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膝枕



 朝から雨が降っている日。フードコートにやって来た陽介は、疲れた顔をしていた。ジュース片手に仲間を待っていた日向はふらついた彼の足取りに不安を覚える。
「夏休みだからって親の遠慮がなくなってきてさ」
 日向の隣へ腰を下ろすなり陽介は大きく欠伸をした。開いた口を掌で押さえる目元に、涙が滲んでいる。
「最近朝から仕事に駆り出されてんだよ。ほら、今日もチラシが入ってただろ?」
「うん。朝刊に挟まってたな」
 堂島家に身を寄せてから、菜々子の代わりに家事をしている日向は毎日チラシをチェックしている。今日はこれからテレビの中に行くが、帰りに食料品売り場で買い物をするつもりでいた。菜々子が食べたいと言っていた菓子に、堂島が好んで食べているたくあん。買うものはぬかりなくリストにあげている。
「だからさ、セール品出すのに、人手は多いほうがいいって朝の五時に……」
 再びこみあがる欠伸が、陽介の語尾を濁らせた。精彩を欠いた目が眠気で揺らぎ、半分落ちかかっている。もしここが自分の家だったら、すぐにでも眠ってしまいそうな顔だ。
「大丈夫か?」
 心配になって日向は陽介の顔を覗き込んだ。陽介は無理矢理口をにっと上げ「平気平気」と言うが、不安は拭えない。こテレビではシャドウとの戦闘がつきものなのに、眠気が強ければ集中力が散漫になってしまう。
「……んー。ちょっと肩貸して」
 言うなり陽介が頭を日向の肩に凭れた。明るく茶色い髪が、首をくすぐる。
 僅かに肩を震わせ横を向けば、とっくに頭を落ち着けた陽介が「少し眠らせて」とぼやけた声で言った。俯きがちで顔は見えないが、それきり何も言わなくなったので眠ってしまったんだろう。
 よくこんなところで眠れる。いや、それだけ眠気が強かったんだな。
 小さく溜め息を漏らし、日向は両手でそっと陽介の肩を掴んだ。軽く身体を起こして、椅子へ上体が横になるよう寝かせる。
 膝の上に頭を乗せた。すっかり眠ってしまった陽介の額に掛かった前髪を払いわけ、口元を緩める。
 雨のお陰でフードコートに客の姿はない。仲間たちが来るまでは寝顔を堪能させてもらおう。
 日向の膝を枕に、陽介は気持ちよさそうな顔で眠っている。それを見ながら日向は彼を起こさないよう、静かに雨音に耳を傾けた。

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6/22 午後





 PM13:11


「行きたい場所があれば言ってほしい。遠慮はするなよ」
 映画館近くで昼食を済ませ、上映時間までまだ間がある。雑踏の中を歩きながら、日向は陽介に言った。
「いや、特にはないな」
 辺りを見回し、陽介が答える。
「あ、でも。欲しいものが見つかるかもしれないし、そこらをぶらつくってのはどうよ?」
「陽介がいいのなら構わない」
 否定もなく頷く日向に、陽介が「じゃあ、あそこから行ってみるか」とその手を取った。急に引っ張られ「危ない」と日向が陽介の頭に向かって軽く諌める。もっと強く引かれてたら、転んでいたかも。
「あっ、悪い」
 振り返り謝っても、繋いだ手は離れず、ぐいぐい引っ張られる。全く、と呆れつつ、日向もそれ以上咎めたりはしなかった。
 いい年した男二人で手を繋いで。見る人によっては奇異な光景に思えるだろう。だけど、陽介が幸せそうならいいか、と日向は許容している。通りすがりの視線など、一々気にしててもしょうがない。もし知り合いに会っても、開き直ってやろう。
 ショッピングモールへ進み、並ぶ店舗を順繰りに見て回る。CDショップで、陽介がずっと前から探していたCDアルバムを見つけ、それを日向が誕生日プレゼントとして買ったり。逆に、何故か日向が探していた映画のDVDを陽介が買ってくれたりした。
「自分の金で買ったのに」
 手に提げたビニル袋を見つめ、腑に落ちない気分で日向はCDショップを出る。対する陽介はご機嫌な表情で「いーのいーの。俺がしたかったんだから」と笑った。
「もう俺はお釣りが来るぐらい嬉しいんだし。そのお釣りを返してるようなもんだと思ってよ」
「でも陽介」
「今日一日俺のわがままは大低聞いてくれるんだろう?」
 持ち出された言葉の内容に、日向は言葉を詰まらせた。確かに口にしたが、まさかそんな風に使われるとは思いもしなかった。
「だから俺のわがまま聞いてくれるよな?」
 念を押す陽介に、日向は折れる。わがままは聞くと約束したのだから。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 礼を言われ、にっこり笑った陽介は、日向の空いていた左手を取る。自分の目の高さまで持ち上げて、その手首に嵌めていた時計の盤面をを覗き込んだ。
「今から映画館行ったら丁度いい時間だよな。行くか」
「うん。そうだな」
 日向は頷き、持ち上げられていた手を下ろす。
 来た道を戻り、映画館でチケットを買うまで、繋がれた手はずっと離れなかった。



