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レア 完主




 初めて通された部屋を、日向は遠慮を隠さず、物珍しそうに見回した。学校では族上がりだと言われてる身だ。きっと予想と違っていて驚いているんだろう。
「結構キレイにしてるっしょ」
 おかしそうに笑いながら完二は自室の扉を閉めた。
「お袋がうるさいんスよ。かたつけねーとすぐ怒鳴りつけっから」
 整頓されている部屋を驚いていた日向の眼に、じんわりと納得の色が滲んだ。彼は何度か母親とのやり取りを見られているからだ。以前も家でどれだけ日向のことを話しているか暴露されてしまっている。
 その母親は今、菜々子と一緒に別室へ移動している。
 完二は畳まれて卓に置かれた浴衣を手に取り、「先輩こっち」と呼んだ。
「……でも本当に悪いな。菜々子だけじゃなくて俺まで」
「いいんスよ。先輩には日頃から世話になってんだ。これぐらいどってことねえよ。それにお袋もオレのことで先輩に感謝してるみてえだし」
 中学の頃から荒れていた完二は、日向たちに助けられて一緒に事件を追い始めてから変化が見られた。
 入学してからサボり続けていた学校に登校するようになった。授業にもぽつぽつ顔出し始め、誰かといることが増えた。
 完二の変化に、周りはまだ奇異の目で見ているが、今はそれで仕方ないと思う。そんな風に見られるのは、今までやってきたことの結果だ。だからこれからは理解してもらえるよう努力していかなければならない。分かってもらえないならもういい、と投げ出してはいけない。日向がそう教えてくれたから。
 完二は服を脱いだ日向に、慣れた手つきで浴衣を着せる。その様子を感心した目で見られ、何だかこそばゆくなる。
「帯締めますから。キツかったら言ってくれよ」
「うん。……しかし、浴衣は結構苦しいな」
 ふう、と身体を締め付ける帯のきつさに、日向はたまらず息を吐く。
「昨日の菜々子たちも大変だったんだな……」
「まぁ和服ってのはそんなもんっしょ」
 完二は笑って浴衣の帯を締める。
 昨日は男三人で回った散々な夏祭り。今日もあるそれに、日向は菜々子と行くことになった。
 浴衣が褒められたのが嬉しかったらしい菜々子は今日も着たい、とせがんでこうして完二に助けを求めてきている。それを母親に伝えたら「じゃあ橿宮くんにも着せたらどうかしら」と提案され、今に至っている。
 自分の浴衣まで用意されていると聞き、始めこそ日向は首を縦に振らなかったが、期待する菜々子のまなざしに負けてしまっている。完二が憧れている先輩を可愛いと思うのはこんな時だ。
「はい、これで終了っス」
 帯の結び目をぽんと叩いて、完二は言った。仕上げに浴衣の合わせを整え、着付けの出来栄えを見る。
「いや、先輩。浴衣似合うっスね。惚れ惚れするっス」
「着付けがいいからだよ」
 さすが染物屋の若旦那、と褒めながら日向はまじまじと自分が着ている浴衣の袖を上げてみた。
「この生地はここで?」
「あ? ……ああ、そうっスよ。一応染物屋だから」
「すごいな。きれいだ」
 藍色に染められた生地をそっと日向の指が撫でる。まるで自分が褒められた気になり、完二は照れて頭を掻きながら「……どもっす」と呟いた。
「なんか、先輩に言われると、ウチが染物屋で良かったー、って思っちまいますね」
「ん?」
「こうして先輩に出来ること、一つでも増えりゃ嬉しいってことなんスよ」
 日向を喜ばせようと、彼の大切な妹のために可愛い小物を作ってやれる。そしてこうやって今、日向の頼みをすぐに叶えてやれる自分。今までのことがあったからやれたことだ。昔はそれで仲間外れにされても、こうして大切な人の為に何かしてやれる。それはとても幸せなことだ。可能なら子供の頃の自分に、お前は大丈夫だと教えてやりたい。
 今は何もかも否定されて辛いだろう。頼れる人間もいなくて、立ち尽くしているはずだ。
 でもその進む道の先に、いつか自分を救ってくれる人がいる。
 全てを投げやりにする必要は、どこにもないんだ、と。
「だからこんなことで良けりゃ、いつだって頼んでくださいよ。オレはアンタの為ならすぐ駆け付けっからさ」
 真直ぐ目を見て完二が言った。
「……ありがとう」
 日向がすっと静かに柔らかい笑みを浮かべる。そうやって笑う日向に助けられてきたんだな、と完二は今更のように思った。
 下から母親の声がする。別室でしていた菜々子の着付けが終わったらしい。
「ほら行きましょう」と日向の肩を叩き、完二は部屋の戸を開ける。下ではきっと浴衣姿の菜々子が兄の浴衣を楽しみにしているだろう。
「分かった」と言いながらも、浴衣に慣れてない日向の足取りは少し危なっかしい。ふらついて傾いだ腕を取り「しっかりしろよ、先輩」と完二は笑った。

