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集中




 放課後の図書室。机に就いた陽介は、隣に座っている日向を椅子に凭れながら不思議そうに見つめた。本棚から取ってきた料理本のページを捲るその顔には、メガネが掛けられている。クマが作ったそれは、テレビの中の世界に立ち込める霧を見通せるが、現実世界ではただの伊達眼鏡にしかならない。
「なあ、何でその眼鏡掛けちゃってんの?」
 聞きたい欲求を抑えられず、陽介は尋ねた。
「……いいだろ別に」
 日向の返答は冷たくそっけない。陽介の方を見ることもなく、読書に集中している。
 出鼻をくじかれ陽介は思いがけない反応に怯みながらも「教えてくれてもいいんじゃね?」と食い下がる。
「だってさ、回りの人の目見て見ろよ。特に女子。お前の方じーっと見てるぜ」
 陽介の言葉通り、日向は静かに周りから注目を受けていた。眼鏡を掛けた姿は元々の端正な顔立ちのせいもあって、人目を惹かれやすい。図書室じゃなければ、きっと歓声が聞こえただろう。
 言われて周囲を見回した日向は、目を合わせないよう顔を反らす生徒らに呆然とした。そしてため息をつきながら眼鏡を外し、持っていたケースに入れる。
「あれ、取っちゃうんだ」
「俺は静かにレシピを読みたいだけであって、注目を集めたい訳じゃない。集中して読みたかったのに」
 家で読む、と日向は本を閉じる。どうやら眼鏡を掛けたのは、集中する為らしい。
 日向がじろりと陽介を睨んだ。
「陽介のせいだからな」
「ちょ、なんで俺のせいになるわけ?」
 気になったから質問しただけなのに。それだけで悪者扱いは酷い。そう反論すると、日向は「だって」と手の中にある眼鏡ケースを弄びながら言った。
「いっつも本を読むとき、横で陽介がじっと見つめてくるから」
「……えっ?」
「……集中出来ないんだよ」
 言いながらだんだん赤くなる日向に続いて、陽介の顔も赤くなる。自覚してなかった行動を認識させられ、恥ずかしくなった。
「わ、悪かった」
 顔を反らしつつ、陽介が謝る。
「今度から気をつける。……なるべく」
「なるべくなのか?」
「だって気づいたら自然と見てるんだからしょーがないんだっつうの」
 言っててどんだけだよ、と思いつつ陽介は自分にちょっとうんざりする。熱い。とにかく顔が熱い。
 二人は顔を真っ赤にして黙り込む。そして二人とも、さっきとはまた違った意味で回りの注目を浴びていることに気づく様子はなかった。

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遠距離


 橿宮が稲羽から引っ越していった日の夜。離れてもずっと一緒だ、みたいなことを言っときながら、相棒がいない喪失感に気力が削がれていた。多分、他の奴らもそうだと思う。いつも騒がしいクマも、家に帰ってから早々に寝床がわりの押し入れに引っ込んでしまった。
 俺も俺で部屋に入るなり脱いだ上着を適当に放り、ベッドに倒れて俯せる。今日は無駄にハイテンションで過ごしたので、精神的な疲労が溜まっていた。だけどそうしなければ、寂しさが一気に突き抜けそうで辛いんだ。
 もう、橿宮は稲羽にいない。
 今日別れたばかりなのに、俺は馬鹿なのでつい思ってしまう。
 ――橿宮に会いたい。

