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しあわせ連鎖 陽介+菜々子



 呼び鈴を押して玄関から出て来た菜々子ちゃんは、俺を見るなりその可愛い顔を曇らせた。
「ごめんなさい。お兄ちゃん、まだ寝てるの」
「え、そうなんだ」
 珍しさに俺はびっくりして目を丸くした。橿宮は転校してから遅刻もないし、休みの朝に電話を掛けてもすぐに出てくる。だから、昼まで寝ているってイメージはなかったけど。……そうだよな人間誰だって惰眠を貪りたい時はある。俺がせっかくの休みでゆっくり眠りたいに、無理矢理ジュネスのバイトに駆り出される時みたいに。
「あ、あのね。菜々子が起こしに行ったら、すぐに起きるんだよ」
 菜々子ちゃんが慌てて橿宮のフォローをする。
「だけどね、昨日とか……この前とか、夜おそくまでバイトしててね、疲れてるように見えたから」
「だから菜々子ちゃん、お兄ちゃん起こさないんだ」
 橿宮が日頃から常に色んなことをしているのは俺も知っている。
 テレビに入ってシャドウ退治。学校も休まず、授業もサボらず、おまけに部活も二つ掛け持ちしている。それだけでも聞くだけで疲れそうなのに、夜にはアルバイトで金稼ぎをしていると知った時は、マジかよと開いた口が塞がらなかった。
 少しは休めと言ったこともある。橿宮は特捜本部のリーダーだ。こいつが倒れたら、俺たちはうまくまとまらない。
 だけど橿宮は「仕方ないだろう。シャドウも奥に進んでいくにしたがって強くなるんだから。こっちもきちんと装備を整えないと」と俺の進言をあっさり切って捨てた。
 俺と同じように菜々子ちゃんも、子供なりに疲れてる橿宮を休ませてあげたいと、気遣っているんだろう。兄思いの優しい子だ。
 俺はしゃがんでにっこり笑うと「エラいな、菜々子ちゃんは」と菜々子ちゃんの頭を撫でた。
「そんなこと、ないよ」
 菜々子ちゃんははにかんで謙遜するが、そんなことはない。俺に出来ないことをやってのけるんだから。
「あ、でも陽介お兄ちゃん、お兄ちゃんに用事があるんでしょ?」
 笑顔を萎ませて、申し訳なさそうに謝る菜々子ちゃんに「いいっていいって」と俺は顔の前で手を振った。
「たまたま近くに来ただけだから。約束もしてなかったし」
 もし橿宮がいたら、そのまま遊びに誘おう。そんな一種の賭けみたいな気持ちで立ち寄ったのだ。菜々子ちゃんが謝る必要はこれっぽっちもない。
 それに橿宮は少しぐらい無理にでも休ませた方がいいだろう。なら俺は菜々子ちゃんの考えに乗っかってやる。
「今日はゆっくりお兄ちゃん休ませてあげな?」
「……うんっ!」
 菜々子ちゃんが満面の笑顔を咲かせる。
 ……ああ、今日この笑顔見れただけでも、ここに来た甲斐があったわ。橿宮がそばにいる時と同じように、菜々子ちゃんの笑顔もまた人間関係に疲れ気味の心を癒してくれる。それを見る度に、橿宮が菜々子ちゃんを一番大切にしたい気持ちが良く分かった。
 いつまでもここにいたら、話し声で橿宮が起きてしまうかもしれない。俺は立ち上がり「じゃあ陽介お兄ちゃんは帰るな」とさよならを告げる。
「また今度みんなで遊ぼうな、ジュネスで」
「ジュネスで!? ……うん、楽しみにしてるね!」
 小さな手を大きく振って、菜々子ちゃんは俺が門を出るまで見送ってくれた。それに俺も手を振り返しつつ、何だかこそばゆくなる。
 橿宮に会えなかったのはちょっと残念だったけど、菜々子ちゃんの笑顔が見れたのでそれだけでも良かった。
 あの兄妹はもう俺にとって特別だ。二人笑いあってくれるだけで、周りを幸せにする力があると思う。
 今度の休みはちゃんと連絡をいれよう。で、里中や天城も呼んでみんなで大騒ぎするのも悪くない。
 菜々子ちゃんが笑えば橿宮も笑う。それを見て、俺は幸せな気分になれる。
 なんか、それってすげー良い連鎖だよな。
 そう思いながら行く当てもなく歩く俺の足取りは、いつもより自然と軽くなっていた。