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いつか 完主




 初めて通された部屋を、日向は遠慮を隠さず、物珍しそうに見回した。学校では族上がりだと言われてる身だ。きっと予想と違っていて驚いているんだろう。
「結構キレイにしてるっしょ」
 おかしそうに笑いながら完二は自室の扉を閉めた。
「お袋がうるさいんスよ。かたつけねーとすぐ怒鳴りつけっから」
 整頓されている部屋を驚いていた日向の眼に、じんわりと納得の色が滲んだ。彼は何度か母親とのやり取りを見られているからだ。以前も家でどれだけ日向のことを話しているか暴露されてしまっている。
 その母親は今、菜々子と一緒に別室へ移動している。
 完二は畳まれて卓に置かれた浴衣を手に取り、「先輩こっち」と呼んだ。
「……でも本当に悪いな。菜々子だけじゃなくて俺まで」
「いいんスよ。先輩には日頃から世話になってんだ。これぐらいどってことねえよ。それにお袋もオレのことで先輩に感謝してるみてえだし」
 中学の頃から荒れていた完二は、日向たちに助けられて一緒に事件を追い始めてから変化が見られた。
 入学してからサボり続けていた学校に登校するようになった。授業にもぽつぽつ顔出し始め、誰かといることが増えた。
 完二の変化に、周りはまだ奇異の目で見ているが、今はそれで仕方ないと思う。そんな風に見られるのは、今までやってきたことの結果だ。だからこれからは理解してもらえるよう努力していかなければならない。分かってもらえないならもういい、と投げ出してはいけない。日向がそう教えてくれたから。
 完二は服を脱いだ日向に、慣れた手つきで浴衣を着せる。その様子を感心した目で見られ、何だかこそばゆくなる。
「帯締めますから。キツかったら言ってくれよ」
「うん。……しかし、浴衣は結構苦しいな」
 ふう、と身体を締め付ける帯のきつさに、日向はたまらず息を吐く。
「昨日の菜々子たちも大変だったんだな……」
「まぁ和服ってのはそんなもんっしょ」
 完二は笑って浴衣の帯を締める。
 昨日は男三人で回った散々な夏祭り。今日もあるそれに、日向は菜々子と行くことになった。
 浴衣が褒められたのが嬉しかったらしい菜々子は今日も着たい、とせがんでこうして完二に助けを求めてきている。それを母親に伝えたら「じゃあ橿宮くんにも着せたらどうかしら」と提案され、今に至っている。
 自分の浴衣まで用意されていると聞き、始めこそ日向は首を縦に振らなかったが、期待する菜々子のまなざしに負けてしまっている。完二が憧れている先輩を可愛いと思うのはこんな時だ。
「はい、これで終了っス」
 帯の結び目をぽんと叩いて、完二は言った。仕上げに浴衣の合わせを整え、着付けの出来栄えを見る。
「いや、先輩。浴衣似合うっスね。惚れ惚れするっス」
「着付けがいいからだよ」
 さすが染物屋の若旦那、と褒めながら日向はまじまじと自分が着ている浴衣の袖を上げてみた。
「この生地はここで?」
「あ? ……ああ、そうっスよ。一応染物屋だから」
「すごいな。きれいだ」
 藍色に染められた生地をそっと日向の指が撫でる。まるで自分が褒められた気になり、完二は照れて頭を掻きながら「……どもっす」と呟いた。
「なんか、先輩に言われると、ウチが染物屋で良かったー、って思っちまいますね」
「ん?」
「こうして先輩に出来ること、一つでも増えりゃ嬉しいってことなんスよ」
 日向を喜ばせようと、彼の大切な妹のために可愛い小物を作ってやれる。そしてこうやって今、日向の頼みをすぐに叶えてやれる自分。今までのことがあったからやれたことだ。昔はそれで仲間外れにされても、こうして大切な人の為に何かしてやれる。それはとても幸せなことだ。可能なら子供の頃の自分に、お前は大丈夫だと教えてやりたい。
 今は何もかも否定されて辛いだろう。頼れる人間もいなくて、立ち尽くしているはずだ。
 でもその進む道の先に、いつか自分を救ってくれる人がいる。
 全てを投げやりにする必要は、どこにもないんだ、と。
「だからこんなことで良けりゃ、いつだって頼んでくださいよ。オレはアンタの為ならすぐ駆け付けっからさ」
 真直ぐ目を見て完二が言った。
「……ありがとう」
 日向がすっと静かに柔らかい笑みを浮かべる。そうやって笑う日向に助けられてきたんだな、と完二は今更のように思った。
 下から母親の声がする。別室でしていた菜々子の着付けが終わったらしい。
「ほら行きましょう」と日向の肩を叩き、完二は部屋の戸を開ける。下ではきっと浴衣姿の菜々子が兄の浴衣を楽しみにしているだろう。
「分かった」と言いながらも、浴衣に慣れてない日向の足取りは少し危なっかしい。ふらついて傾いだ腕を取り「しっかりしろよ、先輩」と完二は笑った。