 PM17:15


「陽介」
 肩を揺さぶられ、映画から戻った後アパートの居間で寝ていた陽介は、目を覚ました。腰を屈めて陽介を見下ろす日向が「携帯鳴ってる」と着信音を鳴らす携帯を差し出した。
「クマから」
「クマァ?」
 床に肘を突き身体を起こした陽介は、携帯を受け取る。用事を済ませ台所に戻る日向を目で追いながら、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あっ、ヨースケ!』
 明るい声が弾むように応える。
『たんじょーびおめでとうクマ!』
「お前まさか、そんだけの為に電話掛けてきたのか?」
 なんとなく嬉しい。陽介はきちんと身体を起こして座り直し、胡座をかいた。去年はホームランバーをクール便で送ったり、クマもまめに祝ってくれている。
『そうクマよー』とクマは答える。
「今年も何か送ってくれちゃったりしてんの?」
 期待を込めて尋ねると『んーん』とクマが否定する。
『今年の夏は暑いから、自分のホームランバーでお金がなくなっちゃった。でもねお金がない電話でおめでと言っとけばプレゼント用意しなくていいよ、ってユキチャンが』
「……天城」
 稲羽の実家で、女将修業に明け暮れている仲間の顔を思い出す。クマに何吹き込んでんだ、と陽介はがっくり肩を落とした。一気に盛り上がった感動が、薄れに薄れまくってしまう。
「そっか、ありがとなー」
 だから返した礼が棒読みになるのは仕方ないだろう。祝おうとしてくれたのは事実だし、悪気がある訳でもない。
 対応に迷う陽介の耳元で、携帯電話から、ちっちっち、と舌を鳴らす音がする。
『心配しないでいいクマ。クマはきっちり、ヨースケにすんばらしいもの、プレゼントフォーユー、クマよ』
「は?」
『はいではここでサプライズゲストー』
ジャッジャジャーン、と自分で効果音をつけるクマの声が遠ざかる。そして代わりに聞こえてくるのは、陽介にとっても大切な子の声。
『――陽介お兄ちゃん?』
「菜々子ちゃんか!」
『うん。こんにちは陽介お兄ちゃん。それから誕生日おめでとう』
 何時まで経っても変わらない、優しい声音。薄れた感動が再び高まり、陽介の胸を震わせる。これはまたクマにきちんと礼を言っておかなければ。
「ありがとうな」
 菜々子にも感謝の気持ちを伝えると、菜々子のはにかむ声が聞こえる。日向にも菜々子の声を聞かせてやろうと立ち上がり「今度遊びにおいで。日向や皆で遊園地にでも行こうか」と誘う。あと一ヶ月もすれば夏休み。楽しい思い出を作るにも持ってこいだ。
『うん! ありがとう!』
 電話の向こうではしゃぐ声がする。クマも菜々子から聞いたのか、さらに声は大きくなった。
 夏休みは菜々子やクマがこっちに遊びに来て。それから、皆で稲羽に帰るのも一興だろう。そんな考えが浮かんで、口許に笑みが上る。
 電話が終ったら、日向に相談してみようかな。半ば本気で思い、陽介は夕食の準備をしている日向を呼んだ。


