レア 完主 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 初めて通された部屋を、日向は遠慮を隠さず、物珍しそうに見回した。学校では族上がりだと言われてる身だ。きっと予想と違っていて驚いているんだろう。「結構キレイにしてるっしょ」 おかしそうに笑いながら完二は自室の扉を閉めた。「お袋がうるさいんスよ。かたつけねーとすぐ怒鳴りつけっから」 整頓されている部屋を驚いていた日向の眼に、じんわりと納得の色が滲んだ。彼は何度か母親とのやり取りを見られているからだ。以前も家でどれだけ日向のことを話しているか暴露されてしまっている。 その母親は今、菜々子と一緒に別室へ移動している。 完二は畳まれて卓に置かれた浴衣を手に取り、「先輩こっち」と呼んだ。「……でも本当に悪いな。菜々子だけじゃなくて俺まで」「いいんスよ。先輩には日頃から世話になってんだ。これぐらいどってことねえよ。それにお袋もオレのことで先輩に感謝してるみてえだし」 中学の頃から荒れていた完二は、日向たちに助けられて一緒に事件を追い始めてから変化が見られた。 入学してからサボり続けていた学校に登校するようになった。授業にもぽつぽつ顔出し始め、誰かといることが増えた。 完二の変化に、周りはまだ奇異の目で見ているが、今はそれで仕方ないと思う。そんな風に見られるのは、今までやってきたことの結果だ。だからこれからは理解してもらえるよう努力していかなければならない。分かってもらえないならもういい、と投げ出してはいけない。日向がそう教えてくれたから。 完二は服を脱いだ日向に、慣れた手つきで浴衣を着せる。その様子を感心した目で見られ、何だかこそばゆくなる。「帯締めますから。キツかったら言ってくれよ」「うん。……しかし、浴衣は結構苦しいな」 ふう、と身体を締め付ける帯のきつさに、日向はたまらず息を吐く。「昨日の菜々子たちも大変だったんだな……」「まぁ和服ってのはそんなもんっしょ」 完二は笑って浴衣の帯を締める。 昨日は男三人で回った散々な夏祭り。今日もあるそれに、日向は菜々子と行くことになった。 浴衣が褒められたのが嬉しかったらしい菜々子は今日も着たい、とせがんでこうして完二に助けを求めてきている。それを母親に伝えたら「じゃあ橿宮くんにも着せたらどうかしら」と提案され、今に至っている。 自分の浴衣まで用意されていると聞き、始めこそ日向は首を縦に振らなかったが、期待する菜々子のまなざしに負けてしまっている。完二が憧れている先輩を可愛いと思うのはこんな時だ。「はい、これで終了っス」 帯の結び目をぽんと叩いて、完二は言った。仕上げに浴衣の合わせを整え、着付けの出来栄えを見る。「いや、先輩。浴衣似合うっスね。惚れ惚れするっス」「着付けがいいからだよ」 さすが染物屋の若旦那、と褒めながら日向はまじまじと自分が着ている浴衣の袖を上げてみた。「この生地はここで?」「あ? ……ああ、そうっスよ。一応染物屋だから」「すごいな。きれいだ」 藍色に染められた生地をそっと日向の指が撫でる。まるで自分が褒められた気になり、完二は照れて頭を掻きながら「……どもっす」と呟いた。「なんか、先輩に言われると、ウチが染物屋で良かったー、って思っちまいますね」「ん?」「こうして先輩に出来ること、一つでも増えりゃ嬉しいってことなんスよ」 日向を喜ばせようと、彼の大切な妹のために可愛い小物を作ってやれる。そしてこうやって今、日向の頼みをすぐに叶えてやれる自分。今までのことがあったからやれたことだ。昔はそれで仲間外れにされても、こうして大切な人の為に何かしてやれる。それはとても幸せなことだ。可能なら子供の頃の自分に、お前は大丈夫だと教えてやりたい。 今は何もかも否定されて辛いだろう。頼れる人間もいなくて、立ち尽くしているはずだ。 