 そう思った時だ。いきなり尻ポケットに入れていた携帯が震えて、着信を知らせてくる。
 不意打ちにびっくりしながら俺は、肘を突いて上体を軽く起こした。そして携帯を取り出しフリップを開く。
 表示されている名前に、胸がどきりとする。
「……橿宮!?」
 今正に考えていた相棒の名前に、俺は妙な緊張で情けなく指を震わせながら、通話ボタンを押した。
「もしもし、花村?」
 携帯越しに聞こえてくるアイツの声に、じんとする。ベッドの上で座り直した俺は、携帯をぎゅっと握りしめ「どうしたんだよ」と明るく言ってみた。いや、寂しいんです、みたいな空気漂わせるのも如何なもんか、と思うしな。だって、まだ一日も経ってないのにどうよ、とか自分でも思うし。
「もう家についた?」
「うん。すごいことになってた」
 尋ねる俺に、橿宮がくすくすと笑いながら答える。
「家についたのは結構前だったんだけど……。入るなりそこらが段ボールだらけで」
 橿宮も橿宮の両親も、同じ時期に引っ越しの荷物を実家に送ったらしい。三人分の荷物なら、それなりに量が多いだろうし。
「とりあえず自分の分だけでも部屋に戻して片付けてたら、もうこんな時間で驚いた」
「じゃあ今まで片付けてたのかよ……。長旅で疲れてるんだし明日でも良かったんじゃね?」
「そうだけど。やっぱり面倒なことは早く終わらせたいし。でも今日は流石に終わるつもり」
 もう眠くて。そう言った橿宮の声は、言葉の通り眠気が滲んでいた。油断したら欠伸しそうな感じがする。
 もうすぐ日付を越えそうな時間をさす時計を見ながら「じゃあ電話かけてないで寝ろよ」と俺は言う。ただでさえ今日は長距離移動してるのに。
「つれないこと言うなよ」
 少しむくれた声で橿宮が言った。
「陽介の声が聞きたくて電話したのに」
「えっ?」
「陽介は寂しくない?」
 その言い方はずるいだろ、と俺は思いながら「……わかって言ってるだろ」と返した。
 やっぱり遠く離れるのは辛い。気軽に会えないし、電話越しじゃなきゃ声も聞けない。
 俺はカレンダーを見た。春休みは始まったばかりで、まだまだ猶予はある。
 もう馬鹿でいいや、と思いながら俺は話を切り出した。
「あのさ、もしこの春休みの間にお前の所に来たら笑う?」
「じゃあこっちも聞くけど。俺がまたすぐそっちに遊びに来たら、陽介は笑う?」
 問いを問いで返され、俺は橿宮が言ったことを反芻した。それって、橿宮も俺と同じことを思ってるって考えてもいいんですよね。
「笑うな。嬉しくて」
 俺がそう答えると、橿宮が「俺もだよ」と嬉しそうに笑う。携帯から聞こえる声に、胸にしこりを作っていた寂しさがほんの少し薄くなって、本当現金だな、と俺は思った。

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ブラック



 昼食を食べ終え、教室でヘッドフォンをつけて音楽を聴いていた陽介の目の前に、突然横から拳が突き出された。顔すれすれの不意打ちに陽介は驚き、頬杖をしていた顔を上げる。そして忽然と側に立っていた日向に「何やってんだよ」とヘッドフォンを外しながら軽く顰めっ面をした。
「ゴメン」
 謝りながら、日向が陽介の机に突き出した手で持っていたものを置いた。
「コーヒー?」
「自販機で買おうと思ったら、ぼんやりしちゃって買うもの間違えた」
 目の前に置かれた缶コーヒーを見つめる陽介に、日向がもう片方の手で持っている缶を軽く振った。日向が持っているのはカフェオレで、机に置かれているのはブラック。なるほど、と陽介は納得した。日向はブラックが苦手だ。
「奢るから飲んで。俺も助かるし」
「そういうことなら」
 丁度眠気覚ましに飲みたかったところだ。陽介はありがたく厚意に甘える。プルトップを開けて口をつけると、舌にコーヒーの苦みが刺さった。
 自分の席へ横向きに座った日向が、カフェオレを飲みながら「よく飲めるな」と羨ましそうに言った。
「俺も飲めなくはないんだけど……。やっぱり甘めの方が好きなんだよな」
「いいんじゃね? 好みなんて人それぞれだろ。皆が皆一緒だったらつまんねーし」
 味覚でも何でも、人によって違うから面白い。
 しかし日向は「でも」とカフェオレを陽介の机に置き、陽介のコーヒーをさっと取った。早業に陽介も動けず、黒いラベルの缶を見つめる日向に唖然とした。
「同じものを好きになりたい気持ちを持つ人だって、いると思うよ」
 そう言って日向はコーヒーを一口飲んで――眉間をきつく寄せた。缶から口を離し「……にが」と舌を出す。
「無理するなって」
 陽介は日向の手からそっとコーヒーを取り戻し、代わりにカフェオレを握らせる。直ぐに甘いカフェオレを飲む姿に口元を緩ませ「強引に同じになる必要もねーだろ?」と言った。でも日向が、自分と同じものを好きになりたいと思っていることが嬉しい。
「いきなりブラックじゃなくてもさ、少しずつ慣れてけばいいんじゃね?」
「……そうだな」
 ブラックの苦みから立ち直った日向が、小さく息を吐いた。そして陽介の手の中にある缶を見て「じゃあ今度はミルク無しから始めてみる」と目標を立てた。