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/ いくら気づかないふりしたって 花主前提直斗+雪子




 どうせなら、その人以外にも見せてほしかった。


「――橿宮!」
 聞こえてきた叫びに、銃をシャドウに構えたまま直斗は顔を上げる。
 がくりと日向の体が糸が切れたように落ちるのが見えた。持っていた剣を杖代わりに体を支えるが、膝をついてしまっている。荒く肩で息をしている様子に、直斗が「先輩」と名前を呼ぶより早く、陽介が飛び出した。
 倒れかけた日向の腕を引き上げながら、「里中!」とまだ残っているシャドウに対し構えをとっていた千枝に向かって、声を張り上げる。
 それだけで承知したように頷き、千枝は自らのペルソナを呼び出した。光と共に姿を現したペルソナ――トモエが薙刀を振うと、その場にいたシャドウを全て一掃する。
「敵、みんないなくなったよ!」
 りせの報告を聞き、直斗と千枝が日向たちの方へと駆け寄った。
 真っ青な顔色をしている日向に、千枝はおろおろしながら聞く。
「橿宮くん! 大丈夫!?」
「これ見てわかっだろ。全然大丈夫じゃねーし……」
 立ち上がれない日向を心配する千枝に、陽介が日向の代わりに答え、舌打ちをした。のろのろと見上げてくる日向を「お前、最近ちゃんと休んだか?」ときつく睨み付ける。
「休んだ」
「嘘つけ」
 即座に返ってきた答えを、陽介はすぐに切り捨ててしまった。
 直斗から見ても、日向の言っていることは誤魔化しだとすぐに知れた。
 菜々子が生田目に誘拐されテレビに入れられてからずっと、日向は強行軍で天国のような迷宮を進んでいる。直斗たちは他の仲間と入れ替わっているので少しは休息が取れているが、日向は休む間もなく、ずっと上を目指し続けている。
 ペルソナはもう一人の自分。シャドウと闘う為の力。常人には計り知れない力があるが、行使するにもまた代価が必要だった。使い続けていけば、体力が消耗してしまう。
 日向はもう限界に近い。これ以上の探索は、彼の命が危なくなってしまう。
「花村先輩。ここは一度戻りましょう」
 直斗は敢てそれを陽介に提案した。もし日向にそれを提案したところで、頑として首を縦には振らないだろう。それでも今は、日向を多少無理にでも休ませる必要があると判断したからだ。
「ああ、そうだな」と陽介は頷く。
「まだどこまであるか分からないしな……。負ける訳にはいかねーんだ。確実に進んでかねぇと。里中、アレ出してくれ。戻るぞ」
「う、うん」
 ちょっと待ってて、と千枝はポケットを探る。
「…………」
 自分の意見も聞かずに、帰還準備を整えていく陽介を、日向は感情の見えない眼で凝視していた。
 陽介は掴んだままだった日向の腕を引き上げ立たせる。そして握り締められたままだった剣を、ゆっくり手から剥すように取った。
 並んで立てば二人の背はほぼ同じ高さだ。間近で見つめあい、陽介が軽く握り込んだ拳で日向の胸を叩いた。
「……この、馬鹿」
「……うん」
 ごめん、と日向が謝り、眼を伏せた。握りしめた手を解き、眼の高さまである前髪をくしゃりと陽介が掻き混ぜるように撫でる。
 それじゃあいくよ、と千枝が取り出したアイテムを使い、辺りが眩く光に包まれる。視界が白い闇に染められて瞼を閉じるまで、直斗は二人から眼を反らすことが出来なかった。



 テレビから出ると、日向は陽介に送られ帰路に着いた。そのまま陽介は堂島家に泊まるらしい。
 並んで帰っていく二人を、直斗は難しい顔で見送る。仲間もそれぞれ帰っていく中、雪子がそれに気付いて「どうしたの直斗くん」と声を掛けた。
「えっ……。あの」
 はっと顔を上げた直斗は、いいえと首を振りかけて、止めた。きっと今考えていることは、一人じゃ答えは出ない。
 言い出しかけた直斗に何かを察したのか、雪子が先に言った。
「ここじゃ何だから……、あそこ行こっか?」



