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ずるいおとこ 壇主




 同い年なのにずるい。
 元着ていた服を洗濯している間貸してもらった服を着て、おれは不満を漏らす。どうしてこんなにぶかぶかなんだろう。
 こっちだって封札師の仕事をこなしている。最近は筋肉だってついてきている、はずだ。
 なのに借りた服はおれにはぶかぶかだった。襟元からは鎖骨が大きく見えるし、腕を伸ばすと奴の場合二の腕までだった袖が、こっちは肘のあたりまで続く。全体的に余っている。
 くそう。胸囲一メートル超えてるからってこれは卑怯なんじゃないの。ベッドの上でおれは微妙に複雑な気分になった。まあ、実際逞しいんだけど。おれを抱きしめる腕の強さとか。苦しくて辛くて思わずしがみついた背中の広さとか。
 って何思い出してるんだおれは。
 頭の中でリフレインするのは、昨日壇の部屋に来た時からの記憶。部屋に来るか? と誘われて感じた予感は見事に的中して、おれはまんまと壇においしく――かどうかは疑問だけど、いただかれてしまった。
 まあ、そのことについて反論はない。ちょっとは手加減しろよコラ、とは思ったりしたけども。ちゃんと気持ち良かった、し。うん。
 でもこうして壇に借りた服が、おれだとここまでぶかぶかになっちゃうなんて。これは同じ男としてやっぱり悔しいと思うのですよ。やっぱり、筋肉とか欲しいし。腹筋だって六つに割れてる方がかっこいいじゃない。
 身体が怠くてベッドでうだうだしているおれの耳が、扉の開く音を拾う。わざわざ近くのコインランドリーまで洗濯しに行った男のご帰還だ。
 おれは足元で蟠っていた毛布を掴み、頭から被る。まだ頭の中で昨晩のことがぐるぐる回っているから、顔を合わせるのが恥ずかしい。
 しかし毛布を頭まで被ったのは失敗だった。壇が普段から使っているものだから。
 だ、壇の匂いがしてよけいに落ち着かない……。
「ただいま」
 部屋の扉が開いて、壇が入ってくる。そしてベッドへ近づいてくる足音。洗濯物を入れてるんだろう袋を床に置く音と続いて、ベッドが端に腰をかけた壇の重みに軋んだ。
「……なんだ、まだ寝てんのな」
 実はもう起きてますけどね。今はちょっと壇の顔が見れないかな。顔赤いし。布団に染み込んだ壇の匂いに、まあ、その。身体というか、主に下半身がやばいと言うか。
 寝返りを打つふりをして、おれは壇に背を向けた。ばれませんようにばれませんように、と心中で唱えながら寝息を立てる芝居を打つ。
「ま、最近忙しいみてえだし、しばらく寝かしとくか」
 下手な芝居だったけど、幸い壇には気づかれなかったみたいだ。ふと髪を掻き回すように頭を撫でられ、背筋がちょっとぞくぞくする。でも堪えないと。
 頭を撫でる手が下に動いて、首筋に到達する。つつ、と指先がなぞり、ある一点を押された。
「……っ」
 やばい。声が出かけて、おれは奥歯を噛んだ。壇が押した箇所には、昨晩その本人につけられた痕がある。後ろからされた時、やけにきつく吸われた覚えがある――っていやいやいやいや、思い出すなおれ。
 痕を確かめるようにもう一度同じ場所を押し、壇の手が離れる。ほっとしたのもつかの間「俺ももうちょっと寝るか」と壇があくびする。
 耳元でまたぎしりと音がした。薄く目を開けるとあの逞しい腕がおれを挟んでる――と思ったら抱きしめられた。そのまま引き寄せられて、おれの背中と壇の胸がぶつかった。
 これはいわゆる抱き枕ってやつか。いきなりされたから、心の準備が出来ていなかったおれは情けない声を上げかけてしまった。実際はびっくりしすぎて声が出せなかったんですけども。
 驚きに固まる俺のつむじの辺りに壇の息がかかる。くすぐったくて、わざとやってんのかと言いたくなった。うう。こいつ狙ってんじゃないのかな。何か的確に弱点突かれてる。
 ずるい。壇はずるい。なんかどんどんずるい男に進化してる。昔の一々俺の言葉を真に受けてうろたえるあいつはどこに行っちゃったの。今猛烈にあの頃の壇を懐かしく思うよ。おれだってその時は余裕たっぷりだったのに、今ではもう見る影もなく、壇の一挙一動にあわてふためいている。
 もうすっかり余裕のなくなったおれは、これからも翻弄されちゃうんだろうな、と思う。それを言ったら「お前だって散々俺をからかってきたつけだろ」って返されそうだけど。
 壇のTシャツを着て、壇の匂いがする毛布がかかってて、後ろから本人に抱きしめられて。これでもか、と言うほど壇まみれになってるおれはそこで思考停止した。これ以上考えていたら、絶対知恵熱出る。
 背中からじんわり伝わる壇の体温が心地良い。波のように眠気が感覚を鈍くし、瞼が重くなる。眠りの前兆に抗わず、おれは身体の力を抜いた。
 今度起きるまでずっと、ずるくても大切な壇の温かさを感じたいと思いながら。