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蜜月の欠片




 借りたタオルを首に引っかけ、日向は音を立てずゆっくり陽介の部屋の扉を開けた。
 真昼の土曜日。まだ陽は高いのにカーテンは締め切られた室内は薄暗い。さっきまでここでしていた行為を考えれば、開けようとも思わないけど。
 ベッドには部屋の主が日向に背を向けていた。近づいてみると規則正しく肩が上下している。風呂を借りる、と一声かけた時一応返事を返してくれたが、完全に目が覚めてないらしい。情事を終えた恰好のまま、幸せそうに口元を緩ませ眠っている。
 背中に自分で引っかいた傷痕を見つけ、日向は少々恥ずかしくなりながら「陽介」と寝ている肩を揺さぶった。このまま一人起きていると、所在無い気持ちになってしまいそうだ。
「……ん」
 日向の方へ寝返りを打ち、陽介の睫毛がぶるりと震えて上がる。ぼんやりした視線で見下ろす姿を認め、何故か唇を不服そうに歪めた。
「服着ちゃったの?」
「人様の家を裸で歩く趣味は持ち合わせていない」
 起きてすぐの言葉がそれか、と日向は呆れながらベッド横に投げられたままのシャツを屈んで取り、陽介の顔に押しつける。
「いい加減陽介も服着ろ」
 有無を言わさない口調に、渋々陽介が従う。のっそり身体を起こしてシャツを着ながら「下取ってくんない?」と日向に頼んだ。
 脱いだものは殆どがベッドの脇に散乱している。日向はズボンと下着を拾って陽介に渡し、ベッドの縁に腰を下ろした。
 ぼんやりと、薄暗い室内を見渡す。いつもこんなことをする為にこの部屋を訪れたりしていない。テスト前には一緒にここで勉強するし、クマがいれば騒がしくも楽しく遊んだりする。
 そうやって普通に過ごす傍ら、今日みたいに抱き合ったりすると、同じ部屋でもどうも落ち着かない感じがした。腰の辺りの鈍痛がさらにそれを際立たせ、何となく日向は俯きがちになる。
 シーツの擦れる音がして、後ろから伸びてきた腕が日向の腹部に回った。自分の方へ引き寄せるように陽介が抱きしめる。後ろに身体が傾きかけ、日向はベッドに右手をついた。
「本当は、もっと一人占めしたいんだけど。あれだけやっても、全然足りないし」
 ため息混じりに陽介が呟いた。首筋にかかる息が擽ったい。
「でも、菜々子ちゃん泣かせたくないしな」
「当たり前だ」
 日向は、腹部から下を探ろうと動く悪戯な手をしつけるように叩いて断じた。
「菜々子を泣かせるぐらいなら、陽介を張っ倒しても俺は帰る」
「お前が言うと冗談に聞こえないのが橿宮クオリティだな。……このシスコンめ」
 ぼやきながらも陽介の声は笑っていて「じゃあさ」とさらに腕へ力を込めた。
「今日はもうしないから、もう少しこのままでいさせてくれよ。これぐらいだったらいいだろ?」
「しょうがないな」
 ぽつりと日向は呟いて妥協する。菜々子は泣かせたくないけれど、やっぱり陽介とも一緒にいたいと思うのも事実だった。だからもっと温もりを確かめたいし、一つになりたいとも思う。精神的にも肉体的にも。
 叩いた陽介の手を今度は上から優しく重ね、日向は肩越しに恋人を振り向いた。
「今は駄目でも、一緒の大学とか行ければ一緒にいれるだろ」
 はっと陽介の目が見開かれ、間近の日向を穴が開きそうなほどに見つめる。
「だからそれまではちょっと我慢な」
 そう言って日向は、陽介の鼻の頭にキスをして目を細めた。
 陽介の薄く開いた唇が、感極まったように震える。そして「それ反則だっつーの」と早口で言いながら、日向の身体をベッドに押し倒してその上に覆いかぶさった。

