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以心伝心




 調理実習中の調理室は、どよめきに満ちていた。教室にいる人間の殆どが、ある一点に視点を集中している。
 その先にいるのはエプロン姿の日向だ。突き刺さる視線の束をものともせず、洗って泥を落したじゃがいもに包丁を当てた。
「橿宮くんすごい……」
「なんだよあれ……」
 するすると剥かれていくじゃがいもの皮に、あちこちから感嘆が漏れた。見事な手つきに女子からも負けた……、と悔しそうな声が聞えてくる。
 こいつの料理はすげえ腕前だからなぁ。
 日向の手伝いをしながら、陽介は苦笑した。今までに何度か日向の作った料理を食べた陽介はそれを知っているが、知らないクラスメートたちからすればかなりの衝撃だったらしい。日向の一挙一動を見守るように、みんな調理の手を止めている。
「おおー、さすが橿宮くん」
「いつみても、すごいね」
 調理台の横では、拍手している千枝と感心のまなざしを日向に向ける雪子が並んでいた。
 二人は、陽介の必死の懇願によって見学に回っている。始めは不満だったようで文句を言っていたが、味見を一番にさせる約束をして事なきを得ている。これであの物体Xの被害を、クラス全体に広げられたりしないだろう。それだけでも陽介は達成感で胸が一杯になった。
「陽介、あれ取って」
 日向が包丁を動かしながら、視線でボールを差した。陽介はおう、と素早くボールを取り、日向の側に邪魔にならないよう置く。
 日向は、皮を剥き終えたじゃがいもをボールに入れる。そしてまだ皮が剥けていないじゃがいもを新たに取りながら、「陽介」と今度は鍋を見た。
「りょーかい」
 陽介は頷いて、すぐに動いた。鍋に水を入れ、コンロに置き火を入れる。
 それからも日向は料理の手をてきぱきと進めながら、細かい指示を陽介に出していく。指示はどれも短く端的で、中には一回聞いただけでは分からないものもあった。千枝らが頭を捻る中、陽介は迷いもせず指示に従っている。
 日向だけに向けられていた感嘆が、陽介にも広がっていく。千枝と雪子も顔を見合わせ驚いていたが、日向たちは気付かず黙々と調理を続けていた。



「……花村。あんたすごいわ」
 出来上がった料理を頬張りながら、千枝が感心したように頷いた。
「へ? なんで」
 きょとんとする陽介に「まぁ、自覚はないと思ってたけどね……」と千枝は呆れ半分に肩を竦めて頭を振る。
「花村くん、橿宮くんの言うこと間違えずに聞いてたよね」
 千枝の代わりに雪子が言った。
「私たちも横で聞いてたけど、分からなかったことがあったから。……間違えないのってすごいなって、思ってたの」
「へ? そうか? 別にどってことねーだろ。なぁ橿宮」
 大袈裟だな、と驚く陽介の横で、日向もうん、と頷いた。
「そんな難しいの言ったつもりはない」
「だよなぁ」
 陽介は悩みながら箸を口に運び、相変わらず上手な日向の料理にうまい、と呟いた。
「なぁ、これ今度弁当に入れてくれよ。また食いたいし」
「ん。でも」
「分かってるって。またセールの日にでもあったら教えるな」
 よっしゃ、と喜ぶ陽介に、千枝と雪子は再び顔を見合わせる。
「……ね、あれだけでそこまで分かるもん?」
「……さぁ?」
 信じられなさそうな千枝に、雪子は神妙な顔をする。
 言葉少ない日向だが、それでも陽介は理解出来ているらしい。
「こういうの、以心伝心って言うんだよね」
 しっくりくる言葉を思い付いた雪子が、手を合わせて嬉しそうに言った。
「うーん。確かに」
 千枝も納得して頷く。テレビの中でも、二人の見事なコンビネーションを見ているので、否定しようがない。
「……でも他のみんなはまた違った目で見てるかもだけど」
 最初は日向だけに向けられていた感嘆のまなざしは、今や陽介にも多く向けられている。言葉少ない日向と的確に意思疎通し、動いていたからだろう。
 だが二人はそれに気付かず、楽しそうに会話を弾ませている。
「知らないのは二人だけ、か。……いやいいんだけど、見せつけられてるっていうか……」
「千枝も食べようよ。美味しいよ」
 難しく唸る千枝に、雪子は呑気に笑って日向の料理を進めた。