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ぼくたちの庭で 壇主




 二ヶ月は駆け回った成果か、すっかり庭みたいになってしまった新宿の街を、おれは急ぎ足で目的地を目指していた。もっと早く出るつもりが、白や鈴たちに捕まって抜け出すのに苦労してしまった。鍵さんはおれが急ぐ理由わかってるくせに遠くで笑ってるだけだし。零がさりげなく助け舟を出してくれなかったら、おれはまだ鴉羽神社で立ち往生してただろう。零にはお土産に焼きそばパン買ってこないと。
 人の往来が激しい道を、おれはぶつからないよう気をつけながらも急ぐ。そんなに時間にうるさい奴じゃないから怒ってないと思うけど。やっぱり待たせるのは心苦しい。
 ようやく見えてきた新宿駅西口。おれは待ち人の姿を見つけた。それが何だかとても嬉しくって、じんとおれの心を震わせる。足が自然と速くなった。
「壇!」
「――おっと」
 スピードが着きすぎて正面衝突しそうになったおれの身体を待ち人――壇燈治が受け止めてくれた。身長はあんまり変わらないけど、体重や筋肉の着き具合はあっちのが断然よくて。だからおれを受け止めた壇の身体はよろめきすらしない。ちょっと悔しい。
「……ったく。お前はもうちょっと落ち着け」
 苦笑しながら壇は凭れ気味になっていたおれをしっかり地面に立たせてくれた。
「いや、だってこうして二人で過ごすの久しぶりだから嬉しかったんです」
「そうだよなぁ。ずっと封札師の仕事が忙しかったんだろ」
「そう。何かおれに仕事を依頼してくることが多くって休む暇もないから慌ただしすぎて」
 意志ある英智――と言うのは嫌いだ。もう白も零もひとと同じようなものだから――である花札の番人を従え超存在の三乗ノ王すら屠った。呪言花札の一件で、おれの名声はそんな感じで一気に広がりすぎてしまっていた。お陰で忙しさが常に付き纏い、引く手数多の状態。だけど今日だけは、と無理矢理休みをもぎ取った。
 今日だけは絶対休みが欲しかったから。
「ああ、そのせいか」
 壇がおれの目元を指先でなぞった。
「ちゃんと休んでないから隈が出来てる」
「ま、まぁそこそこ休んでるから平気だけど……」
 言葉を濁す。ちょっとまだばれる訳にはいかないので、おれはにっこり笑って見せた。
「そ、それよりも待たせてごめん。おれも時間通りに来たかったんだけど、白をごまかすのが難しくって」
「……」
 ふっと、壇の口元が綻んだ。仕方ねえなあそういうことにしておいてやるかって言ってそうな笑みにどきどきする。くそう、前はおれの言動に一々驚いたりドン引きするような奴だったのに、今では余裕すら身につけおって。誰がこんな風にしたんだ。おれか。
 まだ目元に触れたままの指先の冷たさも合わせて、余計にどきどきするおれは、頬の熱さを認識する。絶対今顔真っ赤だよ。
「だっ、だけど壇も結構待ったんじゃないですか? 着いたら連絡するつもりだったしもうちょっとゆっくりしてても。……あ、もしかしておれと久しぶりに会うから張り切っちゃったとかそんなだったり?」
 ついつい軽口を叩くおれに、壇は手を戻してから言った。
「――ああ、そうかもしんねえ」
「……」
「千馗から連絡貰った時柄にもなく嬉しくなった。そのせいか、今日いつもより早く起きたしな。でもこういうのも悪くないよな。俺のために急いで走ってくるお前も見れたし」
「……あ、そ、そうですか」
 うう、なんでおれのがうろたえてるんだろう。おれは恥ずかしさから壇の顔をまともに見れない。
 おれの言動にすっかり耐性がついた壇は、逆にこっちを翻弄させることをする。無意識でおれは綺麗だの優しいだの言う零もだけど、さらに質が悪いのは確信犯で言っている壇だと思う。くそう、誰だこんな厄介な奴にしたのは。おれか。
「さて、こっからどうする? 久しぶりの休みなんだし、お前の好きなところからでもいいぜ? いつもんところか?」
「……おれは後でいいですよ」
 それじゃ意味がない。おれは壇を軽く睨んだ。
「今日はこれからカルさんとこ行ってカレー食べて、それから壇の行きたいところ行って、でドッグタグ行っておれはフレンチトースト、壇はカレー食べて」
「結局お前が決めてるのな」
「…………」
 笑いを堪えて言う壇の背中をおれは無言で叩いた。だけど壇は「まあそれで行くか」と余裕綽々で歩き出す。くそう。悔しい。悔し過ぎる。
 でも、そんな壇に振り回されるのも悪くない、とか思っているおれは重症だ。
 待ってって、と後を追うおれを振り向き壇が言った。
「そういや千馗。今日お前何時までに帰れとかあんのか?」
「いや、ないけど」
 そっか、と立ち止まって壇が笑う。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。いやいやまさか。
「俺、一人暮らし始めたからよ。時間があるなら後で部屋来るか?」
 それは来るか? じゃなくて来いよ、的なニュアンスですよね。この男はどこまで進化していくつもりなんだろう。
 でも、まあ、うん。予想はつくけど。今日中に帰れなさそうだけど。
 そこで嬉しいと思っちゃうおれは、本当に重症だ。
 頷くおれに壇が笑う。行こうぜと歩き出す姿に、おれは今日忘れちゃいけない言葉を贈る。
「壇」
「ん?」
「た……誕生日おめでとう!」
 少し噛んでしまった祝いの言葉。
 それでも壇はしっかりおれの気持ちを受け止めて照れ臭そうに「ありがとな」と笑ってくれた。