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逆チョコ




 昼休みに突入した瞬間、日向と陽介は一目散に教室を飛び出した。晴れている日はいつも屋上へ上がる階段を今日は下り、一年の教室が並ぶ廊下から体育館に急ぐ。
 たどり着いた体育倉庫の扉を閉め、ようやく二人は長々と息を吐いた。だが油断はせず、耳を澄ませ物音の有無を注意深く探る。
「……どうよ?」
「まだ授業が終ってないところが多かったみたいだな。誰かが来る気配はない」
 大丈夫と結論づけた日向が、丸められたマットに腰を下ろした。
「あんまり見られてないと思うよ。こっちの授業が早く終わってよかった」
「そうだな」
 陽介はマットの近くに置かれている平均台に座る。閉められた扉を眺め「でも今頃誰か探してるかもな」と呟いた。それに対して日向は苦々しい顔をして、引っつかんできた鞄から弁当を取り出す。
 今日はバレンタインデー。そのせいかいつにも増して学校の雰囲気が浮ついてた。もし諸岡がいたら淫らだ不埒だと怒り狂っていただろう。だがその存在もいないせいか、去年よりやたらと盛り上がっている。去年陽介が稲羽に引っ越して初めてのバレンタインは、校内でおおっぴらにチョコのやり取りをしている者をみておらず、まるで通夜だと思っていた。
 その反動が返っているんだろう。今年はチョコのやり取りをよく見かける。陽介も下駄箱や机の中、ご指名を貰って直に手渡されたりしていた。
 日向に至っては引っ切りなしに呼ばれては、微妙な顔をして戻ってくる。来月にまた転校してしまうせいか、今日の日に勇気を振り絞った女の子達が次から次へとやってくる。
 そして日向はその次から次にされる告白を、全て丁寧に断っていた。
「しょうがないだろう。もう付き合ってる人間がいるのに。曖昧な受け答えして期待持たせたくない。好いてくれるのは嬉しいけど」
 度重なる告白を受けている日向は、好意を無下にしている罪悪感のせいで流石に疲れているようだ。弁当を食べる合間に、憂鬱そうな溜め息を吐く。
「この分だと今日帰る頃には女泣かせの称号がついてそうだな」
 パンを咀嚼しながら、日向が言うところの恋人である陽介がからかった。すると日向はふて腐れ「嬉しくない」と即座に切り返す。
「そんなこと言ってふざけるならお前にチョコはやらん。せっかく菜々子と作ったんだけど、お前のと合わせてクマにやろう」
「嘘。嘘ですって。そんなこと言わないで!」
 陽介は慌てて取り縋り謝るが、日向は冷たく目を反らした。つれない態度に「マジでゴメンって!」と両手を合わせて頭を下げる。
 弁当から箸で摘んだ卵焼きを口に入れしっかり飲み込んでから「どうしようかな」と惚ける日向に、陽介は冷や汗をかく。あまり機嫌が良くない。これ以上しくじったら怒らせてしまう。
 陽介は平均台の脚に凭れさせていたメッセンジャーバッグをちらりと見て言った。
「だから悪かったって! 俺もお前にチョコやるから機嫌直してくれよ」
 出てきたチョコの単語に日向の視線が怪訝そうに陽介へ突き刺さる。すかさず陽介は「ちゃんと俺が用意したんだぜ」と釘をさす。断じて貰ったチョコをそのまま日向に渡したりしない。した瞬間、日向が怒るだろうから。
 陽介はメッセンジャーバッグを開けて中を探る。
「ほらここ数年で逆チョコとか出てきたじゃん。女子から男子――だけじゃなくて男子から女子にもチョコをあげようって言うお菓子会社の陰謀。だからさ、俺も用意してみた訳ですよ逆チョコを」
