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上映前に



 自販機で買ったコーヒー二本を両手に持って、陽介は足早に劇場の中へと戻った。狭い通路を人とぶつからないよう避けて通りながら、座席に向かう。
 予め取っておいた座席の中の一つに座っていた日向が、戻ってきた陽介を緩慢に振り向いた。とろんと緩み定まらない視線が眠気を物語っている。
「ブラックで本当に平気か?」
 陽介が念を押して確かめる。高校の時から、日向はブラックコーヒーを進んで飲んだりしない。
「……眠気覚ましにはいいだろうから」
 しかし、ほら、と催促されるように手を伸ばされ、陽介は日向にコーヒーを渡す。そして隣に座り「やっぱり今日は止めといた方がよかったんじゃね?」と控えめに聞く。
 もうすぐ上映終了してしまう映画が見たいから。そう誘って出かけたはいいが、出かける寸前まで日向は寝てた。ここまで来たところで言ってももう遅いが、もっと寝ていたかったんじゃないかと思ってしまう。今だって、気を抜いたら船を漕いでしまいそうだ。
「どうして止める必要がある?」
 プルトップを開け苦いコーヒーを口にした日向は、眉間へ皺を寄せつつ、陽介の問いを聞いて不可解そうに首を傾げた。
「前々から約束してたのに」
「いやだってお前すげー眠そうだしさ……」
 陽介は包み持ったコーヒーを見下ろし、手の中で回す。
「俺の調子を一々窺う必要なんてないよ」
 日向がはっきり言った。コーヒーのお陰か、さっきよりもはっきりした声だった。
 顔を上げた陽介は、飲みにくい味のコーヒーをそれでも口に運んでいる日向を見る。刺さる視線にコーヒーから口を離した日向は唇を尖らせた。
「それに嫌だったら、起こされても起きないし。俺の寝起きの悪さを陽介は知ってるだろ」
 一緒に暮らしているんだからそれぐらい分かるだろ。そう暗に匂わせる発言に「まぁ、そうだけど、な」と苦笑した。
 起きない時はどんなに声をかけても日向は起きない。なら時間ぎりぎりでも目を覚ました日向もまた、今日をそれなりに待ち望んでたんだろう。
「あ、でも途中で寝ちゃうかもしれないから。……その時は起こしてくれな」
 言葉を付け加え込み上げる欠伸を我慢する日向に、陽介は多分起こさないだろうなと思う。寝てしまっても後でどんな内容だったか教えるし、DVDが出たらまた一緒に見るのもありだ。
 ブザーが鳴り、場内が暗くなる。日向が「始まった」と開くスクリーンの方を向いた。やっぱりその目元は眠そうで、いつ眠っちゃうんだろうと陽介は映画よりも日向の方が気になってしまった。