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川辺にて 完主




 夏の陽光が川面にきらめく。
 反射する光に眼を細め、手で庇を作った完二は川につけた足を軽く上げる。すると、ばしゃと水が跳ね、川の流れの上に小さな波紋が浮かんで消えた。
「あー……。暑いっスね」
「うん」
 完二の言葉に返ってきた相槌は、さほど暑いと思っていないような平坦さがあった。完二は、庇を作った手を膝の上に落とし、隣を見る。
 隣には完二と同じようにジーンズの裾を捲りあげ、足を川の水に浸している日向が座っていた。いつもと変わりない様子で、ぼんやりと向こう岸を眺めている。まさか暑さを感じていないんじゃ、と完二は思ったが、よく見ると、日向の眼が普段よりぼおっとしていた。しっかり暑さにやられている。
 そして日向の向こう側には釣り道具。今日は一度も釣れておらず、ついに諦めたらしい。
「なぁ先輩」
「うん?」
「そんな日もあるって。また日を変えて挑戦すりゃあいいんスよ」
 完二が励ますと、日向は溜め息を吐いた。
「……でもヌシが」
「……そんだけデケェ獲物なら尚更でしょうが」
 ヌシを狙っていたとは。完二は内心びっくりする。この人はたまに大胆なことをしでかしてくる。
「魚の餌がもうないんだ」
 無念を滲ませながら、日向は声を窄ませた。
「後もう少しなのに」
 これでキツネが喜ぶのがしばらく先になってしまった。
 そう呟く日向に完二は苦笑する。言葉の通じない存在の願いごとを叶えようとする奴なんて、この人以外には知らない。
「仕方ねぇスよ。日を改めましょうや」
 完二は川から足を引き抜いて、肌についた水気を振って払い落とす。
「ジュネス行きましょうよ、ジュネス。珍しくオレがおごりますから」
「本当に珍しいな。明日は雨が降りそうだ」
 眼を丸くして見上げる日向に、完二は口許を大きく上げて笑った。
「たまには可愛い後輩の言うこと聞いてくださいよ」
 そう言って手を伸ばす。「そうだな。悪かった」と日向は伸ばされた手を掴み、川から上がる。そして、放置していた釣り道具を片付けながら言った。
「ビフテキが食いたい」
「いや、暑いんスからせめて冷たいモンに……」