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かみさまの庭で 壇主



 日曜日。燈治は新宿に慣れない七代を案内することになった。下手に待ち合わせして迷子になられても困るから、燈治が七代が世話になっている鴉羽神社へと迎えに行く。
 燈治の記憶の中で神社は祭の時ぐらいにしか来た覚えがない。その時の賑やかさが頭に残っていて、たどり着いた目的地の静謐さに少し気後れする。
「はい、動かない」
 境内から七代の声がした。耳慣れた穏やかさに知らず張り詰めていた気が緩み、燈治は神社へ足を踏み入れる。
 七代は拝殿へ続く段に腰をかけていた。膝にスケッチブックを乗せて、鉛筆を走らせている。普段持っているものよりも大きいそれに、あいつも好きだな、と燈治は呆れながらも感心した。
「七代」
「あ……、壇」
 よう、と手を軽く振って燈治は七代の近くまで歩を進めた。やってきた友人の姿に、七代は慌てて腕時計を見た。
「も、もしかして、約束の時間もう過ぎてた?」
 まだ準備終わってない、と焦る七代を燈治は笑って制した。
「いや、まだ早いから焦んな。それに少しぐらい予定が狂ったって平気だろ」
 柄にもなく緊張して早く家を出たことは伏せておく。友人と遊びに行く、だなんて随分久しぶりのことだったから。
「よかった」
 約束を破っていた訳じゃないと知り、七代は胸を撫で下ろした。
「じゃあちょっとだけ待っててもらっていいですか? これを描いてしまいたくて」
 膝のスケッチブックを軽く掲げる七代に燈治は了承して頷いた。
「何描いてんだ?」
「ちょっとね」
 微笑を漏らし、七代は神社を守るように立つ狛犬へと目を向ける。だからスケッチブックにはそれが描かれているんだろう。そう当たりをつけた燈治は、七代の後ろに回り込んだ。そして描かれているものと七代の視線の先を見比べ首を捻る。
「……誰だ、こいつ」
 七代のスケッチブックには着物の少女が描かれていた。袖で恥ずかしそうに口元を隠し、照れた様子で畏まっている。
 燈治は改めて狛犬の方を見た。やはりそこには七代の描いている少女の姿は霞とも見えない。
「うん? これはですね――、ああ鈴、逃げちゃだめ」
 説明しかけた七代が、急に狛犬に向かって言った。面食らう燈治を余所に何もないところへ「壇には鈴は見えてないから平気だよ。それに見えてたって壇は優しいから怖がらなくても大丈夫」と優しく語りかける。
 怪訝に七代の行動を見ていた燈治は、あることを思い出した。七代の眼は特別だった。
 自分にはなくて七代にはあるもの――秘法眼。普通では認識出来ないものも知覚出来る七代の眼には、ごく当たり前にスケッチブックの少女が見えるんだろう。
 やがて七代にしか見えない少女は落ち着きを取り戻したようだった。そのままでお願いね、と言い七代は再び鉛筆を走らせる。
 七代は暇さえあれば、よく絵を描いている。どこでも描けるように、と小さなサイズのスケッチブックを持ち歩いている程だ。
 燈治も一度だけ描かれてしまったことがあった。札憑きになった翌日の昼休み。不思議の連続で疲労が抜けきれなかった燈治は、つい教室で眠ってしまった。
 ふと瞼を開ければすぐ近くにスケッチブックを持った七代の姿。目が合うと、にっこり笑って描いた寝顔を見せてくれた時の衝撃は忘れられない。あれは完璧に不意打ちだった。
 間抜けな自分の寝顔に、それをよこせ、と隙を見ては口を酸っぱくして言っているが、七代は笑顔でのらりくらりとかわしている。
 ため息を吐き、燈治は七代に改めて尋ねた。
「で、こいつはなんなんだ?」
「この神社を守っている神使の一人。あともう一人いるんだけど――」
 きょろきょろと周りを見回した七代が表情を明るくして手を振った。燈治も同じほうを見るがやはり彼と同じものを眼に映せない。
 とても、もどかしい。俺にも、七代と同じものが見れれば。もっとあいつを近くに感じられるのに。
 難しく見下ろす視線に七代が「もしかして壇も描いてほしいの?」と悪戯っぽく聞く。
「ばっ……、んな訳ねえだろ」
「でも顔が真っ赤になっているということは照れてるんですよね」
「お前が馬鹿なことを言うからだっ!」
「はいはい」
 おかしそうに笑われ、機嫌を損ねた燈治はそっぽを向いた。七代はよく人をからかう。転校当初はこっちが挑発していたが今では立場が逆だ。
「まぁ、壇を描くのはまたの機会にして、今はこれを仕上げてしまたいから。もうちょっと待っててください」
「……結局俺も描くつもりかよ」
「……」
 頭を掻いた燈治のぼやきは七代にまで届かなかった。スケッチブックに少女を描く眼は鋭く、真剣だ。
 一度集中してしまうと七代は終わるまでこの状態が続く。からかわれるのもしゃくだが、ほって置かれるのももどかしくて。随分毒されたなと燈治は、七代の隣に座る。


