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料理成功率


 炊飯器の蒸気孔から湯気が立ち上る。卵に人参に玉ねぎ、ピーマンをシンクに置いて、エプロン姿の陽介は、料理の本を片手に唸っていた。
 今日、陽介は休みだが日向は講義が終わってからも用事があって帰りが遅くなるらしい。夕飯は家で食べるから、コンビニで俺の分も買っといてくれ、とメールが来ている。
 だが陽介は敢えて自分で作る選択肢を選んだ。いつもは可能な限り日向が食事を作ってくれる。対して陽介は見ているだけ――よくてごはんを炊く程度だ。掃除とか代わりの仕事を引き受けているものの、日向の方が家事の比重が傾いているのは否めない。
 作るだけで大変そうな、栄養バランス完璧の料理を見ると、陽介はたまに思う。たまには俺が作ったほうがいいのかな。栄養バランスとか無理だけど、自分も作れたら日向も少しは楽になれるんじゃないか。
 今日は日向も遅いし、やってみよう。決心して、陽介はさっそく台所に立った。料理の本もある。何とかなるだろう。かつてクリスマスケーキの惨事を回避してくれた直斗も「本を見れば何とかなるものです」と言っていた。
 だけど、決心して料理が上手くいくわけもない。包丁だって、普段ろくに握らなかったのだ。以前シャドウ相手に握っていたのとはまた違う。
 陽介は普段横で見ている日向の手つきを思い出しながら、包丁を野菜に当てていく。ぎこちない手つきで切りながら、改めて日向の偉大さを思い知った。
 やっぱりアイツはすげえ。

 玄関の扉が開く音がする。疲れを身体から吐き出すように溜め息をしながら「ただいま」と日向が部屋に入った。鞄をソファに投げつつ、鼻をひくつかせて首を傾げる。台所から焦げ臭い匂いがした。
「焦げ臭いけど何か……陽介?」
 換気扇をつけ、炊飯器で炊かれたごはんを確認し、台所から戻った日向は、神妙にテーブルの側で正座している
陽介を見た。脱ぎ捨てたエプロンの側で陽介は、肩を強張らせている。そして怪訝な顔をする日向を見上げ「すいませんした」と頭を下げた。
 日向が目を丸くして、陽介の前に腰を下ろす。
「俺も飯作れるようになったらいいかな、って思ってもやってみたんだけど。……失敗しました」
「それで焦げ臭かったんだ」
 日向は頷き「何作った?」と献立を聞いた。
「オムレツ」
「出来たのは?」
「……捨てた」
 何とか苦労して作り上げたオムレツは、それと呼べるか疑問に思える代物で。あまり見たくもなかった陽介は、生ゴミに捨ててしまっている。
「何で捨てるんだよこの馬鹿」
 刺々しい声で日向が言った。怒られ、陽介は肩を竦めて瞼を閉じる。
「失敗かどうかは、食べて味を見なきゃわからないだろ。それに味が悪かったとしても、そこから見直すべき欠点を見つけて次に活かすって手もあるし。安直なものの考え方良くない」
「う……」
「……もう一回」
「へ?」
「もう一回作れ」
 日向がびしりと台所を指差した。突然の展開に、陽介が瞬きをして日向を凝視する。
「せっかく疲れて帰ったのに、夕食がご飯だけなのはあんまりだし。それにまた同じことをするなら、今のうちに成功率を上げておくべきだろう?」
 俺が横で教えるから、と言い、日向はさっさと立ち上がって台所へ消えた。
「お、おい? 日向?」
 展開についていけず、陽介は腰を浮かしながらどうしようか迷った。だが日向は有無を言わせず「早く来る!」と呼ぶ。
 うー、あー、と呻きながら陽介は渋々立ち上がる。日向の中にある何かのスイッチが入ったようで、こちらに拒否権はなさそうだ。
 日向厳しいだろうなあ、と陽介は思う。だが彼が意味はどうあれ、自分の作ったものを食べたいと言ってくれたことは嬉しい。
 少しはさっきよりもおいしく出来るように頑張ろう。陽介はエプロンを締め直すと、日向が待つ台所に向かった。