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10/12




 ジュネスのビニル袋を手に持って、堂島家に帰った日向は、居間から聞えてくる賑やかな声に眉を潜めた。玄関を見れば、いつもはない靴が一足増えている。それは日向が毎日見ているもので、誰が上がり込んでいるのかすぐに分かった。
 日向は黙ったまま玄関を上り、足音を忍ばせ廊下を渡る。そっと台所の戸口から居間を窺うと、思っていた通りの人物が菜々子と楽しく会話に興じていた。
「陽介……」
 ジュネスのバイトだったんじゃなかったか。学校でそう言って別れた陽介が、こっちより早く堂島家にいる。バイトがそんなに早く終わらないだろうし。
 戸口に立ったまま考え込む日向に、菜々子が気付いた。大好きな兄の帰りに花も綻ぶような笑みを浮かべ「お帰りなさい!」と立ち上がる。菜々子に釣られ、陽介も日向を振り返った。
「よっ、お帰り相棒」
 軽く手を上げる陽介を、素通りし駆け寄ってくる菜々子に「ただいま菜々子」と笑顔を返した。
「いい子にしてた?」
「うんっ。せんたくものもたたんだし、おふろもあらったよ」
「うん。お疲れ様。菜々子は偉いな」
 家の手伝いを率先してやっている菜々子の頭を、日向は優しく撫でた。褒められ、嬉しそうに菜々子ははにかむ。
 仲睦まじい兄妹の光景を眺めながら、「俺の出迎えは無視か……?」と上げたままの手を寂しそうに閃かせた。
「あ、いたのか陽介」
「最初からいただろっ!」
 今更気付いたように振る舞う日向に、陽介は身体を向け直して怒った。だが日向は真顔で淡々と「俺よりも早く菜々子に出迎えられるのは、遼太郎さん以外認めない」と言い返す。
「うっわ……。容赦ねえなお前は……」
 菜々子が絡むとすげなくなる日向に陽介は冷たい、とうなだれた。
「ねえ、お兄ちゃん。なに買ってきたの?」
 日向が持ったままのビニル袋を見つけ、菜々子が興味津津に尋ねた。これ?と日向は軽く袋を掲げ、台所のテーブルに置く。中から出てきたのは、卵だった。
「今日はオムレツ」
「わぁい!」
 喜ぶ菜々子に眼を細める日向に「で、いい加減どうして俺がいるかどうか、聞いてくんない?」と陽介が近付いて、肩に顎を凭れさせる。今まで放っておかれ、寂しそうだ。
 構ってほしい、と全身で言っているような陽介に、日向は小さくため息を吐く。犬を撫でるように、陽介の頭に手をやり「……で?」と短く尋ねた。
 ようやく構ってもらえ、あからさまに表情を明るくした陽介は、一旦居間に戻り、テレビ横にメッセンジャーバックと共に置かれていたビニル袋を手に取って来た。
「これ、秋の限定モノ。結構たくさんあるだろ」
 差し出されたビニル袋の中を覗くと、いっぱいに菓子が詰め込まれていた。日向が帰ってくる前にも開けていたらしい「おいしかったよ」と菜々子が笑う。
「これ、全部やるよ。菜々子ちゃんも好きそうなものがたくさんあるしさ」
 にっこり菓子の詰まった袋を差し出す陽介をまじまじ見つめ、日向は「で、魂胆は何」と単刀直入に尋ねた。
 陽介の笑顔が一瞬で引きつる。冷や汗が頬を伝った。
「……い、いやだな橿宮。俺がそんな下心を持っているように見えるか?」
「見える」
 即座に答え、日向は「で、魂胆は何」とさらに言い返す。
 真顔で尋ねられた陽介は、最初視線を虚ろに彷徨わせていたが、無言の圧力に耐えられず「すんません」と頭を下げた。
「またテストがピンチなんです。今度の中間で赤点取ったら、バイト禁止だって言われてよ……。そうされたら、バイク買う資金が稼げなくなるんだよ。けどもう日にちがないし。でも赤点は勘弁だし! だからさ……」
 今日もバイトするより勉強しろと、親に言われたらしい。
「助けろ、と」
「このとーり! 本当! たのんます!」
 ぱん、と手を合わせて拝み倒す陽介に、どうしようか、と日向は宙を仰いだ。恐らく、先回りしてやってきたのも、菓子で菜々子を味方につけるつもりだったんだろう。そこまで必死になる陽介に、何だか絆されそうになってしまい、日向は甘い自分に対して馬鹿だ俺も、とまた溜め息を吐いた。
「……橿宮?」
 手を合わせたまま、ちらりとこちらの様子を窺う陽介に、日向は洗面所の方を指差した。
「風呂のお湯溜めて」
「……へ?」
「それが終わったら、夕食の準備。菜々子もおなか空いてるだろうから、早く頼む。――菜々子はテレビ見てていいよ」
「なにもしなくていいの……?」
 遠慮がちに尋ねる菜々子に笑って日向は頷いた。
「今日は陽介お兄ちゃんが菜々子の仕事やってくれるってさ。――なぁ陽介?」
 言外に助けてやるから、見返りに家事を手伝えと眼で言う日向の考えを汲み取り「あ、ああ、もちろん」と顔を上げた陽介は何度もこくこく頷いた。
「今日はお兄ちゃんが菜々子ちゃんの代わりに頑張るからさ。菜々子ちゃんはテレビ見てなよ」
「う、うん」
 ありがとうと小さく礼を言って、それでも菜々子は申し訳なさそうに、居間に戻っていく。
「――いいのか?」
「どうせ泊まる気だったんだろ」
 肩を竦めて嘆息し「これぐらいはしてもらわないとな」と言いながら、日向は椅子に引っ掛けていたエプロンを手に取った。
 夕食の準備を始める日向を呆然と見つめる陽介は、だんだんと嬉しそうに笑った。「さっすが俺の相棒」と感謝を込めて抱き付く。
「いいから、さっさと仕事しろ」
 抱き付かれ、卵を割るのに失敗した日向は、ボールから殻を取り除きながら、陽介の肩を押した。
 了解、と敬礼し風呂場に向かう陽介の足音を聞きながら、日向は卵足りるかな、とこっそり心配した。

