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飴と鞭




「もうダメ。限界。飽きた」
 弱音を口にし、陽介はいやいやプリントに走らせていたシャーペンを転がした。大きく背伸びをしながら、床へ仰向けに倒れる。
「陽介」
 咎める声に頭を僅かに起こして机の向かい側を見れば、ソファに座っていた日向が、読んでいる本を膝に伏せ、厳しい目をしていた。
「俺の家に来れば宿題が捗ると言ってなかったか?」
「あー、うん。言ったような言わなかったような」
 曖昧な返答に、日向はこれみよがしに大袈裟な溜め息をつく。呆れられたが、陽介は陽介でこの状況を打破したい目論見がある。
 お前ん家で宿題すれば捗るかも。そう理由をこじつけてやってきた堂島家。その本音は、日向との関係を少しでも進展させたい下心が多分に含まれていた。
 疎いのか、もしくは意図してやっているのか。日向と二人きりになれても、甘い雰囲気になれず陽介はいつも手を出せないでいた。
 全部が欲しくて欲しくてたまらないのに、日向は陽介の切ない気持ちに気付かない。
 つい恨みがましく見てしまい、余計に怪訝な顔をされてしまった。
「そんな顔しても、駄目だ。陽介の為にならない」
「……分かってるっつーの」
 仕舞いには母親みたいなことまで言われ、陽介の機嫌は急降下していく。むくれて、ふいと日向から視線を反らした。そしてガキじみた拗ね方に、馬鹿か俺はと内心自分に突っ込む。
「陽介」
 この分だと今日も進展は望めなさそうか。諦める境地になりかけた時、「……で望みはなんだ?」と呆れたままの調子で日向が尋ねた。
「……へ?」
 思わず顔を上げると、日向がソファから床に座り直り、机の上から身を乗り出して寝転がる陽介を見下ろした。
「陽介が何の下心もなしに宿題を理由にして家に来るのはありえない」
 うわぁ、断言されちゃった。
 見え見えだった魂胆に、陽介は固ってしまう。もうちょっとマシな理由にするべきだったか。いつかみたいにお前の家に行きたいとか、ストレートな方が逆に良かったかも。
 ぐるぐると渦巻く考えに頭が苛んでくる。返事を窮してしまった陽介に、日向は頬杖をついて「言わなくても分かる。どうせ下世話なことだ」と言えなかったことをずばりと突いてきた。
 もう隠しようがない。
「……はい、そうです」と冷や汗を流しながら陽介は白状した。
「…………」
「…………」
「…………」
「……この沈黙重いんですけど!?」
 まだ変態とか切り捨てられたほうがマシだ。流れる沈黙に耐え切れなくなり、陽介は羞恥から真っ赤になって喚く。手で顔を覆い、ごろごろと左右に転がる。穴があったら入りたい。
「宿題」
 ぼそりと呟かれた言葉に、動きを止め指の間から日向を見る。日向は先程陽介がそうだったようにそっぽを向いていた。
「自力で全部終わらせたら、考えても、いい」
 そうぼそぼそと言う日向の耳は、心なしか赤い。
 ――もしかして、照れてる?
 驚きに頭を浮かせ、陽介は日向を凝視する。言われたことを頭の中で噛み砕いて吟味して、その意図を悟ると、肘をついて勢いよく起き上がる。
「え、それって、ヤっていいってこと? マジ!?」
「声が大きい……」
 近付く陽介から遠ざかりつつ、日向は五月蠅さに指で耳を塞ぐ。しかし違うとは言っていない。ならばそれはそう言うことなのだ。
「よしっ、約束だからな!」
 俄然やる気がわいてくる。机に転がったシャーペンを握り締め、陽介はいつになく真剣なまなざしでプリントに取組み始める。
 水を得た魚みたいになった陽介に、日向は何とも言えない顔をして自分の発言を後悔しているようだった。