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こわい



 原色に近いドットに目がちかちかとするボイドクエストの通路を、陽介は一人走っていた。荒い呼吸の繰り返しで喉が渇いて痛む。
 徐々に速度を落し立ち止まった陽介は「……俺って情けねー」と声を搾り出して呟き、その場にしゃがみ込んだ。膝に埋める顔は、耳まで赤くなっている。どの面下げて戻ればいいんだよ。
 ついさっき陽介はシャドウの攻撃を受けてしまった。その瞬間、目に見えるもの全てが、自分を脅かす存在のように見えた。シャドウだけでなく、日向たちさえも――。
 恐怖した陽介は、くるりと背を向けてそこから逃げてしまった。ペルソナを通じて聞こえるりせの声が、必死に呼び止めていたが、それさえも振り払って。
 恐らく効果の持続性はあまりなかったのだろう。走っていくうちに、陽介を支配していた恐怖心は消え去った。だが今度は強い羞恥心に駆られていく。シャドウのせいとは言え、一人仲間を置いて逃げるなんて。穴があったら入ってしまいたい。
「夢だったらな……」
 宙を仰ぎ、陽介はまたうなだれた。

 しばらく落ち込んだ後、陽介はのろのろと立ち上がった。一人で留まるのは危ないし、日向たちも心配してるだろう。
 まだ微妙に顔が合わせづらいけど。そう苦々しく思う陽介の耳が遠くからの音を拾った。澄ませてみると、今度ははっきり「――陽介!」と日向の呼ぶ声がする。
 声はだんだん近くなり、響く足音と一緒になって聞こえる。そして側の角から顔を出した日向が、壁に手をついている陽介を見つけた。一人なのか、ほかに誰かが出てくる様子はない。
 心の準備が整わず、陽介はつい後ろを向いてしまう。手をついていた壁に爪を立てた。
「――陽介」
 いつもの調子で日向は陽介を呼ぶ。それが陽介の中で逆にいたたまれなさが増した。ぶらつかせていた手を軽く上げ「悪い」と陽介は日向を振り向かないまま謝る。
「うん。みんな心配してる。いきなり走ってったから」
「……」
「戻ろう」
 日向は下ろした陽介の手首を掴んだ。しかし腕を引かれても、陽介はその場を動かない。足が床に縫い付けられたように、じっとしている。
「陽介?」
「……」
 気遣うように抑えられた声がかかった。それでもばつの悪さから陽介は顔を向けられない。
 日向が黙ったままでいる陽介の腕を離した。代わりに頭を無造作になでてくる。せっかく整えている髪型を崩され、陽介は「ちょ、何すんの!?」と腕で頭を庇い、日向から逃げた。思わず振り向いてみた表情が、優しく笑んでいる。
「やっと喋った」
「……う」
 わざとやったのだと気づいた陽介は「性格悪いぞお前」と口をもごつかせた。しかし日向は気を悪くせず相好を崩したままだ。逃げた陽介との僅かな距離を数歩で埋め「陽介」と呼んだ。
「帰ろう。みんな待ってる」
 眼鏡の奥の双眸がすっと細まった。
「大丈夫。ちゃんとシャドウのせいでああなってわかってるから」
 帰ろう、と繰り返し促され、陽介はついに折れる。始めから勝てるつもりもなかったけど。
 渋々と頷き、陽介は日向の後をついていく。
「本当に誰も気にしてないんだな?」
 念を押す陽介に、日向が肩越しに見て「大丈夫だって」と口元を上げる。
「ただクマが、『ものっそい逃げっぷりだったクマ!』って笑ってたけど。で、それを見て連鎖的に天城が爆笑してた」
「……あのクマ」
 陽介は険しい顔をした。戻ったらまずクマに鉄拳を与えようと心に決める。
 さっきまでの気まずさがなくなり、普段の表情に戻っていく陽介に、日向がほっとしたように口元を緩めた。