 それから十数分後。七代が、ふう、と息を吐き鉛筆を膝に置いた。
「お、出来たか?」
「はい」と七代は出来上がったスケッチを燈治に見せた。恥ずかしがりながらもふんわり優しく笑う少女は、線の柔らかさもあってか、殊更暖かい感じがする。描いている七代の少女へ向ける感情が表れたのか。それとも少女の七代に対する思いが出てきているのか。恐らく両方だろう、と燈治は思った。
「よく描けてんじゃねぇか」
「本当?」
 やった、とはにかみ七代は「鈴も見てみて」と手招きした。
 持っていたスケッチブックを燈治とは反対方向に向けて見せる。
「……なぁ、そこにいるのか?」
 スケッチブックが向けられている空間に、燈治は指をさす。
「いますよ。燈治に指差されて慌ててる。……鈴、大丈夫だから。だっておれの友達だよ。今までだって散々話してきたじゃない」
「おい待て」
 聞き捨てならない台詞を聞き、燈治は思わず会話――少女の声は聞こえないが、七代と話してるんだろう――に割って入った。
「七代。お前何人のことをべらべら話してんだ」
「ええ? 別に悪口とかじゃないですよ。壇はすっごく頼りになる人だとか、パン奢ってくれるとか。今日も新宿案内してくれるとか。褒めてるしかないじゃないですか」
「恥ずかしくなんだから、それはそれでやめろ」
「別にいいと思いますけどねー。ねぇ鈴?」
「……」
 やっぱりもどかしい。燈治は少女のいるらしいところをじっと見た。
「おい七代」
「はい?」
「その、こいつは今どんな顔してんだ?」
 燈治はスケッチブックに描かれた少女を指差した。
「俺みてえな手前が見えない奴がいてよ。怖がったりしてないのか?」
「まさか」
 七代は直ぐに燈治の不安を断じた。
「この絵みたいに笑ってますよ。もし信じられないならもう一枚……あっ」
 逃げられた、と七代は肩を竦めた。
「人見知りをよくするから仕方ないけど、壇にはきちんと信じてもらいたいし……」
「いや、いい。わかったから」
 このままでは少女を追い掛けてでも描きかねない七代を燈治は止めた。七代がそんなくだらない嘘をついたりはしないだろう。
 何より。
「それ一枚だけでも十分説得力あるからよ」
 七代の絵は緻密に描写されている。もし少女がこちらを怖がっているのなら、描き途中だった絵もまたそんな風に変わっていただろう。しかし絵の中の少女は微笑んでいる。
「……そう。ならよかった」
 安堵し、七代は指先で絵を愛おしそうに撫でた。
「ほらおれの眼は普通じゃないじゃない? だからこうして描いてこれがおれの見えるものなんだよって意志表示しても、信じてもらえなくて」
「……」
「でも、壇は信じてくれたね。嬉しい」
 緩んだ笑顔で七代は言葉を噛み締める。これまで置かれていた立場を顧みるような姿に、思いがけず燈治の胸は締め付けられた。普通では有り得ないものをもつ七代の苦悩がかいま見え、燈治は「当たり前だろ」と強調して言った。
 信じると決めた。花札を集め封印しようと奔走する七代の背を見て、これは守らなければならないものだと、燈治は確信している。そう思わせるのに足る男だ。
「やっぱりこれは愛のなせる技ですか」
 この、ところ構わずぶっ飛んだことを言わなければ完璧だったのだけども。
「お前な……そういうこと言うの止めろよ。それで馬鹿な噂が経ったらどうすんだ?」
「ちゃんとそこらは相手見てますし。それに壇の反応面白いし」
「――さっさと準備してこい!」
 怒鳴ってしまった燈治に、はいはいわかりましたよ、と笑って素早く画材を纏めた七代は、あっという間に住居の方へと身を翻していった。やっぱりからかわれているんだろう。結局今回もいいように振り回され、燈治は脱力した。
 でも、七代になら振り回されてもいいとか思っているなんて。
 やっぱ重症だよな。
 そう一人呟きながら、燈治は再び七代が出てくるのを待った。