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背中合わせ



 秘密基地を摸したような迷宮を、日向と陽介は二人きりで走っていた。地下特有の篭った空気。一歩前へ踏み出す度にコンクリートの冷たい足音が響く。
 この場所で直斗を救出する目的は果たされている。しかし頼まれごとや、だいだら.で使われる素材集めなど、まだまだやることは残っていた。
 狭い通路に入りしばらく進んだ後、急に日向が足を止めた。切っ先を下にしていた刀を青眼に構え直し「陽介」と前を見据えたまま後ろの陽介を呼ぶ。
 短く隙のない動作の理由を、陽介はすぐに理解した。素早く身体を反転させ、日向と背中合わせになると両手の苦無を交差させるように構える。
 通路の奥から、シャドウが二人を挟み込むように現れた。後ろも前も、その数は多い。
 しかし陽介は怯えもせずシャドウの群れを見て、ひゅう、と口笛を吹いた。
「大歓迎されちゃってるな、俺達」
「歓迎、と言うよりもうなりふり構わってられないんじゃないか?」
「随分ここのシャドウも倒し続けたしなぁ」
 陽介が場の雰囲気にそぐわない、呑気な口調で言った。
 シャドウにとってペルソナを持つ人間は、己の存在を脅かす危険な存在でしかない。ずっと同じ場所に留まられたら、堪ったものではないんだろう。数に物を言わせ、日向らを排除しようとしている。
「橿宮、お前の手持ちペルソナは?」
「ランダ、ホクトセイクン、カーリー。それからゲンブ」
 並び立てられたペルソナの名に「見事に攻撃重視だな……、それ」と陽介が呆れた。治癒の力を持つペルソナが一つもないところに、いっそ漢らしさを感じる。
「攻撃は最大の防御と言うし。それに陽介がいるなら大丈夫」
 不安の欠片もない声で、日向が言った。距離を詰めるシャドウを冷静に見据え「怪我なんてしないよ」とはっきり言い切った。
「自信満々だな。――ま、俺も怪我しねーしさせませんけど!」
 陽介もまた言い切り、シャドウに不敵な笑みを見せる。負けるつもりなど全くない目をしている。
「後ろはまかせた」
 日向が己の内に宿るペルソナを喚び出す。鋭い爪を持つ、終わりなき戦いを続ける魔女が青い光を纏い、日向の元へ舞い降りた。
「ああ、任せとけって!」
 陽介もまた内なる存在――スサノオを喚ぶ。
 二人は互いに自分の目の前にいるシャドウに狙いを定めた。後ろを心配する必要なんてない。頼りになる相棒に、背中を預けているのだから。
「よしっ――行くぜ相棒!!」
「うん」
 陽介の掛け声を合図に二人は目の前のシャドウへ斬り込んだ。


「――お疲れ」
 さほど時間が掛からなかった戦闘を終え、日向が労るように陽介の背を軽く叩いた。
「ま、ざっとこんなもんだろ」
 耳に当てていたヘッドホンを首へかけ直し、陽介はにっと笑って通路を見渡す。襲い掛かってきたシャドウ達は呆気なく露となって消え、日向と陽介の二人しかいない。
「怪我は?」
「さっきも言ったじゃん。する訳ねえって。見てのとーり元気元気」
 苦無を持った両手をひらひら振りながら、陽介はそれとなく日向の様子を確かめる。向こうも先程の言葉通り、怪我一つない。あったとしてもすぐに治すけれど。
 ほっとしながら陽介は「怪我よりも――腹減った方が強いかもな」と腹部を摩る。二人きりな分、今日は運動量も激しい。
「なあっ、今日帰ったら愛家に食べいこーぜ。雨だし、今ならスペッシャルな肉丼完食出来そうな予感がすんだよ。アイツらには内緒でさ」
 誰にも聞かれる恐れはないのに、陽介は日向の肩を抱き寄せ、そう提案した。
「無謀なことはしない方がいい」
 日向はやんわりと陽介を窘めた。達観したような目を遠くへ向けて呟く。
「あれは根気に勇気……色んなものを合わさり持つことで初めて太刀打ち出来るんだから」
「大丈夫イケるって! 俺も物体Xで鍛えられてるし!」
「食べ切れなくても面倒みないからな」
 微苦笑を滲ませ「ほら、行くぞ」と陽介から離れて、鞘に収めていた刀を抜いた。
「愛家行く前に、素材と――頼まれた物の回収な。もう一頑張りやってこう」
「そうだな、もうちょい頑張りますか!」
 二人はぱん、と手を高い位置で叩き合わせると、再び走り出した。