 PM20:55


 日向は買ってもらったDVDを、陽介の部屋で一緒に見た。前に一人で見たものだったが、その時よりも二人で観賞した今の方が数倍面白く感じる。面白かったと陽介が言ってくれたことも強かった。
「今日見たやつも面白かったし、DVDが出たら買うかレンタルすっか。で、また一緒に見ようぜ」
 ワインが入ったせいか、頬をほんのり赤くして陽介が言った。うん、と頷き、日向はナイフで取り分けたケーキを、フォークで口に運ぶ。あっさりとしたクリームに苺の甘酸っぱさがよく合う。菜々子が来た時にも買ってこようかな。夕食前、陽介から代わってもらった携帯から聞こえた声を思い出す。
「にしても食べたな」
 一杯になった腹を摩り、陽介はごちゃごちゃしている卓を見る。卓の上には殆ど空になったワインに、ケーキや作っておいたオードブルが置かれている。
「……ちょっと作りすぎたか」
 十分な量が残っているオードブルを見つめ、日向は反省する。夕食も昨日から思いつくまま下拵えしていたので、しばらくは残り物の食事になりそうだ。
「いいんじゃね? だって俺、日向の料理好きだし。大歓迎」
 あっけらかんに言い、陽介はオードブルを一つ摘んだ。大きく口を開けて食べ「うん、うまい」と日向に笑いかける。
「良かった」と日向は胸を撫で下ろし、ケーキの皿を卓に置く。そして陽介に近づく。元々短かった距離がなくなり、肩と肩がくっつきあった。
 日向の手が、陽介のそれに重なり、指が絡まる。
 陽介の肩に頭を凭れさせ、日向は目を閉じる。酒のせいか――それとも緊張しているのか、陽介の身体が僅かに強張った。
「……もしかして、誘ってる?」
「ある意味恋人達の間では定番だと思うが」
「プレゼントは自分自身――ってヤツっすか、センセー」
 からかうような物言いに、しかし日向は笑い返す。
「がっつくんじゃなかったのか? せっかく少しでも家でゆっくり出来るようにやったのに」
 目を開けた日向は、わざとらしく陽介から凭れていた身体を離す。
「まあ、俺はいいけど」
「待った」
 陽介が、距離が開きかけた肩を掴んで引き寄せた。酒精漂う息を吐き、「いらないとは、言ってない」と睨む。
「つか、俺の気持ちわかってて言ってるだろ。意地が悪い」
「どうせ、これから好き勝手するんだし、これぐらいは許してほしい」
「……」
 平然と言う日向に、陽介は複雑な目を向けた。しかしすぐに腕を伸ばして日向を抱きしめると「……許す」と耳元で呟く。
「うん」と日向もまた陽介に腕を回した。
「時間はたっぷりある。今日はいつまでだって付き合おう」
「言ったな。後でやめろって言っても止められねーから覚悟しろよ」
 挑発じみた言葉を受け取り、陽介はそう宣言すると身体を前に倒した。ラグの敷かれた床に押し倒され、日向は陽介を見上げる。
 ゆっくりと顔が近づき、目を閉じる。
 腕を伸ばし、彼の首根に巻き付けた日向は「大好きだよ。陽介」と囁き、そして思う。
 ――誕生日おめでとう。俺はお前に会えてとても幸せだよ、と。