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花主小話三本立て




1

 水着に着替えた相棒は、荷物から何かを取り出し「花村」と俺を呼んだ。
「悪いが手伝ってくれ」
「……日焼け止め? 背中に塗りゃいいのか?」
「うん。頼む」
 くるりと背を向けた相棒の肌は白い。これが日焼けして赤くなったら、想像すると痛々しい。
「りょーかい」と俺は早速蓋を開けて、手の平で日焼け止めクリームを伸ばし、相棒の背中に当てる。そうしたら一瞬 相棒の肩がびくって跳ねて、ちょっとかわいい。
「まんべんなく塗ればいい感じ?」
「うん。首も頼んだ」
「どうせなら前も塗って差し上げましょうか、お客様?」
「それはいい」
 面白半分でした提案は、すげなく却下されちまった。ま、いいけどね。
 日焼け止めクリーム越しに触れる相棒の肌は、手入れしてんのって聞きたいぐらいにキレイだ。これ女子たちが見たら、騒ぎそうだ。りせとかは特に。
 背中はあらかた塗り終えた。後は首だけだと、新たに手の平へ日焼け止めを出す。
 さて塗るか。首に視線を移して――俺はそこから目が離せなくなった。
 肌はやっぱり白い。でもオトコノコなんだから、細くはないし硬そうだけど――どうしてか俺の目にはおいしそうに見えてしまった。日焼けもしてないそこに歯を立てて赤い痕つけちゃったら――コイツどんな顔するのかな。
 噛まれた小さな痛みに首を押さえ、困惑する相棒を思い浮かべる。やべぇ、興奮してきた――。
「……花村」
「はいぃっ!?」
 相棒の冷ややかな声に冷水をかけられた気持ちになった俺は、直立不動になった。まさか考えてることバレた!?
 戦々恐々とする俺を肩越しに見て「鼻息が荒い」と相棒は一言。
「そういうのは里中たちの前では止めとけ。下手すれば蹴られる」
「……ははっ……そうっすね……」
「せっかくの海だ。楽しくいこう」
 もっともなことを言って相棒は身体ごとこっちを向いて「首ぐらいはする。ありがとう」と俺の手から日焼け止めをさっと取った。自分でさっさと塗っちゃう相棒を見て、俺は僅かに安堵した。マジで首に痕つけたりしたら、相棒だってドン引きだ。俺達は友達だってのに――。
 準備を終えた相棒が「行こう花村」と俺を呼んだ。
「みんなが待ってる」
「……そうだな。行くか」
 俺は気分を入れ替えて笑い、相棒と更衣室を出る。また後で日焼け止め塗るチャンス来ないかなと心の片隅で思いながらも、砂辺で待ってるだろう仲間たちの元へ向かった。


2


 里中がキツネから貰った服に着替えた。よくあるカンフー映画に出てきそうな格好になって、見るからに上機嫌だ。
「これなら、どんなのが来ても、どーんって吹っ飛ばせる気がする!!」
 嬉々として構えを取る里中に、俺はアイツの前へ不用意に立つことはしまい、と心に誓った。シャドウと間違えられて吹っ飛ばされたらシャレにならん。
「……にしてもツネ吉はどっからあんなの持って来たんだろうな」
 なあ、相棒。俺は尋ねかけ、アイツの真剣な眼差しに口をつぐんだ。
「……里中の服、いいな」
「……そういやお前も格闘モノ好きだったよな」
 相棒はクールで大人びた雰囲気を身に纏っているし、周囲もその認識が強い。だが実際、相棒は割と熱い心の持ち主だ。弱いものが困っていたら放っておけないし、時に里中から蹴り技を伝授されては、二人してシャドウを次々とぼこぼこにしていく。
 相棒は毛繕いしているキツネの傍に片膝をついてしゃがんだ。両手を伸ばし、野良狐にしては綺麗な毛並みをさらに整えていく。アイツの手つきは気持ち良いらしく、キツネはうっとり目を細めなすがままだ。
しばらくキツネを撫でつづけていた相棒がふと口を開いた。
「なあ、俺にも里中みたいな服――」
 相棒の言葉は最後まで続かなかった。何を言われるのか察したキツネが、さっさとアイツから離れてしまったからだ。
「……あ」
 呆然としちゃうアイツを一瞥し「コン!」と鳴いたキツネは振り返りもせずに、未だはしゃぐ里中たちのところに向かった。
「うっわー……」
 さっきまでの従順さが嘘みたいな手の平の返しようだな、オイ。変わり身の速さに、俺はキツネのしたたかさを改めて認識した。
 キツネに逃げられた相棒は、しゃがんだ体勢のまま動かない。哀愁漂う姿に、俺はつい泣いてしまいそうだ。相棒の後ろに立ち、俺は沈んだ肩にそっと手を置いた。
「気にするなよ。アイツ気まぐれだし、また何かくれるって」
「……花村」
 俺を振り返り、相棒は真顔で言った。
「沢山賽銭すれば服くれるかな?」
「やめなさい」
 俺も真顔で止めた。どんだけ欲しいんだよ!?