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怖いから




 運の悪いことに、シャドウが日向の弱点をつく攻撃をしてきた。
 日向は何故かペルソナを複数持っていて、それらを自在に付け替えることが可能だ。だが流石に付け替えてた直後だったので、また直ぐに、ってのは無理だったようだった。身構える暇もなく、日向に電撃が襲いかかる。
「――先輩!」
 完二が叫ぶ。
 吹き飛ばされた日向は、苦痛に耐えるように歯を食いしばっている。電撃で痺れたのか、力の入らない手から剣が滑り落ちた。
「ダメ……! また来る!」
 今度は焦ったりせの声が「逃げて先輩!」と日向の危険を告げる。
 弱点をついたシャドウは、追い討ちをかけるようにさらなる攻撃を、無防備な日向に仕掛けかけていた。倒れた状態で体勢を整えられず、日向はシャドウを睨み付ける。
 ――このままじゃ、やべぇ!
 そう思った瞬間、考えるよりも早く身体が動き、陽介は日向とシャドウの間に割って入った。
「陽介!」
 後ろから、険しく日向が陽介を呼ぶ。ああこりゃ怒ってるな。声を聞いただけでも分かったが、陽介はそれぐらいで退いたりはしなかった。ここで庇わなかったら、日向が危険だ。
 頭上から、閃光と共に激しい衝撃が降り注ぐ。攻撃が当った瞬間、ぎゅっと目をつむった陽介はそのまま意識を失った。



 目を覚ますと、仰向けになっている陽介を仲間が心配そうに見ていた。シャドウは無事に倒せたらしい。
「アンタ……無茶するっすね」
 まず呆れた顔で完二に言われ、その後すぐ「全然起きないんだから心配したんだよ?」とペルソナを呼び出している雪子に窘められる。
「わ、わりい……」
 陽介は肩を縮めて謝った。静かな怒りに怯える様子に「でも気持ちは分かるけどね」と雪子は小さく笑った。
 虚空から出てきたコノハナサクヤが、力を発揮し陽介の傷を癒していく。痛みが消えた安堵にほっと息を吐き「サンキュー」と感謝の気持ちを言いながら陽介は、床に手を突き起き上がろうとする。
 だが上から頭を押さえ付けられ、陽介は再び寝かされてしまった。
「お前は馬鹿だ」
 頭上から刺々しい声で降ってくる。
 ずっと黙っていた日向が陽介を睨んだ。
「お前だって、電撃は苦手なのに。どうしてわざわざ庇う」
「……お前が、危なかったからだろ」
 あの時倒れた日向に、陽介は考えるよりも早く、身体が動いた。自分もまた電撃に弱いことを忘れて、ただ目の前の仲間の危機を打破したい気持ちが勝っていた。
 それに、また何かを失うだなんて、陽介には耐えられそうもない。そしてその衝撃は、日向が特別な存在になっていくにつれ、どんどん強くなるんだろう。
 だったら、自分が盾になって、日向を守りたい。
「…………」
 負けずに見返す陽介から視線を外し、日向は諦めたように溜め息をついた。険悪な空気に「先輩……?」と完二が戸惑いながら日向と陽介を交互に見る。
「今日はもう……、帰ろっか?」
 場の空気を和らげるように、雪子が提案した。
「ずっとシャドウと戦ってるし、みんな疲れてると思う。このまま進んだら危ないよ」
「そう、だな」
 深呼吸をして、日向は頷いた。雪子の言う通りだ。誰もが疲労を溜めているし、先の戦いでの出来事で、冷静に物事が考えられない。
「――帰ろうか」
 自らに言い聞かせるように日向は呟く。そして身体を起こした陽介に向けて腕を伸ばした。
 その手を掴み、陽介は立ち上がる。
 繋がった手から、ほんの少し震えが伝わった。



「ごめん」
 ジュネスで仲間と解散した後、日向と二人で帰り道を歩いていた陽介は、隣の相棒に向けて謝った。
「俺が悪かったよ」
 ちらりと日向が横目で陽介を見る。悪いと思ってるならどうしてやったと憤慨しているようだった。
 倒れた状態で目の前で庇われ、倒れていく姿を見て日向は怖かったんだろう。助け起こされた手から震えが伝わって、陽介はその時の日向の心情を僅かに悟った。自分の代わりに、なんて後味が悪すぎる。
 陽介の謝罪に日向は黙したままだ。まだ怒っているんだろう。
「でも、お前を庇ったことは後悔していねーからな」
 例え怒られても、現実に今ひどく居心地が悪かったとしても、日向がシャドウにやられてしまったらと考えれば、まだ耐えられる。
「それに、また危なくなったら庇うから」
 そう宣言すると姑くの沈黙の後、さっき言われたよりも重い響きで「お前は馬鹿だ」と日向は言った。
 いいよ、馬鹿でも。だって俺は、何があってもお前を守りたいんだから。
 俺がどうこうなるよりも、お前が倒れる方が怖いから。
 心の中で思いながら、陽介はポケットに手を突っ込む。そしてそこにあった飴玉を「これやるから機嫌直せよ」と膨れたままの日向に渡した。