 おまたせ、と雪子が両手に缶コーヒーを持って、直斗の元へ駆け寄った。特捜本部と名付けられたフードコートの一角。座って待っていた直斗はやや恐縮しながら、差し出されたそれを受け取った。話を聞いてもらうのはこちらだ。なのに気を遣わせてしまったみたいで、申し訳なくなる。
「すいません。ありがとうこざいます」
「ううん、気にしないで。こうやって直斗くんと話してみたかったから」
 直斗の隣りに座って、雪子が微笑んだ。
「今までずっと事件の話とかが多かったでしょ? 直斗くんが仲間になったのも、つい最近だったから」
 あ、でも、と花のように綻ばせていた笑みを陰らせ、雪子は不安そうに直斗へ視線を向けた。
「こんな風にはしゃぐのは不謹慎……だったかな?」
「いいえ」と直斗は首を振って、雪子の不安を消すように笑った。
「そんなことはありません。ただこんな風に歳の近い人と話す事なんて、滅多にありませんでしたから」
 大人の中に混じって事件を追い、推理していたばかりの頃からしてみれば、想像もつかない。受け取った缶コーヒーを両手の中で転がしながら、直斗は遠くへ思いを馳せる。あの時は、どんなに推理しても子供と言うだけで軽んじられる事。そして自分が女だと言うどうしようもない事に、いつも焦躁感を抱いていた。
「その、だから僕はあまりうまく話せないかもしれませんが」
 缶コーヒーを握り締め俯き言うと、雪子が「友だちと話すのに、うまいとかそんなの必要ないよ」と笑う。
「だって話してくれるだけで嬉しい時って、あるんだから」
「……そうですか?」
 雪子の言葉につい直斗も笑ってしまう。笑うのはそう得意な事ではなかったが、自然と零れ出ていた。そう出来る自分もいる、と直斗は自分の知らない一面に気付く。
 あまり面白い話ではありませんが、と前置きし、直斗はぽつぽつと語り始めた。
「……橿宮先輩のこと、なんですが」
「橿宮くん?」
 出てきた名前に、雪子が眼を瞬かせた。続けて陽介の名前も出すと、さらに眼が丸くなる。
「そう言えば直斗くん二人と一緒に行ったもんね。あ、あと、千枝もか」
「はい。その時の事なんですが……」
 直斗はシャドウと戦っていた時に、日向の調子が悪くなった事、そしてその時の陽介の様子を雪子に話す。最近の日向の行動に、雪子も思うところがあったらしい。形の良い眉を潜めながら、それでも口を挟まず最後まで直斗の話を聞いてくれた。
「その時、僕は思ったんです。橿宮先輩もあんな顔が出来るんだなって」
「……あんな、顔?」
 陽介に支えられていた日向は、直斗が知らない表情をしていた。妹のような存在である菜々子の元に行きたいのに、邪魔をされ悔しそうな。それでいて、止めてくれた事に安堵しているような、相反する感情が混じりあった顔。
 冷静沈着で、どんなことにも動じない。ペルソナを使う仲間を纏め上げるリーダー。直斗の中でそう印象づけられた日向の姿が、あの一瞬で上書きされてしまった。
「だからって、どうなる訳でもありません。菜々子ちゃんが誘拐され、そして堂島さんは生田目を追って大怪我をしてしまった……。あの人は大切な家族が二人続けて被害にあっているんです」
 そして菜々子はまだ救い出せていない状況。恐らくは――テレビの中で生田目と一緒のはずだ。妹を大切にしていた兄は彼女を思い、心配で胸が張り裂けそうなんだろう。
「辛くない訳……ないですよね」
 だから、あんな顔をするのは当たり前だろう。あの人だってまだ十七の、子供なのだから。
 感情が顔に出ていたのか、「直斗くん」と気遣うように雪子が覗き込む。
 直斗は「大丈夫です」と首を振り、本当に辛いのは先輩ですから、と付け加えた。
「だからあんな顔をしたっておかしくないんです。だけどそれは、花村先輩じゃなきゃ引き出せないものなんですね。あの時、初めて気付きました」
 それまではどんなことがあっても表情の変化が乏しかった日向が、陽介の前でだけ感情を発露させた。強情に前に進む彼の腕を掴んで止めたのも陽介だ。
 日向もまた、陽介のその言葉を待っていたように思える。
 馬鹿、と日向の胸を叩く陽介を思い出す。続いて浮ぶのは、瞼を伏せた日向の横顔。
 前髪を撫でる陽介の手つきは、まるで触れたらすぐに壊れてしまいそうなものを扱うように、優しかった。
 彼を慈しんでいるようなそれを、すぐそばで見ていた直斗は、息をするのも躊躇われてしまった。
 近いのに遠い。絶対侵してはならない境界線が、そこにはあった。
 そして同時に気付く。