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プレーンリング




 外された指輪を日向は指先で摘んだ。目の高さまで持ち上げて、まじまじと凝視する。
 シンプルなデザインをされた指輪は、それが反ってお洒落に見えた。服装だけじゃなく、細やかなところにも気を使ってんだな、と指輪の持ち主――陽介を見る。今、彼の指にはさっき見つけたばかりのチャクラリングがはめられていた。自分の手の中にある指輪と彼の手につけられたそれを見比べる。
「――どした? 指輪見比べちゃって」
 視線に気づいた陽介に尋ねられ、日向がさっと素早く持っていた指輪を握りしめて隠した。不審な行動に「橿宮?」と陽介は声を潜める。
「何でもない」
「訳ねーよな。なーに考えてたんだよ」
 考えを見透かしたように、陽介が日向の腕を突く。隠し事をされたのが不満らしく、少し怒っていた。
「別に大したことじゃない」
 ことを荒立てるつもりじゃなかった日向は、早々に思っていたことを白状した。
「二つの指輪見てさ。陽介にはこっちの方が似合ってるなって思ったんだ」
 そう言って広げた掌に乗せた指輪を陽介に見せる。さっきまでつけていたそれを見て「なんだそんなことか」と拍子抜けした表情をする。
「だから大したことじゃないって言っただろ」
「そりゃそうだけど。……ふーん、そっかぁ」
 得心がいったように頷いて、陽介は歯を見せて笑った。
「こういうのつけてるの見て、カッコいいとか思ってくれちゃってる訳か」
「カッコいいとは言ってないぞ。俺は似合ってるって言ったんだ」
「同じことだろ」
 だらしなく相好を緩ませる陽介に、日向はいい顔をしない。むっと口を尖らせ「そのチャクラリング返せ。天城か直斗に渡すから」と手を突き出した。
「そう怒るなよ」
 陽介は逃げるように素早く一歩下がる。素早く掌に転がっていた指輪をつかみ取り、日向の左手首を捕える。名案を思いついた顔をして、指先で摘んだ指輪を掲げて見せた。
「どうせならさ、お前もつけてみたらどうよ。これシンプルなデザインだし、似合うと思うぜ」
「ちょ……!」
 制止する間もなく、薬指に指輪が通されていく。日向が「なんだこの寒いシチュエーションは」と首を振った。
「寒いって言うな! 男なら一回は憧れるもんだろ~?」
「憧れる以前に俺は恥ずかしいんだよ」
 掴まれた手首を振りほどき、直ぐさま日向は陽介に背中を向ける。左手の薬指。存在を主張する指輪を外そうとした。
 が、
「……外れない」
 入れるときには難無く指の根本まで通った指輪が、途中で止まってしまった。焦って無理に力を入れてしまい、節が痛くなる。
「あー、お前もうそれはずっとつけとけって言う神の思し召しじゃない?」
 後ろからにやにやとしてそうな陽介の声が聞こえた。振り向けば予想通りの表情をしていて、日向の神経を逆なでる。
 陽介は外れない指輪を見てにっこり笑った。
「似合ってるぜ、その指輪」
「……っ!」
 反射的に握りしめられた日向の拳が、陽介の腹部にめり込んだ。


 その後指輪が外れるまで、日向は頑なに左手をポケットに突っ込んだまま、誰にも見せようとはしなかった。リーダーの不機嫌とは裏腹に、隠された左手の方に目を向けては陽介は常にだらしなく笑みを浮かべていたらしい。
 その理由は、二人以外、誰も知らない。