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夜這い



 寝返りがうてない。
 腹の辺りに何か重たいものが乗っているような感触がする。
 俺は苦しさについ呻いた。伸ばした腕は震え、指先が宙をもがく。ばたつく足は、敷き布団のシーツを乱した。
 手足が動くから、金縛りではないんだろう。
 じゃあ、この上に乗っているのは何だ?
 恐る恐る瞼を開け目を凝らした俺は、暗闇の中腹に乗っかかっているものに仰天した。
「――かっ、橿宮!?」
 橿宮が毛布をはぎ取って、俺の上に馬乗りになっていた。腹部の辺りに手を置いて、薄暗闇の中俺をじっと見ている。
「やっと起きた」
「なっ、なにやってんだよ!」
 驚きのあまり飛び跳ねてしまった声に、日向は「見て分かるだろう? 寝込みを襲っているんだ」とごく真面目に言った。
 絶句する俺に、日向は構わず上体を倒し、顔を近付ける。例え暗くとも見える日向の整った顔立ちに俺はどきりと心臓が高鳴り、腕を伸ばして倒れてくるその肩を掴んだ。
「どうして止める?」
 止められて、日向は不機嫌そうに眼を細める。
「陽介は、俺としたくないのか?」
 何が、とは聞くだけ野暮だろう。
 俺だってしたくない訳じゃないんだ。ただコイツに関しては絶対に嫌われたくない、傷つけたくない。そんな気持ちが働いて、まごついてしまう。
 だが、その相手は今、俺に馬乗りになって、なかなか進展しない状況をぶち破ろうと迫ってくる。
「俺は陽介にならいいよ。そう思って待ってたのに、全然触れてこないから」
 肩を掴む手を剥し、日向は逆に俺の肩を掴んだ。体が倒れ込み、日向が俺に覆い被さる。触れ合うところから服越しに、熱い体温が伝わってきた。
「……だから俺から来たんだ」
 切ない吐息にぞわりと鳥肌が立った。腰の辺りに熱が集まる。
 俺はごくりと唾を飲み込み「……いいのか?」と日向の腰をそっと掴んだ。
「嫌だったら、こんなことしない」
 日向はそう答え、肩を掴んでいた手を頬へ移動させた。ようやく触れてくれた俺を嬉しそうな眼で見て、陽介、と愛しそうに名前を呼んだ。
 俺も日向の背中に腕を回した。抱き締めあい、キスを繰り返しながら身体の位置を入れ替える。
 服の裾から手を入れ、白い肌に触れた。びくりと身体を震わせながらも日向は一切の抵抗を見せない。もっと触れて欲しいと、潤んだ眼が訴えていた。
「日向……」
 俺は滅多に呼ばない名前を口にする。
 もう、止まらない。
 陽介と、名前を繰り返す日向に、俺は好きの想いを乗せたキスを返し、そのまま――――。