3


 クマも厄介になってるし、これぐらいはしなきゃだよな。俺は惣菜が入ったビニル袋を持って鮫川河川敷を歩いていた。
 向かう先は相棒の家だ。元旦が過ぎて早々、菜々子ちゃんと堂島さんはまた入院している。二人とも経過は良好だが、念のためらしい。だから堂島さんの家には相棒と、センセイが寂しくならないように、と勝手な理論を発動させて居候を決めたクマとの二人暮らしだ。
 最初は強引に相棒のところに転がり込んだクマにイラっとした。けどその日の夜に相棒が倒れたとクマから連絡を受けて、アイツがいてよかったと考えをあっさり翻した。もし一人きりで倒れたまましばらく見つからなかったと思うとぞっとする。
 そんなわけでクマは居候を続行し、俺はと言えばバイトが終わった後で惣菜を持って、夕飯をご相伴になっている日々を送っている。
「うー、さむっ」
 雪はやんでるけど、外の空気はすごく冷たい。防寒をしっかりしてないとすぐに風邪をひきそうだ。アイツの家に着いたら、コーヒー淹れてもらおうかな。ポケットに指先がかじかんだ手を入れて足早に歩く俺は、その先で信じられない光景を見た。
「――何やってんだアイツは!」
 病み上がりであるはずの相棒が、川辺にいた。釣り竿を川面に向かって投げている。
 この寒い日に釣りなんてしてる場合かよ! 走り出した俺は、階段を駆け下り、相棒の元へ向かった。
「おいっ!」と怒りも隠さず俺は相棒の肩を掴んだ。水面の浮きを見つめていた相棒はいきなり肩を引っ張られ、驚いた顔を見せている。
「……なんだ陽介か」
「なんだじゃありません。すぐにやめて帰るぞ」
「ヌシ様が待ってる」
「俺は待てませんから。また風邪ひく気か?」
「一度引いて免疫あるから平気」
「ぶり返すって言葉があるだろ。いいから帰る!」
「せめてこの分だけでも」
「駄目です。これ以上駄々こねたら、堂島さんと菜々子ちゃんに言うぞ」
 ちょっと卑怯だけど出した二人の名前に、渋々相棒は浮きを引き上げ、釣り道具を片付け始めた。
 俺はほっと胸を撫で下ろす。ったく、油断も隙もありゃしない。
「暖かくなったら、たくさんすればいいだろ。ほらコーヒー淹れてやるから拗ねるなって」
「……ミルクたっぷりで頼む」
「へいへいっと」
 少し拗ね気味の相棒の背を押して俺たちは歩き出す。どうせだから砂糖も淹れてすごく甘いコーヒーにしてやろう、と思いながら。

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嬉しい要素

雪千要素あります


 雪子が教室に戻ると、そこに親友の姿はなかった。周りを見渡しても、やってきた放課後をどう時間潰しをするか賑やかに話している同級生たちしかいない。横を通り抜けた男子らが、雨降ってるしジュネス行こうぜ、と言うのが聞こえた。
 きょろきょろしながら自分の席に向かう。ぼんやりした様子に、二つ後ろの席から「天城どうしたん?」と陽介が話し掛けてきた。
「千枝がいないみたいなんだけど……」
「ああ」と陽介が意を得たように頷いた。
「里中だったらもう橿宮と帰ったぜ」
「えっ?」
 千枝が日向と帰ったことに、雪子は衝撃を受けた。それに気づかず「二人揃って急いで行くことねーのにな」と頬杖を突き、雨が降る外を見て苦笑する。
 雪子は混乱した。日向を相棒と言って憚らず、他の誰かといるのを見る度にちょっと拗ねる陽介が平然と笑ってるなんて。確かに千枝は二人にとっても大切な仲間だけど。
 もしかして二人の行き先を知ってるのかな。雪子は落ち着かないままで陽介の席に近づいた。
「ねえ、花村くんは千枝たちがどこに行ったか知ってるの? 一緒に帰ろうと思ってたんだけど」
 雪子には旅館の手伝いがある。テレビでシャドウと戦ったりもする。他にもタイミングが悪いせいか、最近千枝と一緒に下校できない日が続いていた。
 すると、陽介は物憂い表情になり、ため息をついた。
「いや……、教えてもいいけどさ。ちょっと天城には刺激が強すぎるかも」
「刺激? 刺激ってなんのこと?」
 しまったと陽介が口を押さえた。怪しい素振りに雪子の目が険しくなる。稲羽でも有名な美少女に睨まれるのは、普通の男ならそれでも嬉しいかもしれない。だが彼女がひた隠しにしていた一面を知る一人である陽介からすると、恐怖以外の何物でもない。この目は、本気の天城越えをしそうな目だ。
「言って」
 有無を言わさぬ口調で、雪子が聞いた。
「言わないと……」
「わかりました。言います。言いますから睨まないで」
 凄みのある声に、陽介はあっさり落ちた。