 ――気付かなきゃ、良かった。


 肩を落とし俯いた直斗の横から「橿宮くんは、ずるい人だから」と雪子の呟きがした。
 微かに顔を上げると、雪子は真直ぐ空を見上げている。もうすぐ沈む西日に照らされて、夕暮れの中の横顔が、綺麗に映えている。
「私ね、橿宮くんに告白みたいなこと、しちゃったの」
「――え?」
 突然の言葉に、心がざわめく。驚いた直斗は、背を伸ばして雪子を凝視した。
 雪子は直斗の反応を見て「ふられちゃったけど」と笑う。そこには、悲しいとか辛いとか、失恋による悲嘆はない。ただ初めからそうだったのだと、知っているような表情だった。
「私自身のこととか、家のこととか橿宮くんは相談に乗ってくれて、私は私のやりたいことを見つけることが出来たの。もしあの人がいなかったら、私は未来のどこかで自分のやってきたことを後悔していたかもしれない。…………ううん、その前に死んでいたかもしれないよね」
 雪子は山野真由美、小西早紀に続いて、誘拐されテレビに放り込まれた被害者だ。もし、霧が稲羽市を覆う前に助けられなかったら、彼女もまた先の二人のように無残な姿で殺されただろう。自分から出てきた影――シャドウによって。
「私の汚い部分を知っても、変わらず接してくれたことが嬉しかった。だから、私も何かの形で橿宮くんに出来ることがあったら、って思ってたんだけど」
 雪子は握り締めていた缶コーヒーへ視線を落した。
 私を助けてくれるのは何故か、と雪子が聞いた時、日向は「大切な仲間だから」と優しい声で答えた。それは告白に対してはぐらかしたものではない、純粋に心から思っているような響きで。同時にこれ以上の踏み込みを拒んでいるように聞こえた。
 だから、その瞬間分かってしまった。

 わたしじゃ、このひとの、ささえになれない。

「色んな人には優しくするのに、その逆はさせてくれないなんて。橿宮くんはずるいよね。いくら気付かないふりしたって、橿宮くんが優しくしてくれる度にそうなんだなってつい思っちゃうから……」
「……天城先輩」
「きっと橿宮くんに優しく出来る人は、すごく限られてるんだと思う」
 そしてその一人が陽介なのだと、雪子は気付いている。自分よりもずっと長い間、日向と陽介を側で見てきた雪子は、どんな気持ちだったんだろう、と直斗は心中を慮る。自分では出来ないことを他の存在が目の前で容易くやっている。多少なりとも、悔しかったんだろう、と直斗は唇を噛んだ。仲間になってまだ日が浅い自分ですら立ち入れない二人の絆に軽い嫉妬を覚えたのだから。
「でもね、花村くんで良かったと思う」
「……え?」
「あの二人は本当に仲が良いから。どちらか一人しかいないところを見ると、こっちが寂しくなるぐらい。だから、他の知らない誰かより、花村くんで良かったって」
 そう言って、雪子はすっきりした顔で晴れやかに笑っていた。そして悪戯っぽく瞳を光らせ「もちろん橿宮くんに何かしたらその時は容赦なく一撃で仕留めちゃうけどね」と握った拳で軽くパンチを繰り出す仕草をしながら言った。
 それを見て笑ってしまいながら、直斗は雪子の強さに感服する。彼女は想いが伝わらないと現実を突き付けられても、それでも日向の助けになるために仲間と一緒だ真実を求めて戦い続けている。直斗にはない強さだ。
 気付かないふりをしても、知ってしまったらもう知らない頃には戻れない。ならば、事実を受け止めて、少しずつでもいい、それを受け入れることを拒んではいけない。
 日向の特別にはなれなくても、直斗は彼を嫌いになれないし、陽介みたいに支えられなくても、一緒に戦うことは出来るのだから。
 それでも胸に刺さる小さな痛みを気付かないふりをしてやりすごし、直斗はすう、と息を吸って夕焼けを見た。
「――早く菜々子ちゃんを助けられるよう、力を尽くしましょう」
 それが今、あの人の為にやれることなのだから。
 力の籠った決意に、雪子もうん、と頷いた。