「――――ヨースケー」



 いきなり降ってきた脳天気な声に邪魔された。



 朝日が眼に眩しい。
 眩しさに眼をすがめた俺は、あー、と地の底から這い出たような呻き声を上げた。
 腰の辺りが重たい。しかし、そこにいるのは俺に触れたいと切なく告げた日向ではなく、朝から無駄に元気なクマの姿だ。
 つまり、さっきまでのは夢。俺の無意識にため込んでた願望が形になって現れてしまった。
 何てことだよ。
 夢でほっとしたような、残念なような複雑な気持ちで深々と溜め息をつく。
「なぁにクマの顔見て、嫌そうな顔するかなヨースケは。ん? もしかしてまだ寝ぼけてるクマか? 仕方ないクマねー。ここは一つ、クマが目覚めのチッスでもかまして……」
「いらんわ! つーか、お前はそこから退け!」
 俺は怒鳴って、近付いてくるクマの顔を手のひらで遮り、そのまま後ろに突き飛ばした。
 あいた、と言う声と、クマの頭が壁にぶつかる音が連続して聞こえる。
 何するクマか!とぶつけた頭を押さえてクマは抗議するが、聞かずに重い足取りでベットから起き出した。
 自分の下半身を見て、また溜め息一つ。
 リアルな夢は、寝ているこっちにまで影響を与えて、すっかり反応を示している熱が、存在を誇示していた。朝一番はまずトイレに行かなければならなくなって、空しくなる。
「……そうだよな。アイツがそんなに積極的な訳、ねーよな……」
 じゃなければ、俺も一向に進まない関係をどうするべきなのか、やきもきしていないんだから。
 あーあ、と肩を落とす俺の頭上に怒ったクマが枕を投げ付けてくるのは、その一瞬後のことだった。

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朝まで保って



 近い。
 すぐ近くに見えるものを前にして、陽介は固った。寝返りを打とうにも、狭すぎるし、やれたとしてもその先は坂だ。下手すればそのまま転がってしまう。
 だから動けない。
 テントは、四人も横になるには広さが足りない。加えて真ん中を区切るように置かれた荷物はさらに狭さを増長させている。
 お前らよくこんなので寝れるよな。
 暗闇から聞こえる寝息を耳に、陽介は一人悶々とする。
 林間学校の夜。暴走してテントを出ていった完二と入れ替わるように千枝たちがやってきた。なにがあったか、語らず言葉を濁す二人を、そのままテントに泊めることになってしまった。
 変なことをしないようにと、テントの真ん中に予防線として荷物を置き、窮屈な夜を過ごす羽目になる。そして、見つかれば停学確実な状況だ。無駄に緊張感を煽られ、陽介の眠気はすっかりさめてしまった。
 だが他はそうでもなかったらしい。明りが消され、しばらくしたあと三人分の寝息が聞こえてきた。
 神経の図太い奴等だよな。そう思いながら陽介はもう一つの、眠れない原因を見る。
 狭いせいで日向が陽介のすぐそばで眠っていた。小さく肩を上下させる度に、寝息が陽介の首筋に掛かる。女子の領域に入らないようにしているのか、無意識に身を密着させていた。
 日向に想いを寄せている陽介からすれば、この状況は生殺しも同然だった。
 に、逃げてえ……!
 二人だけならいざ知らず、ここには千枝たちもいる。こんな状態で朝まで、だなんて身体に毒だった。
 触れたいのに触れられない。
 じりじりと心を焦がしながら、陽介は少しでも距離を開けようとみじろいだ。
「……陽介?」
 眠気からまどろんだ細い声に、陽介はびくりと肩を震わせる。うっすらと眼を開けた日向が後退りしている陽介を、不思議そうに見た。それからきゅっと眉間に皺を寄せ「駄目だ」と陽介の腕を引っ張る。
「そっちは坂だ。そのままだと陽介が転がる」
「分ってる。分かってっけど……!」
 お前と密着してるほうが坂を転がるより危ないんだよ!
 陽介は必死に日向から逃げようとしたが、寝ぼけまなこの力は強かった。引き寄せられ、日向の胸元に顔を埋める形になってしまう。頭の下には腕が敷かれ、そのまま拘束されてしまった。
「よし」と満足した日向が陽介の背をぽんぽん叩き、またあっと言う間に眠ってしまう。しがみつかれた格好になり、たまったもんじゃないのが陽介だ。ゼロになった距離に心臓がうるさく騒ぎ出す。
 ああ、もう、いつか覚えてろよ!
 そう思っても陽介は、逆にラッキーだと思ってしまう自分がほんのちょっぴり情けなかった。
 朝まで保ってくれ、俺の理性。
 陽介は心からそう思いながら、少しでも煩悩を消す為、瞼を強く瞑った。

