弾かれて軽く仰け反った七代が、赤くなった額を手のひらで押さえた。「うう、ひどい。暴力反対」「ひどいって思うんなら、お前も練習してみろよ。俺より美味しく作れたらちゃんと認めてやる」「ううう……」 うなる七代の頭をぽんと叩き「おら、まだやることは残ってんだからな」と燈治はガスコンロの方を顎でしゃくった。黒こげのフレンチトーストが鎮座しているフライパンは、洗うにも一苦労しそうな一品になり果てていた。「これ洗わねーと、今日の夕食千馗の嫌いなものばっかりにするからな」「ええっ」「じゃなけりゃ、しばらく好物はお預けか--どっちにするんだ?」「どっちも同じ。同じですから!」 反論しながら、七代は大慌てでガスコンロへ戻る。そしてフライパンを手にしかけ--「あっち!」と悲鳴を上げた。見てて、何となく音を聞かせるとくねくね踊る玩具の花を思わせた。「あー……ったく、あいつは……」 いつでも騒がしい奴だ。転校してから、こうして一緒に暮らすようになって、ずいぶん静かな生活とはかけ離れた時間を過ごしている。恐らく、ずっと賑やかなままなんだろうと燈治は感じていた。 望むところだ。俺は、千馗といられることが一番の望みなのだから。いつまでも、この騒がしさとつきあってやろう。「だから、落ちつけって!」 まずはこの状況を収めないと。フライパンが熱いと騒ぐ七代を落ち着かせる為、燈治は七代の元へ足を踏み出した。 [0回]PR