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妹の延長線上 綾音


 背が小さいと、こんな時不便だ。
 図書室で綾音は、本棚を見上げて溜め息をついた。探していた本が見つかったのはいいけれど、高くて手を伸ばしても届かない。
 もう一度、爪先立ちで大きく腕を伸ばすが、目当ての本まで指先も届かない。
 どうしよう。困った綾音は助けを求めるように辺りを見回した。綾音と同じように図書室を利用している生徒の姿がちらほら見えるが、こちらに気付く様子はない。せめて吹奏楽部の人がいれば助けを求めやすいのだが。
 だが、そう思うようにはいかない。綾音と顔見知りの生徒の姿はなく、自分でなんとかしなくてはいけないようだった。
 もう一度、と諦め悪く綾音は読みたい本目指して腕を伸ばした。すると上から伸びてきた手が、あっさりと目当ての本を取ってしまった。
「あっ」
 本を取られてしまい、思わず声を上げてしまう。
 気付けばいつの間にか後ろに誰かが立っていて、その影が綾音を覆っていた。気配もなく後ろに立たれたことと、読みたかった本を取られてしまったショックを隠しきれないまま、綾音が振り向くとよく見知った顔がそこにあった。
「――橿宮先輩!?」
「うん」
 今年の春、吹奏楽部に入った日向の姿に綾音は驚いた。いつも音楽室で会うばかりだったから。
 日向は持っている本の表紙を一瞥し、そのまま綾音に差し出した。
「えっ、これ……」
「困ってたみたいだから。……それとも、これじゃなかった?」
「いえ、これです!」
 そう答えると「そう」と言って、日向は本を綾音に手渡す。
「あ、ありがとうこざいます」
 綾音は受け取った本を抱き締めて、頭を下げた。半分途方に暮れていたので、日向の助けはとても嬉しい。
「どういたしまして」
 日向は笑って、綾音の頭を撫でる。まるで小さな子供にするような仕草に、「もうっ」と少し膨れて綾音は自分の頭を庇った。
「子供扱いしないでください! こう見えても先輩とは一つしか違わないんですから」
 そう一つしか違わない。なのに、日向はよく綾音を子供扱いする。彼自身にはそう言うつもりはないのだろうが、綾音からはそんな風に感じてしまう。
 日向には妹みたいに可愛がっている女の子がいるし、また学童保育のバイトをしているのを綾音は知っている。きっとこの扱いは、その延長線なんだろう。「悪い」と謝っている表情も、どこか子供に対する寛容さが滲んでいるように見えた。
 それで絆されてしまう自分も大概だな、と綾音はこっそり思う。
 これからはちょっと牛乳多めに飲もうかな。
 日向と一緒に行った夏祭りでも兄妹と周りに思われたことを思い出す。あの時もショックだった綾音は、日向に気付かれないよう小さく溜め息をついてそう思った。