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 今日の日付から、教師に名指しで当てられやすいと陽介が気づいたのは、朝礼が終わり柏木が教室から出ていった時だった。そして、運の悪いことに、この後すぐ始まる授業で、宿題が出ている。
 教科は祖父江が担当している歴史だ。もし、忘れたなどと正直に言ったら、歯には歯を眼には眼を、と凄みが滲んだ笑みを見せてくれるだろう。心底遠慮したい。
 陽介は、日向に拝み倒して、ノートを写させてもらう。学年トップらしく綺麗に纏まっていて、非常にわかりやすかった。
「少しカレンダーとか見て考えればわかるだろう」
 椅子はそのまま身体を陽介のほうに向け、日向は机に頬杖をつきながら呆れて言った。深い溜め息が、俯いてノートを取るのに必死になっている陽介の耳に届く。
「バイトとかで疲れてるのはわかるけど、俺だっていつでも助けられる訳じゃないからな」
「わ、わかってるよ!」
 減らず口を叩きながらも、陽介は手を止めない。文句を言われ続けられるより、祖父江のほうが怖かった。
 無言でノートを取っていると、不意に髪の毛を触られた気配がする。少し頭を起こし目線を上げた。伸ばされた日向の手が陽介の横髪を梳き、毛先を指でつまんでいる。
「陽介は髪を切ったりしないのか?」
 日向が、つまんだ毛先をよじるように弄りながら言った。
「前よりも、大分伸びてる」
「そうか?」
 陽介はシャープペンを置き、自分の髪をつまむ。
「俺はたまに自分で切ってるからそんな感じはしないけど」
「それもバイク資金のためか?」
 陽介の言葉に、日向がよくやるな、と言いたそうな眼をした。
「努力を怠らないと言ってくれたまえよ」
 陽介は肩を竦め、勿体振ったように首を振る。実際クマのことで結構お金を消費しているので、貯金が目標金額に追いつきそうになるのはまだ遠い。
「そうなのか」と感心したように日向が頷く。
「でもたまには行ったら?男前なのに、もったいない」
 残念そうに言う日向に、陽介は、ははっと笑った。日向に男前と言ってもらえるのは悪くない。せっかくだから、要望に応えたくなってしまう。
「お前がそう言うなら考えてみるかな。でも」
 今度は陽介が日向に手を伸ばし、眉の辺りで揃えられている前髪を掻き上げた。隠れた額が露わになって、日向はきょとんとする。
「お前こそ髪を切らない?」
「俺?」
 自分を指差す日向に、陽介は頷いた。
「俺とかは知ってるけど、橿宮ってこんなにやさしい顔をしてるのに」
「……」
「なんかもったいなくね?」
 視線が鋭くても、こうして前髪を掻き上げたり分けたりすれば、優しそうな印象を与えられるだろう。陽介は唸りながら、日向の前髪を梳いたり払ったりして弄り、考える。
「そうだ俺がお前の髪を切ろうか? 男前にしてやるぜ~」
 にっと笑って、陽介は手をはさみの形に作り、切るような仕種をする。弄られた前髪を整えていた日向は、陽介を凝視して、驚いた表情を笑みで緩めた。
「遠慮しとく。俺はこれぐらいでちょうどいいから」
「そっか?」
「うん。ほら、早くノート写す。あと三分」
「うおっ、ちょっと待ってくれ……!」
 日向に急かされ、陽介は手を止めたままだったノートを写す作業を慌てて再開する。
「……別に俺は陽介がわかってくれているだけでいいけどな」
 ぽつりと零した日向の呟きは、必死にシャープペンをノートに走らせる陽介にまで届かなかった。

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甘え



 陽介の部屋。テレビから、ゲームの音楽が流れる。
 下校の帰りに遊びに来た日向はコントローラを握り締め、真剣に画面を見ていた。クッションを枕がわりに胸の下へ敷き、寝そべった楽な姿勢だが、その視線は鋭い。
 すぐ横では陽介が、日向が操作しているキャラクタの動きをじっと見ていた。敵を避けつつ先へ進む日向に、そこはジャンプだ、とアドバイスする。
 日向は陽介の助言通りに動いた。最初こそうまくいった。だが進むにつれ、敵の猛攻は激しくなり、とうとう操作しているキャラクタはライフが尽きて倒れてしまう。
「ああー……」
 暗転した画面に赤くゲームオーバーの文字が現れ、日向がコントローラを落とした。あともうちょっとだったのに、と悔しがりながらクッションに顔を埋める。
「まぁ、ここは俺も苦労したもんだ」
 陽介は俯せになった日向の背中を撫でて慰めた。なかなか難所を突破できないジレンマを知っているので、日向の悔しさも理解し合える。
「もっかい」
 気合いを入れ直し、肘を突いて上体を起こした日向が、再びコントローラを握った。負けず嫌いに火がついて、先に進まなければ気がすまなくなったらしい。
「あともうちょっとでいけるんだ。あともうちょっと」
 呟きながらボタンを押し、日向はちらりと陽介を見る。そしてクッションごと横に移動すると、陽介に近寄った。
「橿宮?」
「この方がより安定して動けそうだから」
 ぴったりと陽介に身体を寄せた状態で、日向はプレイを再開した。
 触れ合う箇所が、服越しにほんのり暖かくなる。
 陽介はしばし驚いていたが、すぐに日向が甘えてるのだと気づいた。猫のように擦り寄り、こちらに身体を預けてくれている。
 陽介はふっと微笑み、日向の背中に置いたままだった手を肩へ移動させた。そっと力を込めて、自分のほうへ引き寄せる。日向はされるがまま。陽介を拒まない。
「……こうなったら、意地でもクリア目指してみっか?」
「うん」
 日向は画面に眼を向けたまま頷いた。
 そしてゲームがクリアするまでの長い時間、二人はずっと同じ体勢でぴったりくっつき、離れようとはしなかった。

