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ある暑い日のこと 花村+クマ




 暑い暑いと言いながら、陽介は家に戻るなり、自室の冷房を入れた。低く静かな起動音を立て、涼しい風を送り込むエアコンの下を占領して、掴んだ襟元をばたばたと扇ぐ。喉元を伝う汗をうっとうしく拭い、ようやく暑さから開放された安堵から、はー、と肺から息を吐き出した。
 今年の夏も暑い。都会の熱を吸い込んだアスファルトからの蒸し暑さとは違って、稲羽市のは真上から太陽の熱が暴力的に降り注いでくる感じがする。長時間直射日光に晒されたら、倒れてしまいそうな力があった。
「暑っクマー……」
 着ぐるみを来たままのクマが、緩慢な動きで部屋に入ってくる。おぼつかない足取りでよたよた歩いて床に座り込み「ヨースケ、クマにも風、風」と催促する。エアコンの前に陽介が立たれていては、クマの方にまで涼しい風が届かない。
「お前はまず、それを脱げって」
 陽介はうんざりしながら、クマを指差した。
「見てるだけで暑苦しいっつうの。きっと脱ぐだけで大分違うぜ」
 もこもことしたフォルムの着ぐるみは愛らしいが、今は見ているだけで暑苦しさが先に立つ。
「そうクマね……」
 クマは頷いて、頭と胴体を繋げるチャックに手を伸ばす。よっほっ、と声を上げながらチャックを一回りし、着ぐるみから出てきたクマは「うっひょー、全然違うクマねー」と涼しさに両手を広げて、喜んだ。
 汗だらけのクマを見て、陽介は顔をしかめた。前髪も、汗のせいでぺっとりと額に張り付いてしまっている。暑いと分かっていても、クマは着ぐるみを着たがるが、その気持ちを陽介はよく理解できなかった。
「お前さ、暑いんだからそれ脱いで出かけりゃいいだろ」
「でも着てないと落ち着かないクマよ」
 それは元々、その着ぐるみ自体が本体だった頃からの名残からだろうか。しかし、中身――と言っていいのか分からないが――が生えてきた今は、どうしても着る必要だってないだろう。
「熱中症になってもいいのかよ。倒れてからじゃおせーんだぞ」
「うむむむむ……」
 頭を抱えて悩みながらクマは「こっちの世界でもペルソナが使えればいいクマ」と言った。
「ああ、そっか。お前氷結属性得意だもんな……」
 一瞬、名案だと陽介は思ったが、使えたら使えたで問題が出てきそうだと考え直す。ペルソナを使う場面を見られたりしたら、それこそ大騒ぎになるだろう。
「……ダメクマかね……?」
「部屋氷漬けにされても困るしな……」
「難しいクマね……」
 二人は揃って哀愁漂う溜め息を吐く。そして流れる汗を拭うクマに、陽介は扉を指差した。
「とりあえずお前は風呂。汗流してこい」
「暑い時に熱いお湯は嫌っクマ」
「上がったらホームランバー出してやるから」
「行ってくるクマ!」
 ホームランバーと聞いて直ぐに部屋を出ていったクマに、扱いやすい奴だな、と陽介は軽く肩を竦めた。