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前向き思考 千枝


 彼は不思議な人だ。
 頬杖ついて千枝はちらりと隣りの席に座る男を見る。そこにはつい先日転校してきたばかりの橿宮日向が、陽介と会話していた。都会から来た者同士気が合うのか、知り合った二人ははじめて会ったその日から、やたらと一緒にいる。
 陽介は席が日向の後ろだが、わざわざ彼の横まで移動している。オーバーリアクションに手を振ったり笑ったりして、それはもう楽しそうだ。
 対して日向の方はと言えば、表情が真顔に近く、楽しいのかどうか千枝からは判別がつきがたい。
 初めて会った時からそうだった。こちらから尋ねればきちんと質問に答えてくれるし、他愛ない話だってしてくれる。だが、日向と話していると、千枝はどうしても不安になってしまう。
 日向の表情は変化の起伏が乏しい。楽しいのか、それともつまらないのか顔を一瞥しただけでは分からない。声の調子も平坦で、もしあの真顔で冗談を言われたら、うっかり信じてしまいそうだった。
 楽しんでるのかなー、とか不安にならない?
 そう千枝自身、抱いている疑問を陽介にぶつけたら「アイツはあれが地なんだよ」とあっさり答えが返ってきた。
「つか、ちゃんと見てみれば楽しんでるなーとか、そういうの分かるぜ」
 陽介はそうあっけらかんとして言っているが、それはお互いがよく一緒にいるせいだろう、と千枝は思う。こっちはつい先日まで雪子のことで手一杯で、あまり日向と会話する余裕もなかったからだ。
 テレビの中へ放り込まれた雪子が、霧の日に死んでしまうかもしれない。そう思うと気が急いて、他のことは目の前を靄が通り抜けていく感覚が常にしていた。そのせいで日向や陽介に何度も迷惑をかけてしまったが。
 どんなことを考えているのかな。どんな顔して笑うんだろう。
「――里中?」
 ぼおっとそんなことを考えていると不意に名前を呼ばれた。びくりと肩を跳ね上げ我に返ると、さっきまで陽介と話していた日向が、いつの間にかこちらを見ていた。
「ついてる?」
 日向は自分の顔を指差した。
「うっ、ううん! なーんにも! ついてないよ!」
 いきなり話しかけられた驚きから、千枝は慌てて首を大きく振った。それからさっきまでいた姿が見掛けないことに気付く。
「あれ、花村は?」
「トイレ。もうすぐ休み時間が終わるから」
「そ、そか」
 会話が途切れてしまい、どうしようと千枝は焦る。こんな時、どんな会話をしようか、全然考えていなかった。
 話題を探していると「大丈夫」と日向が言った。
「え?」
「天城はちゃんと助けられた。まだ回復するには時間が掛かるだろうけど、もう心配はない」
 どうやら、雪子を心配していると思ったらしい。声は平坦なままだったが、そこには確かにこちらに対する気遣いが見える。テレビの中から雪子を助けても、まだ千枝は不安がっているように日向からは見えたのだろう。
「あ、ありがと……」
 くだらないことを考えていた申し訳なさから、千枝は肩を小さくしながら言った。
「うん」と頷き、日向は千枝から視線を外した。机から次の授業の教科書を取り出す日向を横目に、千枝は胸を押さえて気付かれないよう息を吐く。すごく、びっくりした。
 やっぱり、日向が何を考えているのか、よく分からない。さっきの短い会話だけでは、それを掴むのは至難の技だ。
 だけど、分からないからって話すのを敬遠していたら駄目なんだろう。薄くても、ちゃんと目を凝らせば、彼の言葉に感情の色があるのが見えるのだから。
 よし、と膝に乗せた手を握り締める。
 今まで男友達は何人もいたが、日向みたいなタイプはいなかったので、どうしても意気込みすぎてしまう。
 けど彼にはもう、自分の一番嫌な一面を見られてしまった。今さら何を怖がるのか。
 ようし、やってやろうじゃないのさ。
 持ち前の前向き思考で千枝の気分が浮上する。
 陽介並に日向の感情を読み取れるようになろう。目下の目標を決めた千枝は今度は会話が途切れないよう、話題を考えながら、次の授業が始まるチャイムを聞いた。