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6/22 午前




 AM00:00


「一緒に寝るだけでいいのか?」
 明かりの消えた陽介の部屋。上げられた布団の隙間に潜り込み、日向が念を押すように聞いた。
 自分のベッドに招き入れた陽介は、満面の笑顔で頷く。
 シングルベッドに男二人は狭い。先に入っている陽介が壁側に寄って空間を作るが、それも日向が来ればあっという間に埋まる。そのせいか自然と身を寄せ合い、半ばくっついてしまう状態になった。胸元に顔を寄せると、シャツ越しに陽介の心臓の鼓動を感じる。
「たまにはいいんじゃね? ただ一緒に眠るってのもさ。それとも少し……期待した?」
 にやにやして言う陽介に、日向は「馬鹿か」としまらない顔を軽く叩いた。それでも後ろに回された腕を拒まず、大人しく陽介の抱き枕になる。
 梅雨真っ只中で蒸し暑さを感じる夜。掛け布団が薄くとも、触れ合う肌は熱く、日向は陽介の腕の中で小さく息を吐いた。
 ついさっき深夜零時を越えて迎えた陽介の誕生日。二人とも休みということもありで、その一日は全て陽介の希望通り動くようスケジュールを組んである。度を過ぎなければ大低のわがままも聞く。そしてさっそく陽介の口から出てきたのは「一緒に寝たい」と言うささやかなお願いだった。
 実は、本当にベッドに横になっている状態は、日向からすれば拍子抜けだった。陽介のことだ。てっきり性交的なことをするんじゃないかと考えていたから。
「だって今日は朝から出かけて、昼は外で食べたり映画見たりやること一杯よ? 今からがっついたら、その予定が全部おじゃんになっちゃうし」
「自重すればいいんじゃないか?」
「それだと、今からヤっていいって聞こえるんですけど」
「いいの?」と尋ねられ、背に回った手が下に移動する。尻の近くを撫でられ、鳥肌が立った日向は「いや、それは」と口ごもる。でも確かに期待していた部分もあり、はっきり否定できない。困った末、陽介から日向は逃げようと身体をよじった。
 もがいて抱きしめる腕から逃げようとする日向に「冗談だって」と、陽介はあっさり手の動きを止めた。背中の辺りまで手を上げて、優しく日向を落ち着かせるように撫でた。
「今日の最後にがっつくから、今は我慢する。だから今は一緒に寝よ?」
 耳元で囁かれる言葉に、ぞくぞくする。暗くとも分かってしまいそうな顔の赤みを隠すように、日向は陽介の胸元に顔を押し付けた。
「もうこれだけでずっげ幸せな一日なんですけど」
 くすくす笑いながら陽介が言う。そして、顔をふせたまま見せない日向のこめかみに、おやすみと唇を落とした。



 AM07:32


 左腕の痺れで陽介は目が覚めた。少し動かしただけでも針を刺すような痛みが広がる。
 腕の中で抱きまくらになってたはずの日向は、既に起きているのかもうベッドにはいなかった。その証拠に、ドアの向こうから、包丁で何かを刻む音が聞こえてくる。一足早く起きて朝ご飯を作ってくれてるらしい。
 陽介は痺れる腕を揉みながら起きた。大きく背伸びをした後、ぼんやり重い瞼を擦る。
 数分経って、ベッドから抜け出した。カーテンを開け、携帯で時間を確認し部屋を出る。ドアを開けると、いい匂いがすぐ鼻をついた。途端に鳴り出す腹を押さえ、今日も期待大だと楽しみになる。これまでずっと橿宮マジックは陽介を裏切ったことはない。
「おはよう」
 台所に立っていた日向が、起きてきた陽介に気づいて振り向いた。水道の水を切り、濡れた手を掛けているタオルで拭いて「タイミングいいな。ご飯出来たから食べよう」とギャルソンエプロンを外す。
「今日なに?」
「和食。陽介は先に座ってて。俺はご飯をよそうから」
「おー」
 言われるがまま、テーブルにつく。
 並べられた皿に綺麗に盛りつけられた、だしまき卵に塩鮭。それから小鉢にはほうれん草のお浸し。大根と油揚げの味噌汁は美味しそうに湯気を立て、陽介の食欲を掻き立てる。日向がよそってくれたご飯もつやつやで、正しく橿宮マジックだ、と陽介は思った。自分の母親でもここまで美味しそうに炊けない。
「はい」と熱いお茶まで煎れて、致せり尽くせりだ。
 夜一緒に寝て、朝は美味しい朝ご飯。幸福を噛み締める陽介の顔はとても満たされている。
「美味しい?」
 真向かいに座り、ようやく朝食に手をつけた日向が聞いた。返事はもちろん決まっている。
「ああ、すっげー美味い! 最高!」
「大袈裟だな」と言いながら、日向も満更じゃない表情で笑う。
 つけたテレビから流れる天気予報は快晴とは言えず、少し残念だった。けれどそれも微々たるものだ。
 天気なんて関係ない。今日は何の気兼ねもなく、日向と一日を過ごせる。それだけで陽介には十分だった。
「なあ、いつ頃出るつもり?」
 テレビを見ながら陽介が尋ねた。映画を見に行く時間は決まっているが、始まる前に街をぶらつくのもいいだろう。
 食べていたご飯を飲み込んでから、日向が答える。
「そうだな。夜ゆっくりするんだし、今のうちに洗濯とかしてしまいたいから十時くらいでいいか?」
「いいぜ。俺も手伝うから」
 陽介の言葉に「え」と日向が驚く。
「誕生日ぐらい、今日は家事も俺が全部するつもりなんだけど」
「二人でやった方が早く終わるじゃん。有効に使える時間は多い方がいいしな」
 陽介がウィンクして見せると、日向が「しょうがない奴」と呆れたように笑う。
「じゃあ、これ食べたら洗うの手伝ってくれるか? 少しでもゆっくりできる時間を増やすために」
 茶碗を軽く掲げて言う日向に「勿論」とすぐに陽介は頷いた。