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保護者 主人公+花村+クマ




「……買い出し付き合ってくれてるお礼に、何か菓子でも奢ろうか?」
 お菓子売り場に差し掛かると、日向が陽介に何気なく聞いた。
「いやいいし」
 即座に陽介は手を振って断った。
「つか、お前って、何気に俺を子供扱いしてねえ?」
 弁当を持ってきてくれた時は好物ばかりだったし、授業で当てられても嫌な顔せずに答えを教えてくれる。嬉しいし有り難いけど、たまに甘やかされているような気持ちになる。
 日向は瞬きながら、陽介の顔をじっと見た。
「そうでもない……と思う。多分」
「しっかり否定しろよそこは!」
 確かに情けないところばかり見せているし、泣いてしまった時は慰められて、日向には面倒ばかりかけているのは陽介も自覚している。だけどここははっきりと否定してほしかった。本格的に駄目な子みたいな気分になって、落ち込んでしまう。
 眩む頭を押さえ、溜め息を吐いていると「センセーイ」と後ろから明るく弾む声がした。日向と陽介が揃って振り向けば、煌めく笑顔を振りまくクマがエプロン姿で走ってきた。
 クマは両手を広げ、真直ぐ日向に「いらっしゃいクマー!」と抱き付く。
「センセイが来てくれるなんてクマちょー感激!」
「クマは今日も仕事?」
「そうクマよー」とクマは抱き付いた日向の胸にすり寄りながら答えた。
「今日一日、頑張って働いたの。センセイ、クマを褒めてくれる?」
「うん。偉い偉い」
 日向はハチミツ色の髪を撫でながらクマを褒めた。満足そうなクマを見て、面白くないのは陽介だ。
「こら、お前はまだ仕事終わってねーだろ」
 クマの後ろに立って、陽介はその首根を掴み日向から引きはがす。
「ちょっ、何するねヨースケ!」
 後ろから引っ張る手を払いのけ、クマはむっと唇を尖らせ抗議した。だが陽介も負けず、半眼でクマを睨み返す。
「この前寝具売り場のベッドで寝てたのはどこの誰だよ」
 見に覚えのあることを持ち出され、「そ、それは……」と少しクマは怯む。
「また夜の間ずっと仕事したくなかったら、しっかり働け」
「んもうヨースケは厳しすぎるクマ……」
「頑張れ」
 日向がクマの頭に手を置いて、優しく撫でた。
「菜々子がまたクマと遊びたいって言ってたから、仕事しっかりやって会いに来てやってくれ」
「ナナチャンが!?」
 菜々子の名前が出た途端、クマは「ナナチャンが待ってるならクマ頑張る!」とやる気を見せた。そして「また今度お菓子を一杯買って持ってくるクマ」と元気に言いながら、売り場に戻っていった。
「元気だな」
「元気が有り余りすぎて、たまにこっちまで被害がくるけどな……」
 クマを見送る日向に、陽介が疲れた声で言った。賑やかなのはいいが、たまに振り回されすぎて、こっちが疲れてしまう。
「でも放っておかないんだろう? 何だかんだ言っても、陽介はクマの保護者してるよな」
 指摘して小さく笑う日向に「お前にそれは言われたくねーなぁ……」と陽介は肩を落す。しかし、確実にクマの保護者は自分だと周りに浸透しているのが事実だ。陽介はまた眼の眩みを感じると、こめかみを押さえ深々と溜め息を吐いた。