 見つけたチョコレートを陽介ははい、と日向に差し出した。包装紙に包まれたそれは、ジュネスのバレンタインフェアで仕入れている有名店のチョコレートだ。
 日向は食べかけの弁当を膝に置いて、チョコレートを受け取る。ありがとう、と礼は言われたが微妙な顔をしていた。あまり嬉しそうに見えない。
 手に持ったチョコレートをしげしげと見つめ、日向が思ったことをそのまま言った。
「女の子に混じってどんな風に陽介がチョコ買ったのか想像して」
 ちょっとシュールだった、と余計な一言を付け加える日向に「普通に買った訳ねえだろ」と陽介は軽く突っ込んだ。自分でも考えて、ないわ、と鳥肌が立つ。
「食料品は24時間営業だけどさ、流石に朝早く来るお客もいないだろ。だから品出し手伝ってっから買う目星つけて取っておいて貰ったのを客がいない時間帯を狙って買ったんだよ」
 その時レジを担当していた従業員には、ばっちりチョコレートを買ったことがばれてしまっているが、そこは仕方ないだろう。うまくいくといいわね、と余計なお節介もやかれてしまったが。
 ふうん、とチョコレートを見つめたままの日向が、丁寧に包装を剥がした。出てきた箱の蓋を開ける。綺麗に並べられたチョコレートを一つ指で摘み、口に運ぶ。
「うまい」
「そりゃ高級ですし。で、機嫌は直った? 俺のチョコは?」
「……」
 催促する陽介に、日向はチョコレートを食べながら膝の上の弁当を脇に置いた。そして無言で手招きしてくる。
 不気味に思いながら陽介は素直に従う。
 近づいてきた陽介の顔に、日向の手が指し伸べる。触れたと思ったら、そのまま引き寄せられ唇同士がぶつかった。
 陽介の目が大きく見開く。不安定な体勢を咄嗟にマットヘ手をつくことで何とか保ったが、頭の中は混乱中だ。
 驚く暇もなく日向の舌先が陽介の唇に触れ、こじ開けられた。甘い味が陽介の口にまで伝わってくる。入ってきた物体は、日向が直前に食べただろうチョコレートだろう。
 煽ってんのか。頭が沸騰しそうになる。
 ひたすら甘いキスの洗礼を受け、ようやく唇が離れた時二人の息は荒かった。
「どう?」
 陽介の頬を包む手を放さないまま、日向が悪戯っぽく目を細めた。
「どうもなにも俺が上げたチョコだろ。ちゃんとお前が作ってきたやつをくれよ」
「わかってる」
 手を離した日向は大切そうにチョコレートを鞄にしまい、食べかけの弁当に手を伸ばした。
「夜になってからな」
「今じゃダメ?」
「お楽しみは後がいいだろ。それにお前がしそうなことは把握済みだから。ここで盛られても困る」
「……お見通しですかセンセイ」
 陽介は引き攣った声を出す。流石は相棒。こっちの考えを的確に読み取ってくれる。余計なところまで。
「陽介の行動パターンは結構わかりやすいよね」
 のんびり言いながら日向はプチトマトを口に放り込む。俺ってそんなにわかりやすいのか、と悩みはじめる陽介に「そんなところが陽介らしいけど」とフォローにならないことを言って慰める。
「だから今はさっきのでガマンな」
 日向はそう言うが、さっきあんなことをしてくれるならそのままさせてくれてもいいじゃないか、と陽介は思う。でも口には出さないでおこう。夜の甘い時間は確保出来てるんだから。
 そう思うと夜が一層待ち遠しくなる。陽介はまだ口に残っているチョコレートの甘みを噛み締め、日向に触れたい気持ちを我慢した。

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