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どっちもどっち





「……っふ」
 離れた唇の隙間から、苦しそうな息が零れる。酸素を求めて距離を離そうと日向の手が、陽介の肩を押した。
 しかし陽介は意に介さず、尚も口づける。触れ合って離れて。抵抗するように閉じられた唇をこじ開けて。逃げるように引っ込む舌を捕らえた時は、いつもぞくぞくする。テレビの中、先頭を切って走る日向の背中を見て感じていた庇護欲と自分の手で泣かせてみたい嗜虐心の比重が入れ代わるのは、こんなときだ。
「橿宮……」
 キスの合間に名前を呼びながら、陽介は自分ごと日向を後ろに押し倒した。床に敷かれたラグの上、お互いの視線が絡み合った。
 上気した顔で濡れた唇を手の甲で拭いながら、日向は陽介を見上げる。
「……したいのか?」
「したい」
 陽介はすぐにそう答え、じっと日向を見つめた。断られたくない必死さが視線から伝わってくる。それを受けた日向は小さく呆れた吐息を漏らした。
「この状況で言うんなら、もうちょっと前にしてほしいけどな」
 例えば、キスする前とか、と不満そうな呟きに、不意打ちでこの体勢に持ってきた陽介はぐっと反論に詰まった。いやだって、とぼそぼそ喋りながら、それでも日向の上から退かない。
 しかたがないな、と思いながら日向は「いいよ」と言った。
「その代わり、今日の夕食はお前持ちでコンビニだから」
 どうせしたあとは腰が痛くなるし、身体全体が怠くなる。仕掛けたのはあっちだし、これぐらいはやってもらわなければ割に合わない。
「ぜんっぜんいいぜ!」
 陽介が弾んだ声で言い、嬉しそうに何度も頷いた。
「なんだったら、デザートもつけてやろうか?」
「何買おうか考えとくよ」
「ヤる時ぐらいは俺の事だけ考えてくれよ……」
 自分の言動に一喜一憂する陽介に、くすくすと笑い日向は恋人の背に腕を回す。それが合図になって、陽介がまたキスをしようと顔を近づけた。
 あと少しで唇が重なり合うその時――。
 急に陽介の動きがぴたりと止まった。眉間に険しい皺を寄せ、強く瞼を閉じる。
「――陽介?」
 不審に思った日向が名前を呼ぶが、陽介は気づかず突然きつい眼差しを虚空に向けた。
「突然何出てきてんだよお前。俺が受け入れて消えたんじゃねえの?」
 少しの間の後、さらに陽介の表情は不快に歪む。
「はぁ!? んなことさせるか!!」
「陽介……?」
 どうしたんだ、と肩を叩く日向から、陽介は狼狽しながらどいた。手の平の付け根で頭を押さえる陽介の目が、金色へすっと変わっていく。キスのどさくさで釦を外された前を合わせ起き上がった日向は、それを見て目を見張った。
 抵抗するような喚きが収まり、陽介の口元がにやりと上がる。心配で顔を覗き込む日向の肩を引き寄せ、先ほどよりも乱暴にキスをされた。
「……んっ」
『やっぱ実際聞いた方がエロいな、お前』
 強引に出てきた甲斐があったぜ、と笑う表情を見て、日向が目の前の男を呼ぶ。
「影――お前、あの時陽介と同化したんじゃ……」
『そうだけど。ま、あんま細かいことを気にするなって』
 そう言っていつの間にか入れ代わっていた陽介の影は、日向にウィンクを投げた。そして掴んだ肩を押し、再び床へ日向を押し倒そうとする。