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/親子のような 陽介+クマ+完二+千枝




「あれ? クマくんどしたの?」
 秘密結社研究ラボの入り口、クマが隅っこに蹲っていた。頭を抱えながら、ぷるぷると震えている。
 だいだら.に持っていく素材を手に入れようと、日向たちとラボへ入っていった時までは、普段通りのクマだったのに。急変した様子に、千枝は眉を潜めた。
 恐らく、ラボの中でその何かがあったんだろう。だがその時、千枝は同行していなかったので知る由もない。
 とりあえず近付いて「おーいクマきちー」と声を掛けたが、クマは千枝には気付かず、悲しい表情で震えるまま。今にも泣きそうに「センセイに嫌われちゃったクマ……」と呟いている。
 え?と言葉の内容に驚く千枝の腕を、完二が引いた。そのままクマから離れ、他の仲間たちがいるところまで連れていかれる。
「ちょっ、完二くん?」
「里中先輩。今はアイツそっとしておいてやったほうがいいっすよ。何言っても聞こえねえから」
「へ……? な、何で?」
 千枝は、完二と蹲っているクマを交互に見ながら困惑した。
「いや……」と頬を掻きながら、言葉を濁す完二に代わって、陽介が溜め息混じりに説明する。
「ほら、さっき俺と完二とクマで中に入ってっただろ。そん時にちょっと、な」
 シャドウとの戦闘は、日向が仲間に指示を出している。その指示は的確で効率的にも良いのだが、ある戦闘でクマは日向の指示を無視して動いてしまった。
「あん時、クマの攻撃でシャドウがみんなダウンしたから、アイツそのまま全滅させる気だったと思うんすよ」
 腕を組み、難しい顔で完二が空を仰いだ。毒々しい赤色の空に口を歪めて、でもと言葉を続ける。
「そん時、先輩クマに回復頼んでたんす」
「みんな結構ヤバかったからな。橿宮は体勢を整えるつもりだったんだろ」
「……でもクマくんは攻撃を優先させちゃった、ってこと?」
 クマの丸まった背中を見ながら言った陽介に、千枝はそう聞いた。
 陽介は千枝をちらりと見て、頷く。
 その後、クマの攻撃で倒しきれなかったシャドウが反撃し、危ないところまで追い詰められらしい。事情を知って、そりゃ橿宮くんも怒りそうだわ、と千枝は嘆息した。
 テレビの中でシャドウに倒されることは、死を意味する。こっちは絶対にやられてしまうわけにはいかない。
 道理で戻ってきた日向の表情がいつになく厳しかったんだと、千枝は納得してしまった。
「……オレ、先輩が本気で怒るの初めて見たっすけど……、すっげえ怖かった……」
 その時を思い出したのか、完二は寒気がして鳥肌が立った腕を擦る。
「怒鳴ったりはしねーんすよ。ただどうしてそんなことをしたのか、静かに聞いてて。クマが下手な言い訳繕ったら、辛そうな顔するし。それにあまりに真剣だから、見ているこっちも何か悪いことした気分に……」
 それきり完二は口を噤んでしまった。
 恐いもの知らずな完二でさえ、この反応。日向の静かな怒りを正面から受けたクマからすれば、かなりショックだったんだろう。
「あ、あたしその場にいなくて良かったかも」
 もし居合わせていたら、それはもう居心地が悪かったに違いない、と千枝は思った。クマと完二を見ていれば、それがよく分かる。
 落ち込み続けるクマに「……仕方ねえなあ」と陽介が近付く。隣りにしゃがみ、震え続ける背中を優しく叩いた。
「ヨースケ……。クマ、どうすればいいんだろう……? センセイがずっと口聞いてくれなくなったら、クマは……クマは……」
「大丈夫だって!」
 陽介はわざと明るく言って、元気づけるようにクマの背中を叩いた。
「お前もお前なりに一生懸命だったんだろ? あいつもちゃんと分かってっし。お前も自分が悪いって反省してるじゃんか」
「うん……」
「戻ってきたら、下手に言い訳しないでちゃんと謝れ。橿宮はそっちのほうを望んでんだ」
「でも……」
「俺も一緒にいてやるから、な?」
「ヨースケ……!」
 感きわまった顔をして、クマは「ありがとクマー!」と陽介に飛び付いた。勢いがついていたせいで、二人はそのまま地面に転がる。
「ちょ、おま、バカ!」
「ヨースケー!」
 汚れるだろ!と叫ぶ陽介と、嬉しそうなクマの歓声が重なって響く。


「…………」
「どしたんすか、里中先輩」
 陽介とクマのやりとりを黙ったまま見ている千枝に、完二が尋ねた。
「……なんかさー、親子のやり取り眺めてるみたい」
「は?」
「母親に怒られた息子を父親が慰めるっーの? なんか見ててそんな気がした。ドラマとかでありそうじゃない?」
 うーん、と頭を捻る千枝に完二が言った。
「何か違和感ねえのが逆に嫌っつうか……」
 先輩はやく戻ってこねえかな、と完二はぼやいてラボの入り口を見た。早く仲直りしてもらって、胸の中に蹲る居心地の悪さから、早く解放されたかった。