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仕事のあとで




「ヨースケ。ヨースケー!」
 ジュネスのお菓子売り場で、陽介が荷物を陳列していると、クマがやってきた。同じく仕事中なのだが持ち場を離れているクマに、何やってんだお前は、と睨んだ。
 だがクマは怒られているのに上機嫌で笑っている。
「あのなー。今日クマは家に帰らんクマ! センセイの家に行く!」
「はぁ?」
 そして突飛なことを言い出され、陽介は陳列する手を止め怪訝にクマを見た。
「突然何を言ってるんだお前は……。止めとけ。いきなり押しかけたら橿宮もいい迷惑だろ」
「ところがそうでもないクマなー」
 じゃじゃーん、とクマは広げた腕を後ろに差し向けた。その先にはカゴを手にした日向の姿。
「橿宮?」
「仕事お疲れ様、陽介」
 ゆっくりした足取りで近付いた日向は、労りの言葉を陽介に掛ける。手のカゴにはカゴには野菜や肉などの、夕食の材料らしいものが入っていた。今日はカレーなんだ、とカゴを見た陽介に日向が説明する。
「それで、クマのことなんだけど。さっきそこで会って」
 夕食の材料を買いに来たこと。今日は堂島が仕事で泊まりになったことを話し、それを聞いたクマが堂島家に行きたいと言い出したようだった。
「クマはまだセンセイの作ったゴハンまだ食べたことがないクマ。ヨースケとはしょっちゅうお弁当一緒に食べてるのクマ知ってるからずっと羨ましかったクマよ。だから今日はセンセイの家でスペシャルディナーをもっきゅもきゅって洒落こむんだクマー! だからいいでしょヨースケ。行きたい行きたい行きたいクマー!」
「……いいのか? こんなの家に誘って」
 興奮してはしゃぐクマを見て、大丈夫かと陽介は日向に聞いた。
「うん。まあ二人きりのご飯も多いから、菜々子も喜ぶと思う」
「そりゃ、クマが一緒だったら賑やかになるだろうな……。つかうるせー時もあっけど」
 クマは人間の姿をとってから、陽介の家に居候している。今まで食事をしたことがなかったクマは、ご飯の度にこれはなんだと言っては無駄に感動して、花村家の食卓を賑やかにしていた。賑やかすぎて、怒られる時もあるが。ついでに陽介にまで飛び火して。
 頭を乱暴に掻きながら陽介は溜め息をついた。突然の思い付きなら、止めなければならないだろう。だが今回は日向も許しているので陽介にも、クマを止める理由はない。「仕方ねえなぁ」と呟くと「言っていいクマか!?」とクマが眼を輝かせた。
「その代わり仕事をきちんと終わらせろよ。それから絶対橿宮に迷惑を掛けないこと! それ守れないなら、これからはぜってー許さないからな!」
「り、了解だクマ!」
 びしっと敬礼し、クマは持ち場へと戻っていく。それだけ日向や菜々子と食事がしたかったのだろう。可愛いところもあるじゃないか。そう考えてると「むふふふ……。今日はナナチャンもセンセイも寝かさないクマよー。めくるめく素敵な夜を過ごすクマ……!」と一回聞いただけでは誤解を受けてしまいそうなことを言っているクマの声が聞こえた。
「全然分かってねーじゃねえか……!」
 話を聞いてないクマに、怒りを燃す陽介の横で日向が困ったように笑う。
「笑ってる場合か! あの調子だと迷惑掛ける可能性ありすぎるわ!」
「じゃあ、陽介も来る?」
「へ?」
「クマのお目付けも兼ねて。人数が多い方が賑やかで菜々子も喜ぶ」
「い、いいのか?」
 うん、と頷き日向は「……その方が俺も楽しい、から」と笑う。
「…………」
「仕事終わったら連絡ほしい。それに合わせて準備しとくから」
「あ、ああ分かった」
「うん。じゃあまた後で。仕事頑張れ」
 カゴを片手にレジへ向かう日向を見送り、陽介は俄然やる気がわいて来た。さっきの日向の笑顔が頭から離れない。あそこであんな顔ってことは俺が来るのが嬉しいってことだよな。そう思うと自然と顔が緩んでしまう。
「いやいや。俺はクマのお目付け役なんだからな。それで行くんだからな」
 言い訳がましく呟きながら、つい浮かれてしまう。これではクマを悪く言えない。
 荷だしをする手の動きが早くなる。終わった後の楽しい時間を考えると、心が踊るようだった。


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