 AM10:23


 手伝うと陽介は言ったが、出かける準備をしてこいと、日向は彼を早々に部屋へ追いやった。せっかく迎えた陽介の誕生日。日向は今日一日いつもは分担している家事を、全部一人でする腹積もりでいる。最低限これぐらいするのは当然だ、と考えていた。
 洗濯も終わり、干しておく。高校生の時から癖になってしまった天気予報のチェックもして、傘は必要なさそうだと安堵する。窓から見える曇り空に、残念な気持ちは隠しきれないが、雨が降らないだけ良しとしよう。
「……っと、もうこんな時間か」
 いつの間にか二人で決めた出かける時間が差し迫っていた。腕時計で時刻を確認した日向は、洗濯カゴを洗面所に置いて、台所に向かう。開けた冷蔵庫の中身を見て、準備は万端、と頷いた。
 今日の夜は、陽介の要望からアパートで食べることになっている。日向は、何処かのレストランでディナーの予約を取るつもりだったが、祝られる主役の意見を無下に出来ない。なので、思いつく限り、陽介の好物を並べようと、昨日から下拵えをしていた。
 豚の生姜焼き。肉じゃが。鳥の竜田揚げ。ビシソワーズにコロッケ。せっかくだからと奮発して高いワインも買ってある。ちなみにケーキは映画を見た帰りで買う予定だ。
 準備は万端。下拵えが済み、出来上がりを待つ材料を指差し確認し、日向は冷蔵庫を閉めた。
 今日はとにかく陽介を甘やかそう。自室で出かける準備をしながら、日向は改めて決心する。陽介と出会ってから、彼の誕生日に必ずそう思う。いつもはさりげなく甘やかしてくれる彼の、その優しさに少しでも報いたい。
 だから日向は努力する。陽介が今日この日を迎えたことを幸せに思ってくれるように。
 ドアがノックされ「準備終った?」と陽介の声がした。
「うん。今出る」
 日向は答え、素早く忘れ物がないかチェックすると、ドアを開ける。
 すっかり準備を終えて、出かけるのを待ち侘びている陽介の姿が、そこにあった。