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お礼の方向性 主人公←りせ+陽介



「せーんぱいっ」
 休み時間の教室に飛び込んで来た声に、雑談をしていた日向と陽介は揃って顔をあげた。上級生の教室に入るには、多少なりとも勇気がいる。だが、それを物ともせず教室に入ってくる後輩が、八十神高校にはいた。日向たちの教室限定で。
 そのうちの一人であるりせは、教室を見渡して日向を見つけると真直ぐそちらに向かってきた。入る度に、アイドルへの視線が浴びられるが、本人は全く気にしていない。日向の前で止まり、全開の笑顔を浮かべた。
「どうかしたか?」
 日向は眼を瞬かせ、不思議そうに尋ねた。
「もうっ、何かなきゃ先輩のところに来ちゃいけないの?」
 りせはむくれて口を尖らせる。じとりと日向を軽く睨み付け「本当だったら休み時間ごとに先輩のところに来たいんだから」と言った。
 その言葉に本気を感じ取り、陽介は内心凄いな、と思う。
 傍から見れば、りせは日向が好きだとすぐに分かる。そしてその思いを成就させる為に努力を怠らない姿は、一種の感心を覚える。ただ相手が相手なだけに、かなり手強そうだが。
 現に日向は「いや、それだと色々大変だろう。次の準備とか」とずれた返事をする。日向の側にいたい、と言っているようなりせの思惑に、全然気付いていない。
 うわあ、と陽介は自分のことのように冷や冷やしながら、りせの顔色を伺った。りせは一瞬落胆の色を見せたが、「ま、いいか」とすぐにそれを消して笑う。これぐらいでめげていられないんだろう。
「これ、菜々子ちゃんに渡してほしいの」
 りせは、後ろ手に隠し持っていた小さな包みを日向に手渡した。女の子らしく、可愛くラッピングされている。
「この前の休みのお礼。菜々子ちゃんが言ってくれたこと、すごく嬉しかったから」
「この前って、お前ら出掛けてたのか?」
 りせの発言につい横から口を出した陽介に、日向が頷く。
「ちょっと沖奈まで」
「すぐに帰っちゃったけどね」と寂しそうにりせが笑う。何かあったような表情だ。陽介はそれがなんなのか知りたかったが、口を噤んだ。りせ自身、それに触れてほしくないように見えたからだった。
「あの時正直ヘコんじゃったけど、菜々子ちゃんが『私』を好きだって言ってくれたから、それがすごく嬉しくって……。だから、プレゼント」
「ありがとう。ちゃんと菜々子に渡しておく」
「お願いね、先輩」
 カバンにしまわれるプレゼントを見届けて、「それから」とりせはどこからかもう一つ何かを取り出した。
「これは先輩へのお礼!」
 突き出されたそれからは、辛い匂いがして陽介は頬を引きつらせた。心なしか、逃げるように日向が身を引いている。
 男二人の微妙な反応に気付かないまま、りせは赤らめた頬に手を当てて恥じらう。
「先輩に食べてもらいたくって、家で作ってきたの」
「……なぁ、ちなみに聞いていい? 一体何を作ったのかな?」
 黙りこくる日向の代わりに陽介が恐る恐る尋ねた。
「え、クッキーだよ?」
 あっさりと答えるりせに、陽介は「そうか……。クッキーな……」と遠い目をした。
 クッキーから辛い匂いはしないだろう。そう言いたかったが、陽介はそれほどの勇気を持ち合わせていない。
「花村先輩は食べちゃダメだからね。これは橿宮先輩の為だけに作ってきたんだから」
 そう言ってかわいらしく笑うりせが、陽介の目には恐ろしく映る。打ち上げの際、雪子を一撃で仕留めたオムライスの件をりせは覚えていないのだろうか。
 壁に掛けられた時計を見て「あっ、もうすぐ授業だから行くね」とりせは身を翻す。そして肩越しに日向を見て「ちゃんと全部食べてね」と、とどめを刺していった。
 教室を出て行くりせを呆然と見送ってから、陽介は憐れみを込めて相棒へ視線を移した。辛い匂いのするクッキーの袋をじっと見つめている姿が哀愁を誘い、陽介は慰めるように落ち込んだ日向の肩を叩く。
「……まぁ、頑張れよ。応援してやるから」
「応援するぐらいなら手伝え」
「それは全力で拒否させていただきます」
 即座に答えられ、日向は珍しく肺の空気を全て吐き出すような深いため息をつく。
 攻める方向性が間違ってるんだよなあ。陽介は、これから撃沈確定な日向に対して合掌しつつ、そう思った。