『それよりも――続き続き。早く続きしよーぜ』
「ちょっと待った」
 流石に状況が飲み込めず、日向は馬乗りになった陽介の影を止めた。服を脱がそうとする動きを手で制すると、せっかくの楽しみを阻害され、むくれた影は口先を尖らせた。
『何だよ。やってもいいって言ったじゃんお前』
「言ったけど。その前にどうして出てきたのか教えてほしい」
『ん~、そうだなー……』
 日向の服に掛けた手はそのまま、陽介の影は屈めていた背を伸ばし、宙に視線をさ迷わせて考え込む。
『俺もお前とシたいから――とかでいいんじゃね?』
「お前が出てきたことに対して、全く理由になってないな」
『って言うかよ。アイツはまだ事に及ぶのに、一々お伺いたててさぁ。内側から見てていい加減ウザいっつうの』
「いきなり出てくるお前もどうかと思うが」
 入れ代わる直前を思い返せば、陽介の意志ではないのが明白だ。しかし影は日向の言葉などどこ吹く風のように聞かず『いいじゃん。どうせ同じ『陽介』なんだしさ。――気持ち良くしてやるぜ?』と凶暴な笑みを乗せて日向に覆いかぶさる。
 しかし再び日向に乗りかかった身体がぴくりと止まった。ちっ、と影が舌打ちし『抵抗しやがって……』とぼやいた。対応するのも面倒臭そうに身体を起こし、こめかみに指先を当てた。
『何しゃしゃり出てんだよ。たまの一回ぐらいヤったって構わねーだろ。どうせ年中盛ってるくせに』
「……」
『はぁ? これでも苦労してる――って、んなことぐらい知ってるわ。俺はお前、お前は俺なんだし?』
「……陽介」
 どうやら内側で会話してるらしい二人の『陽介』を、日向は疲れた声で呼んだ。だが、同じ自分であるせいか、陽介も影もお互い譲らず、どっちが日向と事に及ぶか激しい口論を繰り広げていく。
 最初日向は黙って聞いていたが、次第に表情の色をなくし、冷めた視線を陽介によこす。そして深い深いため息を吐いた後、いきなり蹴りを放った。陽介の股間目掛けて。
 次の瞬間、蹴られた箇所を押さえた陽介が苦悶の呻きを上げた。さっさと起き上がり衣服を整える日向を涙目で睨み「いきなり何すんだ!」と二人分の声が混じって相手を詰る。
 日向はにっこり笑って言った。
「どいてくれなきゃ部屋から出られないだろう?」
「な、何言って――」
「どっちがやるかどうかで喧嘩されても俺が困るだけだ。だったら、何時終わるかわからん喧嘩見てるより、夕食作っている方が断然有意義だ」
 とにかく、と有無を言わさない口調で日向は部屋のドアノブを掴む。
「丁度いい機会だ。お前ら一度徹底的に話し合っとけ。和解するまで部屋から出るな、夕飯も無し」
 つれない言葉を残し、日向はさっさと部屋を出ていってしまった。呆然と陽介は閉められた扉を見つめ「……テメーのせいだからな」と自分の中にいる影を謗る。股間を蹴られたショックのせいか、影に乗っ取られた身体を取り戻せていた。
『はっ、テメーのせいだろ。このヘタレ』
 脳内に影の声が響く。
『大体お前の押しがいまいち弱いからこんなことになるんだろ』
「んだとぉ! お前だって突然出てきて――」
『だったらお前こそ――』
 日向に逃げられた原因を互いに押し付けあい、陽介と影の口論は激しさを増していく。もう一人の自分という最も遠慮のいらない相手だからか、どちらも折れず誰の目から見てもその喧嘩は長引きそうだった。