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染め物屋にて 完主




 完二に続いて巽屋の暖簾を潜ると、わぁ、と菜々子が感嘆の息を零した。染め物屋という見慣れない店内に飾られた色鮮やかな生地に、目を奪われる。
 中を見回し、菜々子は「お兄ちゃんきれいだね」と後ろで微笑んでいる従兄弟を振り向き、素直に思ったことを伝えた。
「うん、そうだね」
「べ、別にそんな……大したもんじゃねっスよ」
 菜々子に褒められ、それを日向に肯定され、完二は口では素っ気ないものの、満更でもなかったようだ。口は緩み、嬉しそうな目をしている。
「じゃあ適当に見て待っててください。すぐ戻りますんで」
 店に上がった完二は奥に引っ込んでいく。自室に向かう階段の音を聞きながら「じゃあ、待ってようか」と菜々子に言った。
「うん!」
 元気に頷き、菜々子は並べられている生地に近づく。きれいだね、と呟きながらそれを眺めていた。
「菜々子はこの中でどれが一番好き?」
 日向がそっと隣に立って尋ねた。
「ん、とね」と菜々子はじいっと見比べ、迷いながらも一つの生地を指差す。
「これ!」
 それはいつも髪を結んでいるリボンと同じピンク色。持っている服とかもその色が多く、好きなんだな、と日向は微笑んだ。
「あらあら、ありがとう」
 おっとりとした声がする。物音に気づいたのか、完二の母親が「ごめんなさいね、完二がお待たせしちゃって」と奥から出てきた。そして日向の隣にいる菜々子に「こんにちわ、かわいいお客さん」と笑いかける。
「こ、こんにちは」
 菜々子もぺこりと頭を下げた。行儀のよさににこにこ笑い「こんなお店でよかったらゆっくりしていってね」と完二の母親は綻んだ頬に手をやった。
「うれしいわ、お嬢さんが選んだの、ついこの前染めたものなのよ」
「そうなんですか」
「そめるって、どうやってそめてるの?」
「それはね……」
 菜々子の問いに完二の母親が答え、店内は俄かに染め物教室のような感じになってしまう。その様子に、「お待たせしました」と戻ってきた完二は、微妙そうな顔をした。
「何やってんすか。つうかお袋、先輩らに何吹き込んでんだ」
 今まで散々家での様子をばらされている完二は、母親をきつく睨んだ。しかし母親も負けず「かわいいお客さんに染め物のことを教えてただけよ」と言い返す。
「うん。色々おしえてもらったよ。そめものってすごいんだね!」
「そっか」
 ならいいけどよ、と菜々子の言葉に、完二は溜飲を飲んだ。そして持ってきた箱を手にし段差の上で膝をついた。
「ほら、菜々子ちゃん。好きなの選びな」
 蓋を開けられた中身を見て「すごーい!」と菜々子がはしゃいだ。箱には完二が作った小物が入っている。生地の端切れを使ったらしい。店に置かれているものと同じ柄のものがいくつかあった。
「悪いな完二」
 日向は、一つずつ小物を手に取る菜々子に、目を細めていた完二に言った。偶然出会って、誘われて。思いがけない菜々子へのプレゼントに、少し恐縮している。
「礼なんていりませんって。俺があげたいって思ったんだ。先輩がそんな顔する必要なんてないっす」
「そうそう、完二がいつもお世話になってるもの。これぐらいは当然よ」
 母親に合いの手を入れられ、完二は一瞬むっとするが、日向の手前ぐっと押し黙る。諦めたようにため息をついて「ついでだし、あがってきませんか。菜々子ちゃんが喜びそうなもん、まだまだあるし」と躊躇いがちに切り出した。
「あら、それは素敵ね。ついでだし夕食も一緒にどうかしら」
 完二の誘いに、完二の母親が目を輝かせながらそわそわする。誰よりも一番はしゃいでいる様子に日向は苦笑し「何でお袋がはしゃぐんだよ!」と完二が呆れる。
「あらだって、完二がお友達を家にあげるなんてなかったもの。張り切らない訳ないじゃない」
 さぁ忙しくなるわ、といそいそ店の奥に戻る母親を、唖然と見つめ完二は「すんません」と日向に謝る。子供のような母親の姿に頬が少し赤くなっていた。
 日向は、「いいよ」と首を振り、小物を一生懸命選ぶ菜々子の頭を撫でる。
「じゃあ、お邪魔しようか」
「うん!」
 頷く菜々子の手には、一番好きだと言った桃色の生地で作られた巾着があった。

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