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共通点




 差し迫った事態もなく安穏な日が続く中、陽介は日向と一緒に下校していた。今日はジュネスのバイトもないので、このまま花村家で遊ぶことになっている。
「家帰る前にジュネス寄っておやつでも買っとく?」
「んー……」
 日向は生返事をして、目前にある家をぼおっと見ていた。何か気になるものでもあるのか、不意にそっちへと歩きはじめてしまう。
「橿宮?」
 不可解な行動に陽介は首を傾げつつ、日向についていく。
 門前に立った日向は、陽介に構わず辺りを見回した。何かを探しているようにも見えるが、不審人物に間違えられるんじゃ、と陽介は思わず冷や汗を流してしまう。
 あ、と突然日向が嬉しそうな声を出した。
 門の向こう――庭から茶色い子犬が駆けてきた。生まれてまだ外の世界を知らないのか、それとも人懐っこいのか。日向の元まで近づき、勢いよく尻尾を振っている。
 日向がしゃがみ、門の間から差し入れた手で、子犬の頭を撫でた。柔らかな毛の触り心地に、日向が目尻を下げて微笑む。
「この子、最近産まれたみたいなんだ」
 子犬を撫でる手はそのまま、日向は後ろで膝に手をつき屈む陽介を振り返った。
「たまに出てきて。その度撫でさせてもらってる」
「ここの家の人は何も言わねえの?」
「向こうは俺のこと、叔父さんの甥だって知ってるみたい。この前も顔を合わせたけど、挨拶して普通に会話した」
 どうやら日向の名前は、良い意味で稲羽に知られているようだ。そっか、と頷き、陽介は再び子犬へ視線を戻した日向の様子を眺めていた。
 無心で撫でる手が心地良いらしく、子犬はうっとりと眼を細めされるがままになっている。こうしてまた一匹手なずけていくんだろう。
 陽介は河川敷の猫も同じように手なずけていることを知っている。そのうち日向が歩くだけで、稲羽中の動物が寄って来るんじゃないか。そう思うと、陽介はほんのり空恐ろしくなった。
「何か、陽介みたい」
 日向がぽつりと呟く。馬鹿な想像をして薄笑う陽介は、その言葉を拾い損ね「何が」と聞き返した。
「この子犬が陽介みたいだって言った」
「俺が? コイツに?」
 陽介は眼を丸くして、子犬を指差す。
「どこが?」
「そうだな……」と日向は考え、そして陽介を見て答えた。その唇には薄く笑みが敷かれている。
「気に入った相手には、とことん甘えるところとか」
「……」
「そういうかわいいところが陽介そっくり」
「……かわいいとか、そう言うのしみじみ言うなよ」
 可愛いと言われ、陽介は複雑な心境だ。拗ねたように口を尖らせて横を向くと、堪えきらなかった笑い声が聞こえてくる。
「陽介」
 立ち上がった日向は陽介のほうに向き直る。そしてさっきまで子犬を構っていた手を軽く上げて、ひらひらさせた。
「頭、撫でてほしい?」
「い、いらねーよっ!」
 顔を真っ赤にしてがなる陽介を、子犬が眼を丸くして見上げる。だが日向は「遠慮しなくていいのに」といけしゃあしゃあと笑って言った。

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