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商品券



「あー、つっかれたー……」
 ジュネスでのバイトを終えた後、更衣室でエプロンを脱いだ陽介は人目を憚らずに大きく背伸びをした。学校が終わってからの仕事はけっこう辛い。
「俺さ、絶対他のアルバイトよりこき使われている自信があるね。親父も自分の息子だからってシフト容赦ねー時もあるし」
「俺からすれば、陽介のお父さんは陽介を信頼しているように見えるけどな」
 小さく笑いながら、着替えを済ませた日向がロッカーの扉を閉める。
「この前、ばったり会ったんだけど。丁寧にこれからも陽介をよろしくってお願いされたし」
「げっ。あの親父、何恥ずかしいことしてんだか」
「そうかな。良いお父さんじゃないか」
 率直な物言いに陽介は、あー聞かなきゃ良かった、とぼやきながらロッカーの中を探った。そこから白い封筒を取り出し「でもこれで親父がそんなことした訳が分かったけどさ」と言いながら準備が終わるのを待っていた日向に差し出した。
「これ、親父から」
「……?」
 受け取り、日向は封筒を見てみる。
 中にはジュネスの商品券が入っていた。かなりの金額分が入っていて、日向ははっと驚いた顔を上げて陽介を見た。
「それあげてくれって。多分、俺のことも含めたお礼なんだろうな。バイトとかも無理言ってもらってるし」
「だからってこれは貰えない」
 無謀なシフトのバイトも確かに頼まれているが、その分きちんと給料は貰っている。それどころか少し上乗せられている時もあった。十分に貰っているのに、この商品券。
「気持ちだけで十分だ」
 日向は首を振り、封筒の蓋を閉めて陽介に返した。第一、お金とかの利益で陽介と付き合ってるんじゃない。
 しかし陽介は「いいから貰ってよ」とやんわり押し止めた。
「ほら、ゴールデンウイークで菜々子ちゃんがジュネス楽しんでくれちゃったじゃない? その話をしたらさー、親父もうすっげぇ喜んじゃって」
 陽介は日向の手に握られたままの封筒を指差した。
「親父も親父なりに感謝してるんだと思う」
 ジュネスの店長として味わう苦労は、陽介のそれよりも大きいだろう。商店街には目の敵にされ、息子にまでその悪意が波及する。だからこそ、立場関係など気にせず接する日向や、純粋にジュネスが好きだと言ってくれる菜々子の好意が嬉しかったんだろう。
「それで菜々子ちゃんにジュネスで遊んでやってよ。お前の買い物に役立てるのも良しだし。あ、ちゃんと親父の自腹だから、その商品券! だから安心して使えよ」
「……」
 な、と黙る日向の手を包み、封筒をしっかり握らせる。
 根負けしたらしい。日向はため息をついて「じゃあ」と封筒を片手に抱えていた鞄にしまった。
「ありがとう、って伝えておいて」
「わかった。きっと親父も喜ぶだろうしな」
 そう言いながらも受け取ってもらえた嬉しさに、陽介の顔も緩んでいる。それを見て「ありがとう」ともう一度日向は陽介に礼を言って笑った。

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調子が狂う





 やばい、と思った時には遅かった。
「花村くん!」と天城の焦った声が日向の耳に届く。反射的に彼女が見ている方向に顔を向ければ、シャドウの攻撃を受けてぐったり倒れている陽介の姿。
 無防備に倒れている陽介に追い撃ちをかけようと、シャドウが近づく。だが日向がすかさずペルソナを喚びだし、シャドウを粉砕した。
 シャドウの殲滅を確認し、武器を収めた日向らが一斉に倒れた陽介の元へと駆け付ける。側で膝を突いた雪子が治癒を施すのを、千枝と完二が心配そうに見つめている。
「どうなんだ、天城」
 微かに焦躁を滲ませ、片膝をついていた日向が雪子に尋ねた。
「大丈夫。怪我は大したことない」
 雪子が答える。それを裏付けるように、伏せられた睫毛が震え、陽介の瞼がゆっくり開いた。
「……あれ?」
 床に寝かされている事態を把握しようと視線を巡らせる陽介に「もうっ、心配させんなっ!」と千枝が安心しながら言った。隣の完二も大事に至らず、胸を撫で下ろしている。
「悪いな。心配かけてさ」
 仲間を安堵させるように笑いかけながら起き上がる陽介を、日向は一人、じっと探るような目で見つめる。