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花主小話三本立て




1

 水着に着替えた相棒は、荷物から何かを取り出し「花村」と俺を呼んだ。
「悪いが手伝ってくれ」
「……日焼け止め? 背中に塗りゃいいのか?」
「うん。頼む」
 くるりと背を向けた相棒の肌は白い。これが日焼けして赤くなったら、想像すると痛々しい。
「りょーかい」と俺は早速蓋を開けて、手の平で日焼け止めクリームを伸ばし、相棒の背中に当てる。そうしたら一瞬 相棒の肩がびくって跳ねて、ちょっとかわいい。
「まんべんなく塗ればいい感じ?」
「うん。首も頼んだ」
「どうせなら前も塗って差し上げましょうか、お客様?」
「それはいい」
 面白半分でした提案は、すげなく却下されちまった。ま、いいけどね。
 日焼け止めクリーム越しに触れる相棒の肌は、手入れしてんのって聞きたいぐらいにキレイだ。これ女子たちが見たら、騒ぎそうだ。りせとかは特に。
 背中はあらかた塗り終えた。後は首だけだと、新たに手の平へ日焼け止めを出す。
 さて塗るか。首に視線を移して――俺はそこから目が離せなくなった。
 肌はやっぱり白い。でもオトコノコなんだから、細くはないし硬そうだけど――どうしてか俺の目にはおいしそうに見えてしまった。日焼けもしてないそこに歯を立てて赤い痕つけちゃったら――コイツどんな顔するのかな。
 噛まれた小さな痛みに首を押さえ、困惑する相棒を思い浮かべる。やべぇ、興奮してきた――。
「……花村」
「はいぃっ!?」
 相棒の冷ややかな声に冷水をかけられた気持ちになった俺は、直立不動になった。まさか考えてることバレた!?
 戦々恐々とする俺を肩越しに見て「鼻息が荒い」と相棒は一言。
「そういうのは里中たちの前では止めとけ。下手すれば蹴られる」
「……ははっ……そうっすね……」
「せっかくの海だ。楽しくいこう」
 もっともなことを言って相棒は身体ごとこっちを向いて「首ぐらいはする。ありがとう」と俺の手から日焼け止めをさっと取った。自分でさっさと塗っちゃう相棒を見て、俺は僅かに安堵した。マジで首に痕つけたりしたら、相棒だってドン引きだ。俺達は友達だってのに――。
 準備を終えた相棒が「行こう花村」と俺を呼んだ。
「みんなが待ってる」
「……そうだな。行くか」
 俺は気分を入れ替えて笑い、相棒と更衣室を出る。また後で日焼け止め塗るチャンス来ないかなと心の片隅で思いながらも、砂辺で待ってるだろう仲間たちの元へ向かった。