でもその進む道の先に、いつか自分を救ってくれる人がいる。 全てを投げやりにする必要は、どこにもないんだ、と。「だからこんなことで良けりゃ、いつだって頼んでくださいよ。オレはアンタの為ならすぐ駆け付けっからさ」 真直ぐ目を見て完二が言った。「……ありがとう」 日向がすっと静かに柔らかい笑みを浮かべる。そうやって笑う日向に助けられてきたんだな、と完二は今更のように思った。 下から母親の声がする。別室でしていた菜々子の着付けが終わったらしい。「ほら行きましょう」と日向の肩を叩き、完二は部屋の戸を開ける。下ではきっと浴衣姿の菜々子が兄の浴衣を楽しみにしているだろう。「分かった」と言いながらも、浴衣に慣れてない日向の足取りは少し危なっかしい。ふらついて傾いだ腕を取り「しっかりしろよ、先輩」と完二は笑った。 [0回]PR
いつか 完主 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 初めて通された部屋を、日向は遠慮を隠さず、物珍しそうに見回した。学校では族上がりだと言われてる身だ。きっと予想と違っていて驚いているんだろう。「結構キレイにしてるっしょ」 おかしそうに笑いながら完二は自室の扉を閉めた。「お袋がうるさいんスよ。かたつけねーとすぐ怒鳴りつけっから」 整頓されている部屋を驚いていた日向の眼に、じんわりと納得の色が滲んだ。彼は何度か母親とのやり取りを見られているからだ。以前も家でどれだけ日向のことを話しているか暴露されてしまっている。 その母親は今、菜々子と一緒に別室へ移動している。 完二は畳まれて卓に置かれた浴衣を手に取り、「先輩こっち」と呼んだ。「……でも本当に悪いな。菜々子だけじゃなくて俺まで」「いいんスよ。先輩には日頃から世話になってんだ。これぐらいどってことねえよ。それにお袋もオレのことで先輩に感謝してるみてえだし」 中学の頃から荒れていた完二は、日向たちに助けられて一緒に事件を追い始めてから変化が見られた。 入学してからサボり続けていた学校に登校するようになった。授業にもぽつぽつ顔出し始め、誰かといることが増えた。 完二の変化に、周りはまだ奇異の目で見ているが、今はそれで仕方ないと思う。そんな風に見られるのは、今までやってきたことの結果だ。だからこれからは理解してもらえるよう努力していかなければならない。分かってもらえないならもういい、と投げ出してはいけない。日向がそう教えてくれたから。 完二は服を脱いだ日向に、慣れた手つきで浴衣を着せる。その様子を感心した目で見られ、何だかこそばゆくなる。「帯締めますから。キツかったら言ってくれよ」「うん。……しかし、浴衣は結構苦しいな」 ふう、と身体を締め付ける帯のきつさに、日向はたまらず息を吐く。「昨日の菜々子たちも大変だったんだな……」「まぁ和服ってのはそんなもんっしょ」 完二は笑って浴衣の帯を締める。 昨日は男三人で回った散々な夏祭り。今日もあるそれに、日向は菜々子と行くことになった。 浴衣が褒められたのが嬉しかったらしい菜々子は今日も着たい、とせがんでこうして完二に助けを求めてきている。それを母親に伝えたら「じゃあ橿宮くんにも着せたらどうかしら」と提案され、今に至っている。 自分の浴衣まで用意されていると聞き、始めこそ日向は首を縦に振らなかったが、期待する菜々子のまなざしに負けてしまっている。完二が憧れている先輩を可愛いと思うのはこんな時だ。「はい、これで終了っス」 帯の結び目をぽんと叩いて、完二は言った。仕上げに浴衣の合わせを整え、着付けの出来栄えを見る。「いや、先輩。浴衣似合うっスね。惚れ惚れするっス」「着付けがいいからだよ」 さすが染物屋の若旦那、と褒めながら日向はまじまじと自分が着ている浴衣の袖を上げてみた。「この生地はここで?」「あ? ……ああ、そうっスよ。