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首筋



「花村先輩!」
 学校の廊下を歩いていると、突然呼び止められた。声のした方を振り向けば、一人の女子生徒が近付いてくる。名前は知らないが、よく色んな恋愛事情を調べて回っている子だったので顔は知っていた陽介は、怪訝に眼を眇めた。
「何? 俺に何か用?」
 素っ気なく尋ねる陽介に怯まず、女子生徒は詰め寄ってきた。その眼は大発見を見つけたように、煌めいている。
「あの、橿宮先輩にいいヒトが出来たんですか!?」
「はあっ!?」
「おおっ、その反応から察するに、花村先輩も知らないと見えますねー」
 両手を叩き合わせて一人で盛り上がる女子生徒に、陽介は「ちょっ、ちょっと待った!」と慌てた。日向とそう言う意味で付き合っているのは、他ならぬ陽介自身だ。まさか日向との関係が、どこからか漏れたんじゃないか、と陽介は気が気じゃない。
 彼女は恋愛に関する噂を集めている。どうにか出所を聞き出さなければ。
「それ、何処で聞いたの? つか、相手とか知ってるとか?」
 矢継ぎ早に陽介は尋ねる。すると女子生徒は「聞いたとかじゃないんですけど」と前置きし、詳細を熱っぽく語り出した。
「さっき、橿宮先輩に話しかけたんですよ。そうしたらここに」
 女子生徒は、首筋の辺りを指で示す。
「あったんですよ、アレが!」
「アレ……アレな」
 こめかみを押さえながら、陽介は女子生徒の指差す辺りを見つめる。
 心当たりはあった。ありすぎて、全身の血が引いていくような寒気がする。確かにつけたよ、この前の時に。
 青ざめ口許を引きつらせる陽介に「どうしたんですか?」と女子生徒が不思議そうに首を捻った。
「い、いいや。何でもないよ、うん」
 陽介は、勢いよく首を振って否定する。ここで相手が陽介だと知れたら、今度はこちらが奇異の眼で見られ、大騒ぎになってしまうだろう。それだけは避けたい。
「……花村先輩?」
 狼狽し様子のおかしい陽介を、女子生徒は不審そうに見つめた。これ以上ここにいたらボロが出そうだ、と陽介は適当に話を切り上げ、逃げるようにその場を後にした。




「――陽介?」
 教室に入るなり、襟元を閉めようとする陽介に、日向はきょとんとした。
「そうされたら苦しいから止めてくれ」
「いやお前。少しぐらいは、隠そうとする努力もしてくれ」
「なんで」
「なんでもだ」
 危機感が全くない日向を叱りながらも、陽介は気まずく眼を伏せる。
「まぁ、がっついた俺が全面的に悪いんだけどさ……」
 でも、我慢できねーし。したらしたらで、こっちが辛いし。
 ぶつぶつ呟きながら陽介は、カッターシャツのボタンを丁寧に止めていく。締め付けられる喉元の苦しさに、小さく咳をしながら日向は、不可解そうに真剣な陽介を見た。