2


 里中がキツネから貰った服に着替えた。よくあるカンフー映画に出てきそうな格好になって、見るからに上機嫌だ。
「これなら、どんなのが来ても、どーんって吹っ飛ばせる気がする!!」
 嬉々として構えを取る里中に、俺はアイツの前へ不用意に立つことはしまい、と心に誓った。シャドウと間違えられて吹っ飛ばされたらシャレにならん。
「……にしてもツネ吉はどっからあんなの持って来たんだろうな」
 なあ、相棒。俺は尋ねかけ、アイツの真剣な眼差しに口をつぐんだ。
「……里中の服、いいな」
「……そういやお前も格闘モノ好きだったよな」
 相棒はクールで大人びた雰囲気を身に纏っているし、周囲もその認識が強い。だが実際、相棒は割と熱い心の持ち主だ。弱いものが困っていたら放っておけないし、時に里中から蹴り技を伝授されては、二人してシャドウを次々とぼこぼこにしていく。
 相棒は毛繕いしているキツネの傍に片膝をついてしゃがんだ。両手を伸ばし、野良狐にしては綺麗な毛並みをさらに整えていく。アイツの手つきは気持ち良いらしく、キツネはうっとり目を細めなすがままだ。
しばらくキツネを撫でつづけていた相棒がふと口を開いた。
「なあ、俺にも里中みたいな服――」
 相棒の言葉は最後まで続かなかった。何を言われるのか察したキツネが、さっさとアイツから離れてしまったからだ。
「……あ」
 呆然としちゃうアイツを一瞥し「コン!」と鳴いたキツネは振り返りもせずに、未だはしゃぐ里中たちのところに向かった。
「うっわー……」
 さっきまでの従順さが嘘みたいな手の平の返しようだな、オイ。変わり身の速さに、俺はキツネのしたたかさを改めて認識した。
 キツネに逃げられた相棒は、しゃがんだ体勢のまま動かない。哀愁漂う姿に、俺はつい泣いてしまいそうだ。相棒の後ろに立ち、俺は沈んだ肩にそっと手を置いた。
「気にするなよ。アイツ気まぐれだし、また何かくれるって」
「……花村」
 俺を振り返り、相棒は真顔で言った。
「沢山賽銭すれば服くれるかな?」
「やめなさい」
 俺も真顔で止めた。どんだけ欲しいんだよ!?


3


 クマも厄介になってるし、これぐらいはしなきゃだよな。俺は惣菜が入ったビニル袋を持って鮫川河川敷を歩いていた。
 向かう先は相棒の家だ。元旦が過ぎて早々、菜々子ちゃんと堂島さんはまた入院している。二人とも経過は良好だが、念のためらしい。だから堂島さんの家には相棒と、センセイが寂しくならないように、と勝手な理論を発動させて居候を決めたクマとの二人暮らしだ。
 最初は強引に相棒のところに転がり込んだクマにイラっとした。けどその日の夜に相棒が倒れたとクマから連絡を受けて、アイツがいてよかったと考えをあっさり翻した。もし一人きりで倒れたまましばらく見つからなかったと思うとぞっとする。
 そんなわけでクマは居候を続行し、俺はと言えばバイトが終わった後で惣菜を持って、夕飯をご相伴になっている日々を送っている。
「うー、さむっ」
 雪はやんでるけど、外の空気はすごく冷たい。防寒をしっかりしてないとすぐに風邪をひきそうだ。アイツの家に着いたら、コーヒー淹れてもらおうかな。ポケットに指先がかじかんだ手を入れて足早に歩く俺は、その先で信じられない光景を見た。
「――何やってんだアイツは!」
 病み上がりであるはずの相棒が、川辺にいた。釣り竿を川面に向かって投げている。
 この寒い日に釣りなんてしてる場合かよ! 走り出した俺は、階段を駆け下り、相棒の元へ向かった。
「おいっ!」と怒りも隠さず俺は相棒の肩を掴んだ。水面の浮きを見つめていた相棒はいきなり肩を引っ張られ、驚いた顔を見せている。
「……なんだ陽介か」
「なんだじゃありません。すぐにやめて帰るぞ」
「ヌシ様が待ってる」
「俺は待てませんから。また風邪ひく気か?」
「一度引いて免疫あるから平気」
「ぶり返すって言葉があるだろ。いいから帰る!」
「せめてこの分だけでも」
「駄目です。これ以上駄々こねたら、堂島さんと菜々子ちゃんに言うぞ」
 ちょっと卑怯だけど出した二人の名前に、渋々相棒は浮きを引き上げ、釣り道具を片付け始めた。
 俺はほっと胸を撫で下ろす。ったく、油断も隙もありゃしない。
「暖かくなったら、たくさんすればいいだろ。ほらコーヒー淹れてやるから拗ねるなって」
「……ミルクたっぷりで頼む」
「へいへいっと」
 少し拗ね気味の相棒の背を押して俺たちは歩き出す。どうせだから砂糖も淹れてすごく甘いコーヒーにしてやろう、と思いながら。