一応染物屋だから」「すごいな。きれいだ」 藍色に染められた生地をそっと日向の指が撫でる。まるで自分が褒められた気になり、完二は照れて頭を掻きながら「……どもっす」と呟いた。「なんか、先輩に言われると、ウチが染物屋で良かったー、って思っちまいますね」「ん?」「こうして先輩に出来ること、一つでも増えりゃ嬉しいってことなんスよ」 日向を喜ばせようと、彼の大切な妹のために可愛い小物を作ってやれる。そしてこうやって今、日向の頼みをすぐに叶えてやれる自分。今までのことがあったからやれたことだ。昔はそれで仲間外れにされても、こうして大切な人の為に何かしてやれる。それはとても幸せなことだ。可能なら子供の頃の自分に、お前は大丈夫だと教えてやりたい。 今は何もかも否定されて辛いだろう。頼れる人間もいなくて、立ち尽くしているはずだ。 でもその進む道の先に、いつか自分を救ってくれる人がいる。 全てを投げやりにする必要は、どこにもないんだ、と。「だからこんなことで良けりゃ、いつだって頼んでくださいよ。オレはアンタの為ならすぐ駆け付けっからさ」 真直ぐ目を見て完二が言った。「……ありがとう」 日向がすっと静かに柔らかい笑みを浮かべる。そうやって笑う日向に助けられてきたんだな、と完二は今更のように思った。 下から母親の声がする。別室でしていた菜々子の着付けが終わったらしい。「ほら行きましょう」と日向の肩を叩き、完二は部屋の戸を開ける。下ではきっと浴衣姿の菜々子が兄の浴衣を楽しみにしているだろう。「分かった」と言いながらも、浴衣に慣れてない日向の足取りは少し危なっかしい。ふらついて傾いだ腕を取り「しっかりしろよ、先輩」と完二は笑った。 [0回]
川辺にて 完主 ペルソナ34Q小話 2013年05月03日 夏の陽光が川面にきらめく。 反射する光に眼を細め、手で庇を作った完二は川につけた足を軽く上げる。すると、ばしゃと水が跳ね、川の流れの上に小さな波紋が浮かんで消えた。「あー……。暑いっスね」「うん」 完二の言葉に返ってきた相槌は、さほど暑いと思っていないような平坦さがあった。完二は、庇を作った手を膝の上に落とし、隣を見る。 隣には完二と同じようにジーンズの裾を捲りあげ、足を川の水に浸している日向が座っていた。いつもと変わりない様子で、ぼんやりと向こう岸を眺めている。まさか暑さを感じていないんじゃ、と完二は思ったが、よく見ると、日向の眼が普段よりぼおっとしていた。しっかり暑さにやられている。 そして日向の向こう側には釣り道具。今日は一度も釣れておらず、ついに諦めたらしい。「なぁ先輩」「うん?」「そんな日もあるって。また日を変えて挑戦すりゃあいいんスよ」 完二が励ますと、日向は溜め息を吐いた。「……でもヌシが」「……そんだけデケェ獲物なら尚更でしょうが」 ヌシを狙っていたとは。完二は内心びっくりする。この人はたまに大胆なことをしでかしてくる。「魚の餌がもうないんだ」 無念を滲ませながら、日向は声を窄ませた。「後もう少しなのに」 これでキツネが喜ぶのがしばらく先になってしまった。 そう呟く日向に完二は苦笑する。言葉の通じない存在の願いごとを叶えようとする奴なんて、この人以外には知らない。「仕方ねぇスよ。日を改めましょうや」 完二は川から足を引き抜いて、肌についた水気を振って払い落とす。「ジュネス行きましょうよ、ジュネス。珍しくオレがおごりますから」「本当に珍しいな。明日は雨が降りそうだ」 眼を丸くして見上げる日向に、完二は口許を大きく上げて笑った。「たまには可愛い後輩の言うこと聞いてくださいよ」 そう言って手を伸ばす。「そうだな。悪かった」と日向は伸ばされた手を掴み、川から上がる。そして、放置していた釣り道具を片付けながら言った。「ビフテキが食いたい」「いや、暑いんスからせめて冷たいモンに……」 [0回]