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テスト前




 ようやく授業が終わって、待ちに待った放課後。しかし背中に暗雲を背負って机に俯せになりながら、陽介は帰り支度をしている日向に「今日はどうする?」と予定を尋ねた。
 日向は陽介を振り向きもせずに言った。
「行かないよ。もうすぐ期末だしな」
「うわー、ヤなこと思い出させんなよ……」
 陽介は、聞きたくないと言わんばかりに、耳を塞いだ。前回の中間テストは散々だった。もし期末まで赤点を取ってしまったら、親から何を言われるか分かったもんじゃない。
「だからテレビに行かないんだ。勉強、付き合ってやるから」
 勉強道具を入れた鞄を手に、日向が席を立つ。そして、突っ伏したままテスト前の現実を受け入れない陽介の肩を揺らす。
「ほら、陽介行こう」
「行きたくねー……。つか、帰りたくねえ……」
 テスト前になれば、親が勉強しろと口うるさくなる。いい点を取れと脅迫を受けているようで、すこぶる家の居心地は最悪だった。
 机にしがみつき離れない陽介に、日向は逡巡しつつ「だだこねても仕方ない。だったら、少しでも勉強したほうがいい」とさっきより柔らかい口調で陽介を宥める。
「それに夏休み補習なんて嫌だろ。俺だってせっかくの夏休みだから陽介と遊びたいし。だから、な?」
「…………一緒にか?」
 陽介が伏せていた顔を僅かに上げる。脈ありな反応に日向はうん、と頷いた。
「夏休み、陽介がいないとつまらないから」
 咄嗟に出た一言だったが、効果はてきめんだった。そっか、と陽介は陽気に笑って、上体を起こす。
「そこまで言われたら、頑張らない訳にはいかねーよな!」
「う、うん」
 気合いを入れて席を立つ陽介は「ほら、早く行こうぜ!」と日向を急かした。さっきまでの悲壮感は、もう霧散して微塵も感じられない。
 自分の言葉のどこが、そんなに陽介のやる気を起こさせたんだろう。首を傾げながらも、日向はカバンを抱えて、陽介の後を追った。

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キスの許可




 読んでいた雑誌を取り上げ、陽介は日向との距離を縮めた。床に手をつき、眼を丸くして驚く顔を至近距離で見つめる。灰色がかかった虹彩に緊張気味の真剣な表情をした陽介の姿が映っていた。
「あの、さ」
 一拍置いて、陽介は声を絞り出すように言う。
「キスしても、いいか」
 見つめる陽介の目許が、うっすらと赤くなる。対して日向は不思議そうに陽介を見て、小首を傾げた。
「キスって、俺と?」
「お前以外誰がいんだよ。そもそも、ここには俺とお前の二人しか……いないだろ?」
「下には菜々子がいるけど」
「この部屋には二人きりだろ」
 だんだん会話の焦点がずれていき、焦りから陽介は眉間を寄せた。ただキスしたいだけなのに、時間が掛かってしまうのは、相手が日向だからだろう。頭が良いし、度胸も寛容さもあるが、極端に自分に向けられる好意に関しては鈍すぎる。それに顔を突き合わせたままでいるのも、心臓に悪かった。
「それで、していいのか駄目なのか、どっちなんだよ」
「陽介的にはしたいんだろう?」
「当たり前だ」
 言い切る陽介に、日向は眼を丸くして、いきなり笑った。
「そこまで必死になるんだな、陽介は。一々尋ねなくたって、別にお前だったらいきなりでも構わないけど、俺は」
「その言葉マジか!?」
「時と場所と状況を弁えなかったら、蹴るけど」
「……それもマジか?」
 うん、と頷かれ、思わず陽介は渋面を作った。
 それでも拒否されないだけ、希望がある。……千枝仕込みの蹴りはとても怖いけど。
「努力する。するから、今もいいだろ?」
「さっき言ったこと忘れた?」
 少し呆れて日向は言った。
「弁えてくれてさえいれば、別にいきなりでも構わないって」
「あ、そ、そっか……」
 二人は顔を見合わせる。そしてどちらともなく笑うと、静かに唇を合わせた。

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