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嬉しい要素

雪千要素あります


 雪子が教室に戻ると、そこに親友の姿はなかった。周りを見渡しても、やってきた放課後をどう時間潰しをするか賑やかに話している同級生たちしかいない。横を通り抜けた男子らが、雨降ってるしジュネス行こうぜ、と言うのが聞こえた。
 きょろきょろしながら自分の席に向かう。ぼんやりした様子に、二つ後ろの席から「天城どうしたん?」と陽介が話し掛けてきた。
「千枝がいないみたいなんだけど……」
「ああ」と陽介が意を得たように頷いた。
「里中だったらもう橿宮と帰ったぜ」
「えっ?」
 千枝が日向と帰ったことに、雪子は衝撃を受けた。それに気づかず「二人揃って急いで行くことねーのにな」と頬杖を突き、雨が降る外を見て苦笑する。
 雪子は混乱した。日向を相棒と言って憚らず、他の誰かといるのを見る度にちょっと拗ねる陽介が平然と笑ってるなんて。確かに千枝は二人にとっても大切な仲間だけど。
 もしかして二人の行き先を知ってるのかな。雪子は落ち着かないままで陽介の席に近づいた。
「ねえ、花村くんは千枝たちがどこに行ったか知ってるの? 一緒に帰ろうと思ってたんだけど」
 雪子には旅館の手伝いがある。テレビでシャドウと戦ったりもする。他にもタイミングが悪いせいか、最近千枝と一緒に下校できない日が続いていた。
 すると、陽介は物憂い表情になり、ため息をついた。
「いや……、教えてもいいけどさ。ちょっと天城には刺激が強すぎるかも」
「刺激? 刺激ってなんのこと?」
 しまったと陽介が口を押さえた。怪しい素振りに雪子の目が険しくなる。稲羽でも有名な美少女に睨まれるのは、普通の男ならそれでも嬉しいかもしれない。だが彼女がひた隠しにしていた一面を知る一人である陽介からすると、恐怖以外の何物でもない。この目は、本気の天城越えをしそうな目だ。
「言って」
 有無を言わさぬ口調で、雪子が聞いた。
「言わないと……」
「わかりました。言います。言いますから睨まないで」
 凄みのある声に、陽介はあっさり落ちた。


 商店街の中ほどにある中華料理店――愛家。その出入り口にへばり付くように、雪子と陽介は店内を窺った。
 カウンターに並び、楽しそうに食事をしている千枝と日向の姿を確認する。そしてその周りにいる客たちは誰もが呆然として、二人を見ている。
「いやー、相変わらず肉に関しては、目を疑う食いっぷりだな」
 流石は肉研究会メンバー、と呆れ半分に陽介は呟く。雨が降った日、差し迫った状況でなければあの二人はよくここへ直行している。
「……」
 無言の雪子に陽介はそっと自分の傘を半分差し出す。雪子も傘をさしてはいるが、千枝らに見つからないよう意識しすぎて、前のほうに雨がかかってしまっている。
「天城、肉苦手だろ。前も肉丼の匂いに胸やけしそうだっつってたし。だから刺激強すぎんじゃねーのって止めたつもりなんだけど……聞いてないね、俺の話」
 陽介の言葉には耳を貸さず、雪子はじっと店内を見ている。
 そして呟いた。
「どうして私の胃袋って丈夫じゃないんだろう……」
「アイツらみたいに丈夫すぎんのも問題ありだと思うけどな」
 とりあえず愛家の店主は雨の日に二人が来る度、スペシャル肉丼を完食させられてる分、懐が痛んでいるだろう。ジュネスでウルトラヤングセットを軽々と食す様子を見た陽介も目眩を覚えたほどだ。
「……花村くん」
 肩をわなわな震わせ、雪子が突然振り向いた。気迫の篭った目に「はぃい!?」と陽介は上擦った声を上げる。
 がっしりと陽介の手を掴み雪子は言った。
「お願い! お肉食べられるように特訓に付き合って!」
 あ、俺、面倒ごとに巻き込まれてね?
 陽介は確信するが、もう遅い。
 軽はずみに言うんじゃなかったと後悔する陽介を余所に、雪子は一人闘志を燃やしていた。