 商店街の中ほどにある中華料理店――愛家。その出入り口にへばり付くように、雪子と陽介は店内を窺った。
 カウンターに並び、楽しそうに食事をしている千枝と日向の姿を確認する。そしてその周りにいる客たちは誰もが呆然として、二人を見ている。
「いやー、相変わらず肉に関しては、目を疑う食いっぷりだな」
 流石は肉研究会メンバー、と呆れ半分に陽介は呟く。雨が降った日、差し迫った状況でなければあの二人はよくここへ直行している。
「……」
 無言の雪子に陽介はそっと自分の傘を半分差し出す。雪子も傘をさしてはいるが、千枝らに見つからないよう意識しすぎて、前のほうに雨がかかってしまっている。
「天城、肉苦手だろ。前も肉丼の匂いに胸やけしそうだっつってたし。だから刺激強すぎんじゃねーのって止めたつもりなんだけど……聞いてないね、俺の話」
 陽介の言葉には耳を貸さず、雪子はじっと店内を見ている。
 そして呟いた。
「どうして私の胃袋って丈夫じゃないんだろう……」
「アイツらみたいに丈夫すぎんのも問題ありだと思うけどな」
 とりあえず愛家の店主は雨の日に二人が来る度、スペシャル肉丼を完食させられてる分、懐が痛んでいるだろう。ジュネスでウルトラヤングセットを軽々と食す様子を見た陽介も目眩を覚えたほどだ。
「……花村くん」
 肩をわなわな震わせ、雪子が突然振り向いた。気迫の篭った目に「はぃい!?」と陽介は上擦った声を上げる。
 がっしりと陽介の手を掴み雪子は言った。
「お願い! お肉食べられるように特訓に付き合って!」
 あ、俺、面倒ごとに巻き込まれてね?
 陽介は確信するが、もう遅い。
 軽はずみに言うんじゃなかったと後悔する陽介を余所に、雪子は一人闘志を燃やしていた。


「――と言う訳で愛家に来たが」
 あれから数日。陽介に拝み倒され共にやって来た日向は、備え付けの塗り箸を筒から取った。目の前には運ばれてきた肉丼がある。今日は晴れているので、普通の大きさだ。同じ物が、それぞれテーブルに着いた雪子と陽介の前にも置かれている。
 食べる前からツユでよく煮込まれた肉の匂いが鼻を刺激する。陽介や日向はともかく、雪子は挑む前から顔色が悪かった。箸を持つ手が、微かに震えている。
「天城、大丈夫?」
 心配そうに日向は雪子を案じた。その隣で陽介が「無理しないほうがいいんじゃね?」と思い止まってほしいように言うが、雪子は気丈に首を振る。
「ううん。まだ一口も食べてないのに諦めるなんて出来ないよ」
「いやー……、無理されて何かあったら、俺の身に危険が及ぶんだけど」
 雪子に無茶をさせたと千枝に知れたら。考えるだけで陽介は身震いする。やべえ。シャドウみたいに吹っ飛ばされる。
「陽介は、墓穴を掘るのが得意だから。たった一回うっかり発言するだけで、ここまで悪いほうに転がれるのはすごい」
 他人事のように言い、日向が「いただきます」と手を合わせた。それを恨みがましく陽介が横目で見遣った。迂闊な発言をしたこちらにも非はあるが、日向にも同じことが言える。自分からすると苦手な物だけど、親友からすれば大好きな物。それを同じように楽しんでいる日向を、雪子は羨ましがっているせいでこんなことになったようなものだ。
「食べないのか? 肉丼は熱いうちに食べるのが一番美味しいのに」
「食うよ!」
 半ばやけくそに言って、陽介は肉丼に手をつけた。一口に運ぶと、タレの染み込んだ、しかししつこい味が広がる。大量に食べたら、胃もたれしそうだ。
「……」
 大量に盛りつけられた肉を少しずつ食べていた雪子の表情が、だんだん悪くなっていく。それに伴って箸の動きも鈍くなり、遂にはとうとう止まってしまった。
 やっぱりいきなり肉丼はきついよなあ、と陽介は思った。そもそもこれで苦手な物が食べられるようになれれば、誰だって苦労はしない。
「天城、無理すんなって。腹壊すぞ」
「もうちょっとだけ……」
 あまり中身の減っていない肉丼を見る雪子の目は恨めしそうだ。そびえ立つ壁は、余りにも高い。
 とん、と日向がいつの間にか平らげていた肉丼の器をテーブルに置いた。
「天城。それは俺が食べよう」
 いきなり告げると同時に日向の腕が伸び、雪子の肉丼を掠め取った。突然の行動に、陽介と雪子が絶句する。
 先に我に返ったのは、陽介だった。
「お、ま……っ。何やってんだよ!」
「ひくふぉんふぁべふぇる」
「んなの見りゃわかるわ! つか、食いながら喋んな!」
 陽介に叱られても、日向の箸は止まらない。一気に掻き込んで山ほど盛られていた肉丼は、日向の胃袋へ消えていった。
 日向の前に二杯目の器をテーブルに置く。空っぽになったそれを覗き込んだ陽介は「あああ~、マジ食ってっし!」と声を上げた。
「橿宮! お前人の物は勝手に食べるんじゃありません!」
「お金は俺が出す」
 それに、と日向がまだ呆気に取られている雪子を見る。
「そんな顔で食べたって美味しくないし、楽しくない」
 ぴくりと雪子の肩が震えた。
「俺が里中と食べに行くとき、いつも里中はおいしそうに食べてる。だから俺もそれにつられるんだ。だけど、今の天城と一緒だったら里中は楽しいと思えるか?」
「……楽しむより、心配すると思う」
 苦々しく雪子は首を振った。持っていた箸を置き、静かにため息を吐く。
「陽介から事情を聞いたときから思ってたけど、どうしても肉を好きになる必要はない。要はお互いに自分の好きな物を食べればいい」
 そう言って日向は陽介をちらりと見た。
「俺と陽介だってけっこう好きな物は違うけど」
「……まあ、全然気にならねーわな」
 陽介は頬を掻きながら、最初から自分と日向のことを例にあげれば良かった、と思った。たまに目玉焼きには何をかけるかなどと、どうでもいい論争をしてしまうが、至って仲が壊れるような深刻さはない。それぐらいで壊れてしまう絆でもない。
 日向がテーブル横の調味料と共に備え付けられているメニューを取り、考え込んでいる雪子に差し出す。
「……橿宮くん?」
「さっきも言ったが肉丼代は俺が奢る。だから今度は天城が好きな物を選ぶといい。もうすぐ里中も来る」
「里中来んの?」
 陽介は驚いて、頷く日向を見た。
「ちょっと時間は遅らせてるけど。天城も俺達より里中と一緒のほうがいいと思って。陽介、肉丼食べた?」
「ちょ、席立つフラグ?」
 途中食べる手が止まったせいで、陽介の器にはまだ半分中身が残っている。濃い味の肉丼を一気に食べるには躊躇う量。
 だが無情にも日向は腕時計を見て言った。
「あと一分で出るから。ファイト」
 ファイトじゃねえ。陽介は呑気な相棒にツッコミたくなるが、その時間も惜しい。丼を持って、一気にかきこんだ。
 陽介が食べ終わったのを確認し、席を立った日向は伝票を手に取った。口をもごつかせながら胸を押さえる陽介も、それに続く。
「あの、橿宮くん」
「里中によろしく」
 メニューを手に見上げる雪子へにっこり笑い、日向は陽介を引っ張って店を出た。
 何だか最初から彼には見透かされていた気がする。呆然と二人を見送りながら、雪子は思った。
 深呼吸して、メニューを開く。今度は日向の言う通りにして、きちんと自分の好きなものを選ぶつもりだ。
 もうすぐ千枝が来る。その時間を楽しくするために。