 クマが出したテレビから、仲間が現実の世界へ戻っていく。それを見届けて日向も出ようと歩き出す――が。
「――待てよ」
 いきなり腕を掴まれた。強く後ろに引かれ、バランスを崩した身体がのけ反る。しかしそのまま床へ倒れたりはせず、伸びてきた腕に抱き留められた。
 首を捩り、後ろを見た。陽介が笑って、掴んだ腕に力を込め、日向の身体を反転させる。
 向かい合う体勢。陽介の顔が近づいてきた。咄嗟に日向は顔を反らし、迫ってきた唇は頬に触れる。唇はすぐに離れ、陽介は悔しそうに舌打ちをした。
「どうして避けんだ、橿宮」
「誰だって避けると思うけど。特に今の花村を見たら」
 日向は陽介の瞳をひたりと見据えた。ちらちらと明るい茶色に混じる金色を見つけ「気絶した時に入れ代わったな――影」と言った。
『……ははっ』
 黙っていた陽介が堪えきれないように吹き出した。もう隠す気はないようだ。虹彩が金色へと深くなっている。
「やっぱり」と日向は陽介と意識が入れ代わった影の肩を押した。このままだと良くないことが起きそうな予感がする。
「どうして入れ代わったりなんか――」
『どうして?』
 影が口の両端を高く引き上げるように笑い、空いていた方の手で日向の顎を掴んで捕らえた。驚く日向の目が見開かれる。
 あ、と思った瞬間には影にキスをされていた。抵抗しようにも、顎が影の手に捕われたまま固定されていて、顔が動かせない。肩を強く押しやっても、逆に腰に腕を回され余計に密着してしまった。
「いい加減に……しろ……っ!」
 離れた隙を狙って、顔と顔の間に掌を差し入れこれ以上の行動を妨げる。肩で息をしながら影をきつく睨めば、愉快そうに目を細められた。
『いいな、その顔。すっげえそそられるぜ』
「……だから、どうして出てきたのか……聞いている」
 きつい眼差しはそのまま、日向は語尾を強めて言った。質問に答えなければ腕に物を言わせる口調に、影は諸手を軽く上げて日向を解放する。
『俺はただ、お前に会いたかっただけだぜ』
「殆ど毎日会っているだろ」
 学校では必ず顔を合わせるし、休みでも一緒に遊んだり頼まれてバイトに出ていたりしている。電話もよく掛け合っているから、陽介の声を聞かない日なんてないんじゃないかと日向は思った。
『そうだな。――だけど“俺”が足りないんだ。こうしてお前に触れられるのはテレビの中だけ。それにしたって、アイツがヘマして気絶しないかぎり“俺”が出てくることすら叶わない』
 互いを遮る手を退かし、影は日向を抱きすくめた。耳元に唇を寄せ『退屈なんだよ』と低く囁く。
『もっと“俺”に構ってくれよ。もっと“俺”を見て“俺”に触れて。じゃねえと、アイツを出したりしねえから』
「……っ」
 自分自身を盾に取るような要求。質の悪さに日向は瞳目する。思わず身を硬くした日向に、影が可笑しそうな声を上げた。抱きしめる力を緩め、真っ正面から困惑した表情を金色の目に映して笑みを深くした。
『“俺”は嫌か?』
「……お前はわかってて聞いてるだろう」
 影とて陽介の一部だ。強く迫れば断りにくいと理解していてその質問。わざと日向を困らせて楽しんでいる。
 頬を僅かに赤く染め、日向は影に尋ねた。
「俺が困るのを見るのはそんなに楽しいか?」
『ああ、すっげえ楽しいね。俺にしか見せない顔だと思うとゾクゾクする』
「……悪趣味だな」
『それをアイツにも言ってみろよ。そうしたら泣きそうな顔するからさ』
 そう言った影の瞳に、本来の色である明るい茶が混じり出す。押し込めた意識の浮上に『時間切れか』と残念そうに呟いた。
『仕方ねーけど、大人しく引っ込んでやるか。日向の困った顔とか珍しいモンも見れたし』
「……」
 どうも影相手だと調子が狂う。じとりとマイペースな影を見ていると、突然その視線が合った。
 影がニヤリと笑う。
『また“俺”に会いたくなったらよ、アイツを気絶させてくれよ。すぐに入れ代わってやるから』
「……わかった。これからなるべく気絶させないように気をつける。それよりも……いい加減離してくれ。気づいたら抱き着いてた、とかになったら、陽介がテンパるから」
 抱きしめたままの体勢で、日向は影を促すように肩を押しやった。
『そうだな。じゃあ――最後にもう一回……』
 影が日向の意に反して、再び顔を近づけた。油断していた日向の耳に歯の当たる音が聞こえる。ぶつかった痛みを感じると同時に影が引っ込んだらしく「――うわぁっ!?」と陽介が大きな驚愕の声が耳元で炸裂した。どん、と勢いよく突き放される。日向は足を踏ん張って堪えたが、突き飛ばした当人が床に後ろから倒れている。
 記憶が飛んでいるだろう陽介のフォローをするのは、被害に遭った自分だけ。釈然としない思いを抱きながら、日向はどっと疲れを感じた。
 そして陽介を助け起こしながら思う。
 これからはちょっと陽介を探索に連れていくのを控えよう。気絶される度にこんな目に遭ってしまったら、身が保ちそうにないから。

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