「――と言う訳で愛家に来たが」
 あれから数日。陽介に拝み倒され共にやって来た日向は、備え付けの塗り箸を筒から取った。目の前には運ばれてきた肉丼がある。今日は晴れているので、普通の大きさだ。同じ物が、それぞれテーブルに着いた雪子と陽介の前にも置かれている。
 食べる前からツユでよく煮込まれた肉の匂いが鼻を刺激する。陽介や日向はともかく、雪子は挑む前から顔色が悪かった。箸を持つ手が、微かに震えている。
「天城、大丈夫?」
 心配そうに日向は雪子を案じた。その隣で陽介が「無理しないほうがいいんじゃね?」と思い止まってほしいように言うが、雪子は気丈に首を振る。
「ううん。まだ一口も食べてないのに諦めるなんて出来ないよ」
「いやー……、無理されて何かあったら、俺の身に危険が及ぶんだけど」
 雪子に無茶をさせたと千枝に知れたら。考えるだけで陽介は身震いする。やべえ。シャドウみたいに吹っ飛ばされる。
「陽介は、墓穴を掘るのが得意だから。たった一回うっかり発言するだけで、ここまで悪いほうに転がれるのはすごい」
 他人事のように言い、日向が「いただきます」と手を合わせた。それを恨みがましく陽介が横目で見遣った。迂闊な発言をしたこちらにも非はあるが、日向にも同じことが言える。自分からすると苦手な物だけど、親友からすれば大好きな物。それを同じように楽しんでいる日向を、雪子は羨ましがっているせいでこんなことになったようなものだ。
「食べないのか? 肉丼は熱いうちに食べるのが一番美味しいのに」
「食うよ!」
 半ばやけくそに言って、陽介は肉丼に手をつけた。一口に運ぶと、タレの染み込んだ、しかししつこい味が広がる。大量に食べたら、胃もたれしそうだ。
「……」
 大量に盛りつけられた肉を少しずつ食べていた雪子の表情が、だんだん悪くなっていく。それに伴って箸の動きも鈍くなり、遂にはとうとう止まってしまった。
 やっぱりいきなり肉丼はきついよなあ、と陽介は思った。そもそもこれで苦手な物が食べられるようになれれば、誰だって苦労はしない。
「天城、無理すんなって。腹壊すぞ」
「もうちょっとだけ……」
 あまり中身の減っていない肉丼を見る雪子の目は恨めしそうだ。そびえ立つ壁は、余りにも高い。
 とん、と日向がいつの間にか平らげていた肉丼の器をテーブルに置いた。
「天城。それは俺が食べよう」
 いきなり告げると同時に日向の腕が伸び、雪子の肉丼を掠め取った。突然の行動に、陽介と雪子が絶句する。
 先に我に返ったのは、陽介だった。
「お、ま……っ。何やってんだよ!」
「ひくふぉんふぁべふぇる」
「んなの見りゃわかるわ! つか、食いながら喋んな!」
 陽介に叱られても、日向の箸は止まらない。一気に掻き込んで山ほど盛られていた肉丼は、日向の胃袋へ消えていった。
 日向の前に二杯目の器をテーブルに置く。空っぽになったそれを覗き込んだ陽介は「あああ~、マジ食ってっし!」と声を上げた。
「橿宮! お前人の物は勝手に食べるんじゃありません!」
「お金は俺が出す」
 それに、と日向がまだ呆気に取られている雪子を見る。
「そんな顔で食べたって美味しくないし、楽しくない」
 ぴくりと雪子の肩が震えた。
「俺が里中と食べに行くとき、いつも里中はおいしそうに食べてる。だから俺もそれにつられるんだ。だけど、今の天城と一緒だったら里中は楽しいと思えるか?」
「……楽しむより、心配すると思う」
 苦々しく雪子は首を振った。持っていた箸を置き、静かにため息を吐く。
「陽介から事情を聞いたときから思ってたけど、どうしても肉を好きになる必要はない。要はお互いに自分の好きな物を食べればいい」
 そう言って日向は陽介をちらりと見た。
「俺と陽介だってけっこう好きな物は違うけど」
「……まあ、全然気にならねーわな」
 陽介は頬を掻きながら、最初から自分と日向のことを例にあげれば良かった、と思った。たまに目玉焼きには何をかけるかなどと、どうでもいい論争をしてしまうが、至って仲が壊れるような深刻さはない。それぐらいで壊れてしまう絆でもない。
 日向がテーブル横の調味料と共に備え付けられているメニューを取り、考え込んでいる雪子に差し出す。
「……橿宮くん?」
「さっきも言ったが肉丼代は俺が奢る。だから今度は天城が好きな物を選ぶといい。もうすぐ里中も来る」
「里中来んの?」
 陽介は驚いて、頷く日向を見た。
「ちょっと時間は遅らせてるけど。天城も俺達より里中と一緒のほうがいいと思って。陽介、肉丼食べた?」
「ちょ、席立つフラグ?」
 途中食べる手が止まったせいで、陽介の器にはまだ半分中身が残っている。濃い味の肉丼を一気に食べるには躊躇う量。
 だが無情にも日向は腕時計を見て言った。
「あと一分で出るから。ファイト」
 ファイトじゃねえ。陽介は呑気な相棒にツッコミたくなるが、その時間も惜しい。丼を持って、一気にかきこんだ。
 陽介が食べ終わったのを確認し、席を立った日向は伝票を手に取った。口をもごつかせながら胸を押さえる陽介も、それに続く。
「あの、橿宮くん」
「里中によろしく」
 メニューを手に見上げる雪子へにっこり笑い、日向は陽介を引っ張って店を出た。
 何だか最初から彼には見透かされていた気がする。呆然と二人を見送りながら、雪子は思った。
 深呼吸して、メニューを開く。今度は日向の言う通りにして、きちんと自分の好きなものを選ぶつもりだ。
 もうすぐ千枝が来る。その時間を楽しくするために。