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ドライヤー



 ある夏の日。堂島家へ泊まりに来た陽介は、風呂を済ませ濡れた髪をタオルで吹きながら居間に足を向けた。
 つけたテレビからクイズ番組で解答に悩むタレントの声が聞こえる。それを同じく泊まりに来ていたクマが答えがいつ出るのかと固唾を飲んで見守っていた。
 クマの後ろでは、陽介の前に風呂へ入っていた菜々子が、行儀よく座っている。毎日二つに結ばれている髪は解かれ、いつもと違う感じがした。その菜々子の後ろで膝を立てた状態の日向が、ドライヤーを従姉妹のまだ湿っている髪に当てている。熱くないよう注意しながら、巧みに動かしつつ手櫛で優し梳いていた。
 台所から居間の敷居一歩前で立ち止まり、陽介は二人の仲睦まじい光景を見つめる。従姉妹の乾かしている日向も、従兄弟に髪を乾かして貰っている菜々子も揃って嬉しそうな顔をしていた。
 日向がドライヤーを止めて、脇に置いた。そして卓に置いていた櫛を持ち替え、丁寧に乾いた髪を整えていく。
「はい、おしまい」
 日向が菜々子の肩を叩いて、終わりを告げた。
「ありがとうお兄ちゃん」
 立ち上がって日向に向き直った菜々子は、すっかり整えられた髪に触れると、はにかんで礼を言った。日向は「どういたしまして」と言った後冷蔵庫の方を見る。
「オレンジジュースとプリンが冷やしてあるから。クマと一緒に食べて」
「いいの?」
「うん。でもおなか壊すといけないからジュースの飲み過ぎには注意な」
「はーい!」
 元気良く返事を返し、菜々子は嬉しそうに弾んだ歩調で冷蔵庫に向かった。台所で立っている陽介を見つけ「陽介お兄ちゃんのも用意するね!」と言って横を通り過ぎる。
「ありがとう、菜々子ちゃん」
 冷蔵庫を開ける菜々子を暖かい気持ちで見ていると「陽介」と日向に手招きされた。誘われるまま近づくと、ソファに座り直した日向が「ここに座って」と自分のすぐ前の床を指差す。
「菜々子のついでだ。お前の髪も乾かす」
「え、俺も?」
「お前も」
 至極当然に頷き「早く座る」と日向が急かした。陽介はクマや菜々子の目があることに一瞬躊躇したが、結局大人しく日向の前に胡座をかいた。すると突然「ちゃんと拭いた? まだ水垂れてる」と日向が言いながら陽介の首にかけてあるタオルを取る。そして濡れている頭に被せたタオルの上に手を置き、強めに水気を拭い取る。乱暴な手つきに、陽介の頭ががくんがくんと大きく揺れた。
「ちょ、ちょっとタンマ。キツすぎ! もうちょっと優しく!」
「文句言わない」
 目を白黒させて抗議する陽介を一言で抑え切り、尚も日向の手は動きを止めない。耳の後ろやら後頭部やら一通り水気を拭われようやく解放されたかと思いきや、すかさずドライヤーの熱風が当てられた。
「熱かったら言って」
 かくかくと陽介は頷く。脳を揺さぶられて、うまい返答が思いつかなかった。
 ドライヤーの熱風が、髪についた水気を乾かしていく。ふわふわ揺れる髪を日向の指が、何度も梳いていく。タオルの時のような乱暴さで乾かされるんじゃないかと戦々恐々していた陽介は、手つきの優しさに安心した。
 クマと菜々子がテレビの前で揃って座り、テレビのクイズ番組を夢中で見ていた。出会って一ヶ月と少しだが、随分仲良くなっている。それはクマの人懐っこさのせいか、それとも菜々子の下手な大人より広い寛容さのお陰か。女性に見境ないきらいのあるクマだが、菜々子にだけは紳士的に接しているので安心して見ていられる。
「陽介の髪っていいな」
 突然後ろから黙っていた日向が話し掛けられ、陽介は驚いた。反射的に振り向きかけ「前を向く」と強引に手で押し戻される。
「いいって、何がいいんだよ」
 落ち着きなく胡座をかいた足を組み直し、陽介は聞いた。
「陽介の髪。濡れた髪が乾いていくとさ、ふわっふわになって、撫でる手触りがたまらない。ずっと触っていたいかも」
「俺はちょっと勘弁かなー」
「どうして?」
「だって、たまんない気持ちになっからさ」
 髪に触れる手つき。そして髪を梳く指の感触がぞくぞくと背中に震えを伝わらせ、熱になって下の辺りにたまっていく。もしここにクマと菜々子がいなければ、抱き締めていた所だ。欲情とか、クマはともかくまだ幼い菜々子に見せてはいけない。
 ぐっと腰の辺りに力を込め、陽介は日向を振り向いた。
「まぁ、二人きりで? また泊まる時とか? そう言う時だったらずっと触っててもいいけどな。風呂とかも入らなきゃいけないだろうし」
「……それは思いきりある状況下の事をさしているだろう」
 呆れる日向に陽介は「だって、菜々子ちゃんの前で流石にアレなことは言えねーしな」と言った。
 ちらりと菜々子の背中を見て「……それもそうか」と日向も納得する。
 ドライヤーのスイッチを切られ、吹き出す熱風が止んだ。前を向かされ手に持った櫛で髪を梳かれる陽介は「それで?」と日向に尋ねる。
「俺の提案どうっすかね、センセー」
「毎回本当にさせてくれるのか?」
「橿宮が望むなら」
 考える間もなく、日向からすぐに返事が返ってきた。
「じゃあ今度はいつやらせてくれるのか、考えてくれよ」
「もち!」
 陽介もすぐに頷いた。そして、クマと菜々子がテレビに夢中なのを確認し、優しく髪を乾かしてくれた恋人の指に唇を落とした。

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