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きょうのよてい



 休みの日、起きた菜々子が眠い眼を擦って部屋を出ると、ふんわり甘い匂いがした。
 台所のガスコンロの前に、日向が立っていた。フライがえしを手にして、フライパンで焼いているものをひっくり返している。
 菜々子は驚いて眼を丸くしてしまう。平日はきちんと決められた時間に起き出してくる日向だが、休日だと用事がない時は大抵昼近くまで寝ているからだ。
 小さな足音に気付いて、日向が菜々子のほうを振り向いた。そして、大好きな優しい笑顔を浮かべて「おはよう、菜々子」と挨拶する。
「おはよう」とまだ眠気が抜け切らない声で返し、菜々子は日向に近寄った。
「今日はお兄ちゃんはやおきだね。何か用事?」
 不思議に思ったことを尋ねると、日向はうーん、と難しい顔をして唸った。ちょっと変な夢を見て、と呟きながら持っているフライがえしを小さく振る。
「……こわいゆめ?」
 もしそうだったらどうしよう、と思いつつ菜々子が聞くと「そうじゃないよ」と日向は慌てて首を振った。それからフライパンの中を見て、おっと、とフライがえしを持ち直す。
 菜々子は日向のシャツを握り締めながら、フライパンの中を覗きこんだ。そこには、まんまるくキツネ色にふんわり焼けているホットケーキ。さっきもした甘い匂いが菜々子の鼻をくすぐった。
「おいしそうだね!」
 眼を輝かせてはしゃぐ菜々子の頭を、日向は優しく撫でた。
「顔、洗って着替えておいで。それまでに作っておくから」
「うん!」
 兄の手作りホットケーキに、心を踊らせながら菜々子はさっそく言われたとおりに洗面所に向かう。その背中に日向が「飲み物は何がいい?」と尋ねる声が投げられ、菜々子は振り返りながら「オレンジジュース!」と元気良く答えた。


 菜々子が準備を済ませて台所に戻ると、テーブルに出来上がったホットケーキが皿に乗せられていた。綺麗な形をしたものが三段重ねになっている。それからオレンジジュースにうさぎの形に切られたリンゴ。ヨーグルトも添えられている。
 先に座って待っててくれた日向の向かいに座り、菜々子はいただきます、と両手を合わせた。
 さっそくホットケーキを食べる。焼きたてのそれはふんわり甘くて、とてもおいしい。
「おいしい!」
 菜々子がそう言って笑うと、日向もまた嬉しそうに笑った。
 日向が来るまで、菜々子はこんな風に楽しい気持ちでご飯を食べたことは滅多になかった。母親がいなくなってから、刑事である堂島は仕事柄家を空けがちになる。
 ひとりでご飯を食べることが多くなり、寂しかった菜々子は、こうして日向と食卓を囲むのが嬉しかった。
 ひとりだとつまらないのが、日向と一緒なだけで明かりが灯ったように楽しくなる。
 あと少しでホットケーキを平らげる菜々子に、牛乳を飲んでいた日向がカップを置いて「今日ジュネスに行こうか」と言った。
「えっ!?」
「せっかく早起きしたし、どうせならと思ったんだけど。菜々子は何か用事、ある?」
 小首を傾げて聞かれ、菜々子は持っていたフォークを握り締め、勢いよく首を振った。
「うっ、ううん! 大丈夫だよ。菜々子ジュネス行きたい!」
「うん、行こう。で、お昼はあっちで食べようか。天気もいいし」
 どんどん決まっていく予定の数々に、菜々子は嬉しくなって、表情を綻ばせた。今日の休日はとても楽しくなりそうだ。
「じゃあ、これ食べたら準備して行こうか」
「うん! ……クマさんいるかな?」
「そうだな。探してみて見つけたら、一緒にご飯誘おうか」
「うん!」
 明るく頷いて菜々子は「陽介お兄ちゃんもいるといいね」と続けて言った。しかしその言葉に何故か日向は「……そうだな」と胡乱に視線を彷徨わせ、菜々子はどうしたんだろう、と首を傾げた。

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