「陽介はいつも通りだったな」
 日向はジュネスのフードコートで買ったソフトクリームを食べながら言った。肉丼の後でよく食べれる、と思いながら見ていた陽介は「何が?」と首を捻る。
「天城みたいに、ちょっとは妬いてくれるかと思ったんだけど」
「妬くって……お前と里中だろ?」
 少し考え、ないな、と陽介は結論を出した。ちゃんと根拠だってある。
 テレビでシャドウとの戦闘をしていた時だ。刀で切り付けた後、追撃でシャドウを蹴り飛ばした日向を見ていた千枝の目は、かっこいいと見惚れるものではなく、成長した弟子を見守る師匠のようなそれに近い。
「なんだ」
 つまらなそうに日向が呟く。ソフトクリームをきっちり食べ切り、唇の端に着いたコーンのかすを指で拭った。
 不満そうな様子に「もしかして、妬いてほしかった……とか?」と僅かに身を乗り出す。あからさまに感情を表さない日向にしては珍しいことだ。
「まあちょっとは」
 素直に日向は認めた。
「陽介の気持ちを試すようで悪かったとは思うけど」
「いやいや。俺はこれぐらいだったら平気だし」
 それどころか、妬いてほしかった、なんてかわいいと思う。恋人冥利に尽きると言うものだ。自然と顔が綻ぶ。
「どうした?」
 にやにやする陽介を日向が覗き込む。
「いや、愛されてんなーって」
 さらに陽介は身を乗り出す。顔はさっきよりも緩んでいた。
「なあなあじゃあさ、今度は俺とどっか食べに行かね? フードコートとかじゃなくて、どっか別の場所でさ」
「愛家で肉丼?」
「いやいやいや。愛家とかでもなくて。もっとどっか別の場所!」
 里中じゃあるまいし、せめて肉からは離れてほしい。陽介は日向の両肩をがっしり掴む。
「沖奈にすっか! 今度いつ空いてんの?」
「んん、と。ちょっと待ってくれ」
 陽介に掴まれた肩を離してもらい、日向は取り出した携帯のフリップを開く。
 陽介はスケジュールの空きを探す日向をじっと見る。やっぱりかわいいな、とさっきの日向を思い返した陽介は、つい彼の頬を突きたくなってしまった。

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