「陽介はいつも通りだったな」
 日向はジュネスのフードコートで買ったソフトクリームを食べながら言った。肉丼の後でよく食べれる、と思いながら見ていた陽介は「何が?」と首を捻る。
「天城みたいに、ちょっとは妬いてくれるかと思ったんだけど」
「妬くって……お前と里中だろ?」
 少し考え、ないな、と陽介は結論を出した。ちゃんと根拠だってある。
 テレビでシャドウとの戦闘をしていた時だ。刀で切り付けた後、追撃でシャドウを蹴り飛ばした日向を見ていた千枝の目は、かっこいいと見惚れるものではなく、成長した弟子を見守る師匠のようなそれに近い。
「なんだ」
 つまらなそうに日向が呟く。ソフトクリームをきっちり食べ切り、唇の端に着いたコーンのかすを指で拭った。
 不満そうな様子に「もしかして、妬いてほしかった……とか?」と僅かに身を乗り出す。あからさまに感情を表さない日向にしては珍しいことだ。
「まあちょっとは」
 素直に日向は認めた。
「陽介の気持ちを試すようで悪かったとは思うけど」
「いやいや。俺はこれぐらいだったら平気だし」
 それどころか、妬いてほしかった、なんてかわいいと思う。恋人冥利に尽きると言うものだ。自然と顔が綻ぶ。
「どうした?」
 にやにやする陽介を日向が覗き込む。
「いや、愛されてんなーって」
 さらに陽介は身を乗り出す。顔はさっきよりも緩んでいた。
「なあなあじゃあさ、今度は俺とどっか食べに行かね? フードコートとかじゃなくて、どっか別の場所でさ」
「愛家で肉丼?」
「いやいやいや。愛家とかでもなくて。もっとどっか別の場所!」
 里中じゃあるまいし、せめて肉からは離れてほしい。陽介は日向の両肩をがっしり掴む。
「沖奈にすっか! 今度いつ空いてんの?」
「んん、と。ちょっと待ってくれ」
 陽介に掴まれた肩を離してもらい、日向は取り出した携帯のフリップを開く。
 陽介はスケジュールの空きを探す日向をじっと見る。やっぱりかわいいな、とさっきの日向を思い返した陽介は、つい彼の頬を突きたくなってしまった。

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